第16話 俺は若干サイコパスぶってパンツを履いた。

「いや、ちょっとはしゃいでただけだから大丈夫!」

「あ、そう」


 ゆうゆはそういうと風呂場のドアを閉めて出て行った。


 俺の心臓はゆうゆがいなくなったあともバクついていた、なんというか体は反応しないのだが、胸だけがドキドキしていてもたってもいられなくなり、俺は恥ずかしさのあまり浴槽に飛び込み頭まで潜り込んだ。


 あーーーー!! 死ぬほど恥ずかしい!! けど、体は反応しない! いや女の子になったから当然なんだけど、なにこれ! なんか秘められた気持ちが大きすぎていまにも覚醒してしまいそうだ! いまなら左目がいきなり覚醒してオッドアイになったとしてもおかしくないレベル!な、気がする!


 俺は浴槽の中で左右に体を転がしバチャバチャ波をたてながら必死に気持ちを沈めた。

 頭に次から次へと浮かんでくる、その後の展開……アニメだったらハレーションや湯気が満載になってしまいそうな妄想をかき消すために、ひたすら湯の中でダンゴムシみたいに転がり続けた。



「長かったね……」


 結局俺が風呂から上がったのはその40分後だった。浴槽で理性を取り戻した後、シャワーの前に並んだボトルの表記をせっせと確認し髪を洗い、乾かし、そこで風呂を出た。

 ただ、パジャマを持ってくるのを忘れたので、バスタオルを体に巻きつけた状態である。俺は恥ずかしさを押し殺し、淡々と和室のタンスの中を探し、スウェットとパンツを確保してさっと着替える。イレギュラーなことにいちいち動揺していたら気持ちがもたない。


 本当は初めて履いた女性用のパンツについて長々と思うことはあったのだが、せっかく悶々とする気持ちが治ったところだったので、深く考えないようにめいいっぱい表情筋を殺しながら履くことにした。

 なんだったら「え? こういったフォルムのパンツ履くことで別に心が動かされたりしないよ? うん。俺、昔から人よりも感情が欠落してるからさ……」といった具合に若干サイコパスぶってパンツを履いた。


 ゆうゆが敷いてくれた布団にまた潜り込んだ俺であったが、寝そべった時に疲れがどっとやってきた。

 風呂に入り、初めて美少女になった自分の裸体と向き合うというミッションは、意外と精神的疲労が大きかったようで俺はもう、今日を振り返るとか、これからどうするかとか考えるのも面倒くさくて、ただエンヤみたいなリラックスできる音楽を聴いてぐっすり眠りたかった。うん、もう寝よう。寝ちゃお寝ちゃお寝ちゃおー!!


「そいえば、明日レッスン11時からになったから、10時20分には出なきゃね……」


寝よう‼︎ と意気込んだ瞬間に、ゆうゆが話しかけてきた。なんだよゆうゆ。

 そんなに俺のこと……寝かせたくないのか? まったく可愛いやつだな! と心の中で呟くことでさっき恥ずかしめられた復讐を果たした気になる自分が悲しい。


「そうなんだね」

「うん、なんか連絡きてたよ、てか長束…」

「ん?」

「美子は、難しいと思う…なんていうか美子はわたしたちとはちょっと違うから…」

 

 意外であった。ゆうゆが自ら、美子の話題を振ってくるとは。ゆうゆは我関せずな態度で決め込むと思っていたのだが、今日のことを少し気にかけていたらしい。クールに見えてさっきも俺の布団を敷いてくれたりと意外と優しい子なのかもしれない。


「そっか、その私たちと違うっていうのはどういうこと?」

「うーん。なんていうのかな……上手くいえないけど…」

「うん」

「なんか、美子はしっかりしてるけど、意外と一番マイペースな気がする…」

「そうなのかぁ」


 美子が一番マイペース。これも意外な告白であった。長身で美人系の顔立ちから醸し出されている雰囲気のせいもあるかもしれないが、俺の目にも美子は常識人でしっかり者な風に映っていた。まだ数時間しか会っていないが、面倒見のいいお姉さんタイプという印象を持っていたからだ。


「えーっと、どんなとこがマイペースに思うの?」

「うーん。なんだろ、いっぱいあるんだけど……あ、そうだこないだ大阪遠征の時あったじゃん?」

「え、う、うん」

「あの時とか……美子だけ空き時間にどっか行ってギリギリに服買って戻ってきたりしたじゃん……」

「ああ、あったね! うん!」


 人間の記憶とは曖昧なもので「昔、こんなことあったじゃん?」と他人から3度同じエピソードを聞くと、例えそれが嘘のエピソードだったとしても最後には「ああ!あったね!」と記憶が捏造されるらしい。

 あと2回、このエピソードを聞けば俺も新大阪駅でたこ焼き買ったりして楽しかったあの大阪遠征を思い出せる、はず。


「だからなんていうか……難しいと思う。けど……」

「うん」

「やったほうがいいとも思う……」


 どうやらゆうゆなりに、今日社長がもってきた仕事に対して考えていたようで、社長の前では気乗りしない態度だったが不真面目な姿勢ではなかったらしい。


「まぁ、そうだよな。あの仕事チャンスだもんな」

「……うん、チャンスになると思った」

「じゃあ、明日頑張って美子を説得してみるから、ゆうゆも援護を頼む」

「……わかった。じゃあ、おやすみ……」

「ああ、おやすみ」


 部屋の電気が消され、俺とゆうゆは眠りにつくことにした。美子をどうやって説得するかもまだ考えられてないし、ガールズバーでぶっ倒れてからの出来事をまだ整理して把握できていないんだけど、とりあえず今日はもう頭がキャパオーバーなので、一旦寝よう。

 明日の朝起きたら、またおっさんに戻ってたりして……。

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