第12話「……いや、下着」

《美子へーき?》

《社長あれまじないわ》

《まぁいきなりだしねー》


 どうやら通知が来ていたのは、美子、じゅん、ゆうゆ、そして俺の四人で構成されたグループのようであった。


《やば》

《わら》


 わざわざ伝えなくてもいいのでは……という雑な日本語でトークルームはほぼ埋まっていた。まぁ、そのトークの流れをかいつまんでいくと、こうだ。

 美子は「社長本当にありえない、私水着グラビアはやらないっていってるじゃん!」と憤慨している。ゆうゆとじゅんはその美子の怒りに「うんうん」と話を合わせている、という感じで会話はすすんでいた。


 美子の言い分としてはこうだ。どんな仕事でもこなして、とにかくなんでもいいから有名になって大成したい! というよりも純粋に歌って踊ることが好きなので自分がしたくない仕事は避けて、アイドル活動をやっていきたいということ。

 自分の信念をちゃんともっているので、いわれるがままにいろんなことを受け入れて、悪い大人に騙されてしまう……という心配は無さそうなしっかりした考え方ではあるが、現在がまだ下積み状態ということを考えると、少し頑固すぎるのかもしれない。

 美子はしっかり将来のことを考えているので、アイドル活動に付随した水着グラビアが、残りの人生の足をひっぱるような黒歴史になってしまうかも……と考えている節があるようだ。


 具体的にどのような未来図を描いているかはわからないが、とにかくアイドル活動だけでなく、人生トータルとしてマイナスになりそうなことに足を踏み入れたくないという思いを強く持っているようだった。


 多くのアイドルがそのようなリスクヘッジを考えて行動しているのか、そうか美子が慎重派すぎるのかはわからないが、相当本人にはこだわりがあるように垣間見れた。うーん、まだ若いしそこまで頑固にならなくてもいい気がするのだが、いまの若い子はみんなそんなものなのか? さとり世代ってやつ?


……そう考えると、俺は若い子のことも、アイドルのことも全然知らない、という無知さを自覚させられる。

 テレビやネットニュースで頻繁に見かけるような情報やグループに関しては、名前くらいは知っているが、美子やじゅん、ゆうゆのようないわゆるメジャーで活動していないアイドルの生態に関してはなにも知らない。たまに、端野から話を聞いていたくらいだ。


……そうだ、端野。あいつと連絡をとれたら、少しアイドルについてわかるかもしれない。けれども、そもそもあいつがこの世界に存在しているのかもわからければ、連絡をとる術もない。みたところメッセージアプリには端野の連絡先は入っておらず、長束という人格の交友関係だけしかない。

 端野がこの世界に存在しているかわかる方法はあるだろうか、端野だけでなく俺が関わってきた人間関係は存在しているのだろうか。それを確かめる方法はー。


 そうだ、メールにログインしてみるのはどうだろうか。もしログインできなければ、おそらく俺の今まで生きてきた世界は消滅している。しかし、メールにログインできれば、また端野をはじめとする俺の知人に連絡をとれるかもしれない。


 俺は早速、ネット上から自分のアドレスにログインを試みた。

《natsuka****@mail.com》

 8文字のパスワードを入力すると、なんと無事にログインできたではないか!

 どうやら俺の生きていた世界はまだ存続しているらしい。 

 

 そしてこちらにも、未読メッセージが山のように溜まっている。しかし、そのほとんどが《冬にぴったりの温泉宿》《糖度たっぷりのみかんを入荷しました!》など新商品の購買をすすめるメルマガばかりで、そこで自分の人生のちっぽけさを知らしめられる。


 俺が死んでしまったというのに、俺を心配するような知人からの連絡は一切なく、ただ俺の知らないところで今まで通り世界は回っている。


 そんな日常の延長に俺は自分の人生のちっぽけさを見せしめられているようだった。端野に連絡しようとしてログインしたものの、心に、なんだかいますぐやらないといけないことではない気がしてきた。

 正直にいうと、俺はこの時はじめて自分の人生の虚しさを直視させられ、どうとも言い難いただ圧倒的な虚しさ、呆気なさに心を食われてしまったのだ。


「はぁ……」


 俺はスマホを手放し、大の字になって天井を見上げた。


「見知らぬ、天井」


 そう呟いてみたものの、碇シンジを気取るには、俺は世の中を知りすぎている年齢だし、感傷を盛り上げて涙を流せるほどの青臭さはもう自分には無いという事実に落胆する。


 一気にやる気を削がれてしまった時、深く考えても思い浮かぶのはネガティブな過去の出来事と、それに付随する後悔だけである。

 今日は、これ以上考えないようにいま目の前にあることだけを現実と受け止め、静かに眠ってしまおう。そっちのほうがいいし、それが俺がこの40年間で得てきた処世術でもある。


 俺は自分に自分はもう大人である、ということを言い聞かすように静かに目を閉じた。

 すると、その時風呂場のほうから声が聞こえた。


「長束、ごめん。まだ起きてる……?」


 どうやら風呂場の中からゆうゆがこちらに話しかけてきているようである。


「うん、まだ起きてるよ」

「そっか、ごめんなんだけどさ……下着わすれちゃったから、こっちにもってきてくれない?」

「え?」

「……いや、下着」


 神様、もう俺を試すのはやめてくれ。俺は心穏やかに寝ようとしていたところなのだ。それを、なぜアイドルに下着を持っていくというクエストを与えるのだ。

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