迫洋子(市役所臨時職員)【3】

 玄関を出ると、思ったより強い陽射しに迎えられた。スマホの時計を見る。午後四時三十分。もう夕方と言える時間だけれど太陽はまだ高く、向こうの山々の上から照りつけてくる。春を飛ばして訪れる、南国の早すぎる初夏。気温も昨日あたりから急に高くなっていた。背中や脇にじわりと汗が浮かんでいるのはそのせいだ――そのせいだろう。

 指定された場所に向かう角を曲がると、車はすぐに見つかった。グレーのクラウン。細い道路の片側に寄せ、民家の塀の陰に隠れるように駐車している。不安になって足を止めた洋子だったが、そのとき車のドアが開き、夫の允人が顔を覗かせた。夫はこちらに手招きすると、洋子が安堵したのも束の間、声をかける間もなく車内に引っ込んでしまった。運転席と助手席には知らない男たちの姿。警察官の制服ではなく、二人ともグレーのスーツを着ていた。運転席の男がフロントガラス越しに頭を下げてくる。洋子も首をすくめるように会釈すると、小走りにクラウンに近づいた。

 実際に夫の顔を見たことで、彼の名を騙った詐欺や犯罪かなにかではないかという疑いは消えた。だが同時に不安と不審もいっそう大きくなる。本当に警察なら彼に――わたしに――何の用が? 万が一警察でなかったなら?

「こんにちは、どうぞ、ご主人さんのお隣りに」

 後部ドアを開けた洋子に、運転席に座る男が声をかけた。五十代くらいの四角い顔の男だった。肩越しに振り向いた顔には疲れたような笑みを浮かべている。

 こんにちは、とも、どうも、ともつかない挨拶をもごもごと口の中で呟きながら、洋子は身体を縮めるようにして、助手席のうしろにすべり込んだ。すぐに説明を求めて隣りの夫を見るが、彼はこちらを見ようとはせず、膝のうえで握りしめた両手に目を落としている。胸の奥から得体の知れないざわめきが広がり、洋子はほとんど息が苦しくなってきた。

 運転席の男が警察手帳を示しながら、やはり気だるそうな口調で自己紹介した。

「県警の別府といいます。こっちは八房。さっきお電話したのはこいつです――どうもすみませんね、突然のお電話で」

「い、いえ……」

「お時間は大丈夫ですか? お仕事抜けられました?」

「はい……あの、大丈夫です」

「びっくりされたでしょ、警察からなんて。しかもご主人の携帯から」

「そうですね……」

「いやあ、職場に直接お電話さしあげるのもね、ちょっとどうかなと思ったもんですから。携帯お借りしましてね」

「……あの、どんなお話なんでしょうか……?」

 かすかに苛立ちを込めた声で洋子が問うと、別府と名乗った男は首をめぐらせて、いまだ黙ったままの夫を示した。

「それはご主人から」

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