宇都紗耶香(高校生)【8】
とっさに頭をかかえて屈みこむ。カフェのテーブルや椅子を――そしてそこにいた人たちを――ぐしゃぐしゃに巻き込みながら救急車が迫ってきていた。ガラスや鉄や木やプラスチックやそのほか何かわからないものがめちゃくちゃに破壊される騒音が店内と紗耶香の頭を満たし、彼女はぎゅっと目をつぶった。
しばらくしておそるおそる顔をあげると、救急車は紗耶香の目の前で横転して止まっていた。ライトを赤く点滅させがら、まだサイレンを撒き散らしている。
真っ白な頭のなかで、事故、という言葉だけがぐるぐるまわっている。暴走した救急車が道路をはずれ、この店に突っ込んできたのだ。でもなぜ。なんでこんなところに。周囲であがる悲鳴やうめき声のなかで、震えながらまわりに目をやる。血まみれで泣きながら助けを求めている人がいる。手と脚をあらぬ方向にねじ曲げて転がったまま動かない人がいる。救急車の下敷きになって切れ切れの声を洩らしている人も。救急車の割れたフロントガラスから上半身だけを突き出して、男の人が死んでいた。
そこまで認めたところで、紗耶香の頭に、愛璃のことが浮かんだ。彼女はさっき窓のほうに近寄っていた。愛璃はどこだろう。愛璃は。
紗耶香は壁に手をついて、震える足でなんとか立ちあがった。愛璃、と呼びかけようとするが、喉はしゃっくりのように痙攣するだけで声にならない。カフェテーブルや椅子の残骸を避けてふらつきながら、紗耶香は愛璃の姿を探した。救急車が激突する寸前、愛璃は外の様子を見にカフェのほうを横切っていた。救急車が飛び込んできた窓に近づきすぎていた。
難をのがれた女性客が店外に逃げだそうとして、紗耶香の肩にぶつかってきた。それにもかまわず視線を右に左にとさまよわせ、惨状のなかで愛璃の姿を探す。
愛璃は親友だ。家が二軒となりで、母親同士が友達だったこともあって、ふたりは小さいころから一緒に遊んできた。同じ小学校に同じ中学校、そして高校まで同じで、登下校もほとんど毎日一緒だった。それだけ一緒にいても全然息づまることがない、紗耶香にとって唯一無二の大切な親友だった。無事を確かめないといけない。そして一緒にここから離れないといけない。
「――あい、り……」
車体のそばの床の上、高校の制服姿がちらりと見えた。彼女だ。うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。
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