第11話「あっごめん、そうだったね、シャワー先浴びてきていいよ」
「は?」
ゆうゆから返ってきたのは、予想外の反応だった。さっきまで潤んでいたように見えた瞳だったが、今俺の瞳を覗き込むのは、さきほどから一変し、乾きったゆうゆの瞳であった。
「あのさ、弱ってるみたいだから気つかってたけど、ここ私のベッドだから……」
「はい……」
「だから、そろそろ自分の布団に戻ってくんないかな……」
ゆうゆは怒っているわけでもなく、心底面倒臭いのか、淡々とそう告げる。
「え? 俺の布団?」
しまった、つい自分の事を俺って呼んでしまったー! などと振り返るのが先になってしまったが、どういうことだ? ゆうゆの言い草的にここは俺のベッドではないということなのだろうか?
「もしかして、しんどくて布団敷けないの?」
「いや、ああ、まぁそうかも……」
「……だったら言ってくれたらいいのに。そんな時のルームメイトでしょ」
「そうだよね。って、え?……ええっ!?」
聞き間違い、ではないよな。ルームメイト? いまルームメイトっていったよな。うん、確かにそういった、はず。
「どうしたの?」
「い、いや俺たちルームメイトだよなぁ、と」
しまった! また俺って言ってしまった! 自分のことはなつかって呼ぶ設定だろうがぁぁぁ! なに自分から設定ガバガバにしてんだよぉぉぉ!
俺は昔からそうなんだ。自分の無能さというか詰めの甘さが嫌になる。もうそんな自分が情けなくやりきれず思わず両手で顔を隠す。すると、そんな俺の一連の流れがおかしかったのか急にゆうゆが笑い出す。
「ふふふ、なにそれ。ウケるんだけど……」
「いや、しみじみな」
「長束、今日なんか変。大丈夫?」
ゆうゆはそういうと、笑ったままひんやりした手を俺のおでこにピタッとくっつけた。ゆうゆの顔がさっきよりますます近づく。
「!!!???」
「んーちょっと熱い?」
くっつけた手の平を裏返してはくっつけ、を繰り返しゆうゆは何度も俺に熱がないかを確認してくる。熱がないことくらい自分でもわかっているのだが、俺はゆうゆに言い出せず、なされるがまま子供のようにぎゅっと目を閉じてゆうゆの冷たく細い手の感触を感じていた。
「うん、熱はないみたいだね……じゃあちょっと疲れてただけか」
「そっそうかもしれない」
「まぁ、いいや」
そういってゆうゆは立ち上がり、隣の和室にある押入れから布団を運び出そうとかかとを上げた。
「よいしょっと……」
重ねられた布団は分厚く、女の子一人で運ぶには大きすぎるのだが、俺は手伝うとも言いだせず、ベッドで布団にくるまったまま、よたよた布団を運んでくれているゆうゆの姿を申し訳ない気持ちで見ていた。
頭の中には「ルームメイトでしょ」というゆうゆの言葉が何度も何度も再生され、本来よりも甘い意味でルームメイトという言葉を捉えてしまっている俺がいた。ルームメイト、なんと甘美な響きなのだろう。俺は頭の中でその言葉を繰り返し、夢想の入り口にたどり着いていた。
ルームメイトとはーーーつまり、同居人のことである。同居人とはーーーつまり、二人は同棲中なのである。
いま俺の視線の先にいる、膝立ちで、かいがいしく布団を敷いてくれている彼女と俺は昼夜を共にする仲なのだ。互いのシャワーの音をごくごく自然に聞き、おやすみやおはようなど日々の挨拶をなんの疑問ももたずに交わし合うのだ。ルームメイトって、素敵やん。
「長束、布団敷き終わったよ……」
「ああ、ありがとうごめんね」
俺はできる限りか細い声を出し、げほげほと咳払いしながらベットを抜け、和室に向かった。
「明日もレッスンあるしさ、今日はゆっくりやすんで……」
「うん、ありがとう」
俺はゆうゆが敷いてくれた布団にゆっくり潜り込んだ。
「なんか、欲しいものあったらコンビニで買ってくるから。あ、そういえばお湯出しっぱなしだった」
ゆうゆはバタバタ風呂場に向かい、きゅっと蛇口を締める。
「長束どうする? 先に浴びる?」
先にシャワーを浴びる……女の子の口からそう聞かれたのは、クリスマスの夜に自宅に呼んだ、あすかちゃん以来である。お店のHPで見たよりもがっしりした体型で、ぱっちりした瞳だった写真よりも目つきが悪く、やたらとパサついた茶髪のあすかちゃん。
愛嬌はある方だったので積極的に舌を絡めてくれたりしてサービスこそよかったが、背中にいくつかある引っかき傷が終始気になったのを覚えている。そんな彼女にも、もう会うことはないのだろう。いつでも呼べると思っていていたが、いざ呼べないと思うともの哀しさは襲ってくるものだ。
「ねぇ、長束どうするの?」
「あっごめん、そうだったね、シャワー先浴びてきていいよ」
「ああそう。じゃあ入るわ」
ゆうゆはそういうと風呂場に向かい、しばらくすると湯船につかるちゃぷ、という音が聞こえてきた。別にこれから二人でなにをするわけでもないのだが、風呂音を聞きながら待つ、という時間に妙にドキドキしてしまう俺がいた。
けれども、いまはドキドキとリビドーと妄想を掻き立てている場合ではない。ゆうゆがいないこの隙に、いま起こっていることの状況確認をしなくちゃいけないのだ。
まずは体をくまなく確かめたいところなのだが、これはあとで風呂に入ったときに調べた方が良さそうだ。まずは、そうだな、スマホ。俺のスマホはどうなっているのか確認しなくてはいけない。あと、この長束という子。
この子のプロフィールもきちんと確認する必要がある。俺は、ゆうゆが玄関に置きっぱなしにしたバッグを取るため布団を出た。
和室までバッグを運び、乱雑にものがぶちこまれた中身を確認する。ポーチや衣装、お菓子やタオルなどが詰め込まれたバッグの奥に、薄いピンク色のスマホがあった。
幸いにも指紋認証でロックは解除されたので、俺はメッセージアプリを開く。
アプリの右上には未読通知が「65」と出ている。
「65ってめっちゃ多いな……」
アプリを開くと、1つのグループの中で未読メッセージが65通溜まっているようだった。俺は、そのグループのトークルームを覗いてみることにした。
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