13 襲撃により空気中にまき散らされる遺伝子について

 通り魔という評価は、やはりその三文字があまりにも端的過ぎた。三文字で片付けられてしまう、という点で不満であった。普段自分がいかに他人を適当に片付けるようなことをしていても、片付けられる、という被害者意識をもって訴えるとそれは悪事となった。


 しかし、もしこれが、襲撃、というより短い言葉であったとしたらどうか。三文字より短い二文字である。襲撃は通り魔と違って、「する」と結合して動詞化したとき、他動詞として振る舞う。つまりどこを? あるいは誰を? という情報が必然に要求されるため、片付けられる、という罪がもたらされる確率がそのぶん低減できるのであった。


 なのでリア充破砕男は、その破砕の現場を、任意の街、というものから移行することにした。特定の場所によって破砕を行えば、それはその場所に対する襲撃となる。


 となれば、リア充破砕男がそのアイデンティティとして、最も襲撃しなければいけない場所。そう考えると、場所はおのずと決まった。


 ラブホテルだった。


 リア充破砕男にとって、ラブホテルとは、悪い人が悪い意思をもって悪いことをしに行く場所であった。

 それが生物学的必然であったとしても、それは関係がなかった。宗教的なストイシズムでもなかった。結局、ダメなものはダメであり、理由は見つかればつけられ、反論は全て切り捨てられた。


 通り魔は、たとえそれが本当は計画的であっても、衝動的なものであるという結論のほうが理解がしやすい。通り魔は愚かな行為であり、愚かな行為に至るというのは何も考えていないということであり、何も考えていないということは衝動的なものであるという論法で皆何かを見通した気になれた。


 しかしながら、ラブホテルは、その象徴性は最も目的の舞台としてふさわしいものの、大変に攻略が難しいことが予測できた。衝動的であっては何一つ成し遂げられずに終わる可能性が高いので、計画的にならざるを得なかった。


 何しろ、あらゆる行為は施錠された扉の向こうで行われるのである。もしここで、何らかの破砕をするためには、この扉を越えなくてはならない。カップルをひと組破砕するごとに、扉を一枚ブチ破らなくてはならぬ。それは、リア充が高密度に凝集している事実と引き換えにするにも、あまりにも高いハードルだった。これなら、通り魔のほうがずっと効率がいい。


 それでも、リア充破砕男は調査を敢行しなくてはならなかった。つまり、一人でラブホテルで休憩するという、大変な屈辱と傍からは見える行動を取らなくてはならなかった。フロントは間違いなく失笑していた。失笑した事実を見たわけではないが、失笑せずにはいられないシチュエーションのはずなので見ていなくても事実はそうなる。そしてそのあらかじめ確定した事実は大変な無礼である。フロント側では決して変更のできない、決定論的な無礼がそこにあった。


 これだけ無礼なフロントであるので、たとえばナイフで脅して全部屋の入った鍵束を受け取っても構わないはずだ。そうして鍵をひとつひとつ開けて、そこにいるあられもない姿をしたカップルを破砕する。そこまで想像して、リア充破砕男は我に返った。


 さすがに、太めの金属でできた半径五十センチほどのリングで、全部屋の鍵をぶら下げたもの、なんて都合のいいものが無造作にどこかに仕舞ってあるとは考えにくかった。いつも都合のいいものの考え方ばかりしているのに、変なところで思考が正常であった。

 そのように、突如思考が正常になる時は主に、行動を起こさなくてはいけないがそれが面倒であり、正常に思考すればやめる理由ができるような時であった。


 たとえ、そのような都合の良い鍵束があったとして、――と脳内シミュレーションは続いた。リア充破砕男は何かに躊躇すると、脳内シミュレーションを何度も繰り返すのだった。繰り返しても、狭窄した視野が広まるようなことはなかったので、新しい不確定要素を思いつけることは少なく、いつでも大抵ランダムな小さな揺らぎしかなく同じ結果が導かれた。


 結局脳内シミュレーションは、目的の鍵を探すのに手間取っている間に、一般には複数いるラブホテルの従業員に拘束され、もしくは手間取っている間に警察を呼ばれてしまい、破砕ができないという結論に辿り着いた。


 そこで調査は終わった。脳内シミュレーションから我に返ると、一人には広すぎるベッドの上であった。ベッドを本来の意味で使用できなかったので、せめて近縁の目的で使用して、ティッシュペーパーを少しだけ消費してホテルを出た。


(まだ襲撃には時間がかかりそうだ……)


 リア充破砕男は、アングラなサイトを巡り、科学的な方法と科学的な物質の入手方法について懸命に調査した。それはまるで優秀な理系の大学生であった。リア充破砕男は理系ではあったが優秀ではなかった。あるいは入学当時は優秀であった瞬間もあるが、将来の目的を一切見いだせなかったために自然に落ちぶれていった。

 それでも、実のところ日本の大学生としてはそう底辺の姿ではなかった。国際的な平均を考えると、十二分に底辺の姿であったものの日本基準ではそうではなかった。

 その日本の現状は、結局のところ就職予備校化と企業側の新卒信仰が悪いんだぁ、という思考をしたことはあったものの面倒なので口に出したことはなかった。まして、その解決のために何らかの努力をしたことはなかった。これらの責任は行政と教育機関にあり、学生にはないというのがリア充破砕男の言い分であった。


 それが驚くべきことにリア充破砕男が努力をしていた。目的というのは、努力の究極の推進剤であった。目的が凶悪であるとしてもである。


 ともあれ、リア充破砕男は、その努力の結果を携えて再びラブホテルを訪れ、無事破砕を実施することができた。

 ドアは三枚、カップルは三組が限界であったものの、爆発物をドアに仕掛けることができたのである。


 そうやって、リア充破砕男は傷害罪のほかに、爆発物取締法違反、激発物破裂罪、器物損壊罪などを一気に積み重ねて、本格的な犯罪者へと歩みを進めることができた。

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