塩屋雅弘(警備員)【4】

 塩屋はこの、これみよがしな一巡を、万引き予防のためなんだろうと思っていた。制帽をかぶり警戒棒をぶらさげた(警棒、ではなくて、警戒棒、というらしい。違いはよくわからなかったけれど)警備員がうろうろしているところで、よもや万引きなど誰もすまい。

 だから、こころもち顔を寄せた御倉が「いたねえ。わかった?」とささやいてきたときは、虚を衝かれた思いだった。

「なにがですか?」

「さっき言ってたやつ」

「さっき……え、もしかして、万引きですか?」

「声、声落として、塩屋くん」

 眉間に皺を寄せた御倉に、二の腕のあたりをぎゅっと摑まれた。廊下の吹き抜けのあたりまで二人で歩いてから、首を伸ばして店内をうかがう御倉に、塩屋も声をひそめて訊ねる。

「すみません……え、でも、ぜんぜん。どこに?」

「雑誌のコーナーにいた人。おじいちゃん」

「ええ?」

「バッグのなかに一冊投げこんでた」

 まったく気づかなかった。

「つかまえるんですか?」

「いや、まだちょっと様子見。塩屋くん、目を合わせないようにね」

 しばらくすると、御倉のいう男が書店から出てきた。料理本のコーナーで見かけた、七十代くらいの老人だ。上品なハットの頭を低くして、つくでもない杖を小脇にかかえている。わずかに右脚を引きずるような歩き方。レジでなにか清算した様子はなかった。老人は警備員二人をちらりと見ると、特に気にしたふうもなく、目を逸らして歩きつづけた。塩屋はそちらをまともに見ないようにするので精一杯だった。

 既に老人は店を出たが、同じショッピングプラザ内でのこと、店からどのくらい離れればアウトなのか塩屋にはわからなかった。ゆっくり遠ざかっていく後ろ姿にちらちらと目をやりながら、彼は御倉の様子をうかがう。彼は老人とは反対の方向、右手向こうのポケモンショップに注意を向けているふりをしていた。

 ビルから出るまでは声をかけないのだろうか? このプラザ本館には、二階に鹿児島中央駅に直結する通路がひとつ、一階には四箇所、地下にも出口がいくつかあったはずだ。老人はどこから出るかわからない。気づかれないように距離を保って、あとからついていくのだろうか? 塩屋がそう思ったとき、御倉が首をめぐらせて、「行こうか」と低くつぶやいた。

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