大里浩一(高校生)【4】
でもなあ、と崎山が首をひねった。
「危険ドラッグであんな、人に嚙みつくようになるんかね?」
「いやそれは知らんけど……」
浩一は血まみれの男と警官をあまり長くは見ていなかったので、二人の間で何があったのかはわからない。だが崎山は、男が警官の首に嚙みついたのだろうと言っていた。血が噴き出るくらいに深く人間の肉を嚙みちぎる――そこまで人を錯乱させる薬物があるのだろうか? 地方に住むいたって普通の男子高校生である浩一には、そのあたりのことはよくわからなかった。
むしろ――このあいだ観た映画のせいで――史織の冗談のほうがしっくりくる。現場から離れながら「嚙んでなかった?」と訊く崎山に、悪戯っぽく笑いながら言ったのだ。
《それじゃアレじゃん――ゾンビ》
もちろんゾンビなど想像の化物だし、その可能性があるなどと思ったわけではいささかもない。ゾンビは漫画や映画の話だ。あ、もしかして映画の撮影だったのだろうか? でも野次馬を仕切らないで撮影なんてするのだろうか。たぶんしないと思うけれど。そんなこともよくわからない。大阪の姉ならわかるだろうか。梅田で働いている姉なら、テレビの撮影に出会ったこともあるかもしれないな、と思った。
「ごめんねお待たせー」
霧島さんが声をあげ、手を振りながら小走りに駆けていく。宇都さんは駅ビルの入口で壁にもたれていた。眺めていたスマホを鞄にしまいこみ、手を振り返しながら微笑む。
「はーい、お待たされー」
自分に向けられたわけではないその笑顔を、浩一はまぶしい思いで眺めた。彼女はクラスで目立つほうではない。男子のあいだで「誰がかわいいと思うか」というような話になっても、一番目や二番目に名前が挙がるようなタイプではなかった。だが浩一は――惚れたひいき目なのだろうか――宇都さんがいちばんかわいいと思っていた。ある角度から見たとき、またある種の光のなかでは、女優の新垣結衣そっくりに見えることだってあったのだ。これを史織に話したところ、やはり笑われながら、けれど「いやあ、そういうのが大事だね」と大きく頷かれたものだった。
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