百鬼夜行は少女のうしろ

麦博

1話 「空色の少女」

 


 朝日が昇り、カーテンの隙間から覗く光の糸が、私の一日の始まりを告げてきました。


 絶妙な角度で光は私の目蓋を照らし付け、否が応にも眠気を妨げてきます。

 対する冬のお布団も冷たすぎずに、暑すぎず、適度に卑怯な温かさで私の体を縛り付けます。


 眩しい。

 でも起きるのは寒い。

 でも寝てもいられない。

 でも温かくて心地いい。

 あぁ、でも――!


 相反する感情の綱引き。

 何やら私の中で、早朝から不毛な抗争が勃発しているようです。


 ですが、ずっと寝ていても面白くありません。

 ので、思い切ってえぇい! と足で掛け布団を蹴飛ばしますが、思いの外寒くて少し後悔。しばらくお布団の上で縮こまります。


 しかし、ぱっちり目も醒めたのでこれでよしとしましょう。

 冬の朝は起きてしまえばこっちのもんですが、起きるまでのプロセスが果てしなく長いんですよね。


「ん……ふぁ……」


 ふさぁ、と逆立つ銀の寝癖を押さえながら、私はもぞもぞとパジャマを脱ぎます。

 パリパリと元気のよい静電気に若干眉をひそめ、壁に掛けてあるロングスカートに手を伸ばします。


 特別、服にこだわりはありませんけど、色に関しましては不撓不屈の精神がありまして。

 空色――、これだけは絶対に曲げられないのです。

 理由は……何といいますか、この世で一番偉い色な気がするから。


 だからこのパジャマも襟以外は淡い空色ですし、壁紙も空色。今から着るロングスカートもちょっと白味がかってますが、やっぱり空色。

 我ながらすごい徹底ぶり。

 ちょっとした世界遺産ものだと考えてみると、少し誇らしく思えてきます。ふんす。


 スカートを履いて、少女らしく鏡の前で回ってみます。

 何度も何度も。クルクルクルクル。

 服装に違和感を感じる前に目が回れば勝ちというのが私の中の合格基準です。

 そして今日の服装もバッチリ合格でした。

 はい、酔ってます。


 まるで擬人化した空のような格好ですが、私的にはベリーグッド。この世の『女王』に相応しい色合いです。

 まったくもって問題ありません。

 早速空色に身を包んで外にお出かけしましょう。

 レッツ、お散歩。


「そーらは青いーな、大きーいーなー」


 自作の曲(歌詞だけ)を口ずさみ、軽やかにドアを開き、静やかに閉めます。

 いい天気。

 雲ひとつありません。

 澄んだ冷やかな空気と希望に満ちた朝日で飽和した、何とも素晴らしい外の世界。

 意気揚々と一日の門出に胸を高鳴らせて、深く息を吸い込みます――


「……!」


 と、風を貫く音と共に、残像さえ残さない速度の火矢が、私の左眼めがけて飛んで来るではありませんか。

 当たれば間違いなく失明ものです。おまけに火の追加効果で目玉焼きができちゃいます。

 困ったものです。

 なので顔を右に30度くらい傾けて対処します。

 熱い軌跡は私の頬をかすめ、ドアにブッスリ突き刺さりました。


 危機は去りましたが、疑問は残ります。

 一体どこから飛んできたのでしょう?

 ……もしかして私が空気と一緒に吸い込んでしまったのでしょうか?

 自分の少女としての在り方に、やや疑問を抱き始めたところで、垣根がカサカサと揺れているのが見えました。


 …………怪しい。

 垣根って普通は動かないと思うのです。

 ここは、隠れんぼの必勝法――『見つけてないけど、言葉で惑わせて敵を誘き出す作戦』を遂行します。


「バレバレですよ? さぁ、出てきなさい! でないと……ふふふのふふふ」


 たっぷり含みを持たせた笑みを浮かべます。

 そして犯人さんは見事に釣り上がりました。


 赤……いえ、紫っぽい小鬼トリオでした。

 手には自分が犯人だと主張するコンパクトな弓をつがえ、獲り逃した獲物の反撃に怯えているのでしょう、揃いも揃って赤の顔に焦りの青を塗りつけ、鮮やかな紫色に変色しております。


 さすがにムカッときました。

 朝からこんな仕打ちはあんまりです。

 私だって爽やかな朝の叙情を歌にして楽しむ、そんな詩人めいたことをしてみたいと思っていたんです。

 まったく、興が削がれてしまいました。

 彼らにジワリと歩み寄ります。


「まま待ってくれ! 違うんだ! 俺たちゃ別にアンタを狙おうとした訳じゃない!」

「そ、そうですとも! 女王様に楯突こうなどと愚かな振る舞いは致しませんとも!」

「うん、そうだよ。女王を狙って天下獲ろうなんてそんなことしないよ……多分」


  近づいてくる獅子に命乞いする野うさぎの如く、彼らは小さな体にごく僅かな震えを浮かばせ必死に弁明してきました。

 黄色の双眼に涙を滲ませ、我が身を死守しようとする姿勢にまたしても、しかし今度は違う興が削がれてしまいます。


 不承不承。

 しゃくとりむしのように眉を動かし、ため息を吐いて、


「わかりました、許します。ですが今度同じことをすれば退界させますからね。方法は焼却、圧殺、斬殺……色々ありますからご自由に」


 そう告げました。もちろん後半はほぼ冗談ですが。

 小鬼たちは返事すら忘れて煙のように逃げ狂い、あっという間に消えていきました。

 そんな必死に逃げなくても、と唇を尖らせて思います。


 確かに目の前にこの世界を統べる存在が立っていたら、畏怖の念を抱くのは当然の感情かもしれません。

 ましてや、淡々と処刑法を連ねられたら逃げ出したくもなるでしょう。


 ……ですけどこっちは人間ですよ?

 おまけに幼気な少女です。

 非力でか弱いものの代名詞的存在です。

 あんな風に怖がられる筋合いはないと思います。


 処刑の下りだって冗談だって笑い飛ばしてくれると思っていました。

 ですが、思ったよりも彼らは純情だったようで……。罪悪感で体が重いです。


「……えぇい! さっそくお出かけしましょう! 今日は何か素敵な出来事がありそうな気がします。いえ、あるんです」


 気を取り直す呼吸を2,3度行い、肺に冷気を送ります。

 お腹が冷やっとしたところで、お散歩の続きをしようと足を前に出しますが……なーにか冬らしからぬ熱気を背後から感じ、厭な汗が滲み出します。


「…………あ」


 こんがりジュージュー、と。

 私の趣味色のドアは、すすけて真っ黒になっていました。

 間の抜けた声が自分の喉から出た音だと知るのに、あと2,3分はかかりそうです。

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