第95話 結婚式

 それでは、その後の経緯を少し語らせていただこう。


 運命の日。朝日のプロポーズと、それにまつわる法改正の段取り(だいたい矢地の仕事)も強引に完了。深夜子ら三人との婚約は成立し、結婚の順番についての話し合いも終わった。


 これにて一件落着と言わんばかりの空気の中、あることに気付いた五月が口を開く。

 「ああ、そうですわ深夜子さん。お断りされる”お見合い”の件ですが、慰謝料についてはご心配なく。五月雨の方で三億ほど準備しておりますわ。これでお話を収めてくださいませ」

 「ん、慰謝料? ……あっ! ……そ、その、五月さっきー、じ、実は……ちょ、ちょっと――」

 五月から、お見合いを断ることで発生する慰謝料についての話題。ところが、それに対して深夜子は何やら気まずそうにモゴモゴと口ごもる。


 ――数秒後、その口からとんでもない一言が放たれた。



 「「「「はっ、破談んんんんんんんんん!?」」」」


 まさかの顛末。実は、朝日たちとの話し合い前日。朝焼子は急遽、先方との顔合わせを強行していた。その結果……。


 「その、母さん……。相手の男性に、写真とかプロフィール見せてなかった」

 「深夜子さん。それは男事不介入案件の申し入れがあった故、急ぎ先方に伝える必要もありました。準備時間がない中での面会では致し方ありませぬ」

 朝焼子は男事不介入案件の対策として、少しでも話を進めておくために面会をしたと主張する。

 「てか、あの男の子。母さんのことめっちゃ怖がってたから」

 ジトッ、とその猛禽類のような目を母へと向ける深夜子。

 「何を、し、心外な……深夜子さん。貴女がずっと不愉快そうな顔していたからです」

 ジロリッ、と光は戻っているが、変わらず鋭い瞳を娘へと向ける朝焼子。


 バチっ、二人の視線が火花を散らした。


 「んなあっ!? かっ、母さんでしょ。朝日君はあたしのこと”カッコイイ”って言ってくれるし!」

 「むうっ!? そんなことはありませぬ。ま、麻昼さんだって、母のことを”高嶺の花”と呼んでおられました!」


 あっ、ダメだこの母娘。朝日に五月、梅。果ては弥生と新月。そろって、むなしい骨肉の言い争いを生暖かく見守る。そこにとどめは朝日のこの一言。


 「あれ? お見合いが破談してるんだったら……この男事件不介入案件って必要な――むぐっ」

 「いけませんわ、朝日様。それ以上はいけませんわ。おほほほほほ……」

 察してはいけない事実に、五月が優しく朝日の口を塞ぐ。


 そんなとんでもないオチが待ってはいたが、これはこれで朝日家らしい結末と言える。微妙な空気の中、それぞれが強引に納得し、なごやかに現地解散となるのであった。


 だが、間違いなくその日。いくつかの奇跡と偶然によって、二十五年前の暗い過去は清算され、未来を担う若者たちへ、そのバトンは手渡されたのである。



 ――さて、時間は進んで翌月の四月一日。


 午後一時、朝日と深夜子たちは曙区役所へと足を運んでいた。目的は朝日と深夜子の婚姻届けを提出するためだ。


 特殊保護男性にまつわる法改正に加え、Maps業務規定の変更。全てがとどこおりなく完了して施行されたのが三月末日。ちなみに、その一ヶ月で体重が5キロ落ちたとは矢地のげんである。ほんとお疲れ様です。


 そして、入籍可能になるまでの約一ヶ月。朝日たちが何をしていたのかというと――結婚式の準備に奔走ほんそうしていた。なんと、この世界には『結婚披露宴』という文化が無かったのだ。


 何せ男性たちにとっては、パワフルな女性に(性的に)絞り取られる毎日のスタート。かたや肉食系女子にとっては、念願の男性が自分のものになる。それだけで頭いっぱい、(性的に)ヤル気いっぱいだった。


 そんなわけで男性保護省に加え、五月雨家のバックアップ体制の中。朝日の知識や要望を元に、世界初となる日本風結婚披露宴の打ち合わせなどで多忙な日々を過ごし、本日めでたく婚姻届けの受付窓口前までやってきたのだったが……。


 「くっ! ……こんな美少年に無理やり婚姻届けを書かせて連れてくる……だと……!?」

 「おのれ、貴様には地獄すら生ぬるい!」

 「お前の血の色は何色だあーーーーっ!!」

 深夜子が区役所の警備員たちに囲まれ、何やらトラブル真っ最中。 


 血の涙を流して慟哭する警備員の女性たち。その原因はというと……婚姻届け提出時に、朝日がつい感動で泣いてしまった。それに焦った深夜子が慰めていたところを見られコノザマだ。


 「ちょっとおおおおっ、五月さっきー、梅ちゃん。笑ってないで説明して――――って、なんで朝日君まで笑ってるのおおおおおっ!?」


 十分後に無事、婚姻届け受理完了。この日、神崎朝日と寝待深夜子は晴れて夫婦となった。残す結婚式は明後日、四月三日の日曜日である。



 ――結婚式前日の晩。昨日までで、あれやこれやの準備も完了。久々に二人で携帯ゲーム機を手に取って、パジャマ姿でプレイ中の朝日と深夜子だ。朝日の部屋でベッドを背もたれに、仲良く隣り合わせで遊んでいる。


 婚姻届けが受理され、夫婦になったとは言え。結婚式前は意外と実感がわかないものだ。それに一年近くいっしょに暮らしているので、お互いの生活ペースも知り尽くしている。


 曙区役所からの帰り際は、やたらとテンションが高く。五月と梅からウザがられまくった深夜子だったが、いざ家に戻り朝日と二人になると、どう話題に出すべきか悩んでしまう。


 実は朝日も同様で、ついつい日頃と同じ距離感を保ってしまっていた。気がつけば普段のようにゲームに熱中し、時間は二十三時手前。式は明日の正午、朝から忙しくなる。そろそろ就寝の時間であった。


 「あー、んー、朝日君。そろそろ寝る時間」

 「そっか、そだね。久しぶりにゆっくりゲームできたね」

 「うん。じゃ、じゃあ、あたし部屋に戻る」

 やり取りはいつもと同じ・・・・・・つもり・・・の二人だが、なんとなくぎこちない会話になってしまう。


 さらりと言ってのけている深夜子だが、内心は朝日とイチャイチャしまくりたくて仕方がない。しかし、婚姻直後から女性ががっつき・・・・過ぎると、男性に精神的かつ、肉体的に負担をかけてしまうので慎重に、とはこの世界の定石セオリー


 男性たちから初夜の悲鳴が聞こえてきそうな常識である。


 「あっ、ちょっと待って深夜子さん」

 背もたれにしたベッドから起き上がろうとした深夜子の手を取り、朝日がひき止めた。

 「朝日……君。どしたの?」

 「あのさ……深夜子さん。僕たち、その、夫婦になったんだよね」

 「うえっ!? そ、それはもちろん。だけど、あっ、べ、別にあたし、だからって、すぐに、とかは、そにょ……」


 それを察してか――いや、違う。朝日は男女比一対一の世界からやって来た健全な日本男児なのだ。今は空気を読む訳でもなく、自然に、愛と本能がおもむくままに、深夜子を抱き寄せた。


 「あ、朝日君……?」

 「あのさ……今日、いっしょに寝よっか……」


 「「……………………」」


 「…………いただきます」

 「え? あれ? み、深夜子さん」

 

 まあこうなりますよね。流れる様に朝日が・・・ベッドに押し倒される。そして沈黙。もう言葉は必要ないだろう。見つめ合い、手と手を取り合い指をからめあう。それから、二人の唇はゆっくりと重なった。




 ――結婚式当日。


 今回、式場には男性保護省を使うことになっていた。何分、世界初の試みなので国からも注目されている。多少政治的な思惑も入りかけてはいたが、そこは六宝堂弥生がしっかりと朝日を守っていた。式場がここになった理由でもある。


 講堂の一つをこの日のために大改装。専門の式場にも劣らない立派な披露宴会場が完成していた。講堂内はきっちりと仕切り分けられ、披露宴ホールから控え室まで作り込まれている。朝日には親類の結婚式に出席した記憶くらいしか知識はなかったが、それを頼りに、五月雨グループのイベント企画会社が総力を上げて構築・再現したのだった。


 ――その新郎控え室に、衣装の着付けを終えて朝日が戻ってきた。


 つきそっているのは、三十代前半でおしゃれなスーツを着こなしている女性。黒髪ショートボブに少したれ目で色気を感じさせる。男性服飾専門店のオーナー『黒川くろかわ静香しずか』だ。控え室に朝日が入るや、梅と五月の叫び声が響く。


 「うおっ、朝日すっげえカッコイイ衣装だな!? それに化粧するとほんとにヤバいよな……」


 梅がそう言うのも無理はない。髪型はいつものショートマッシュウルフだが、カット直後でばっちりセット済み。軽く化粧も施され、まさに極上の美少年に仕上がっていた。


 つい先程、取材に来ていた男性保護省広報課の部隊がその美貌の前に壊滅。さすがの破壊力である。


 「ん゛っ、まああああああっ!! 素敵っ、素敵ですわっ、朝日様。ああああああ、いや、もうこのまま五月と結婚式を――ぎゃふっ」

 興奮する五月の脳天に、梅のジャンプ手刀が落ちた。


 「ふふふ、どうだいお嬢。この黒川静香渾身の一作。いや、人生最高傑作だ!」


 そう胸をはる黒川。朝日が着ているのは、光沢のあるシルバー生地のタキシード。新郎定番ではあるが、ウェディング仕様で非常にきらびやかながら、派手になりすぎない絶妙なデザインが施されている。


 「さあさあ、お嬢たち。せっかくだから神崎君との記念撮影をしてあげようではないか」

 満足行く仕事ができたようで、ご機嫌の黒川がカメラを取り出す。

 「だとよ、五月」

 「あっ、そ、そうですわね。せっかくの機会ですから――」


 今日の梅と五月は男性保護省の記章付き制服姿。Mapsとしての完全正装だ。まあ、五月も梅もいずれ主役となるのだが、何かしらタイミングがあれば、都度写真を撮りたくなるのが人のさが。それでは、と二人揃って朝日の側へ向かおうとした。


 パシャッ! パシャシャッ! しかし、それよりも早く朝日に向かってカメラのフラッシュが連続して焚かれた。先ほど、取材部隊は壊滅したはずでは? 五月たちがフラッシュの光源へと目をやる。


 「ふおおおおおおっ、朝日君! テラやばす! とうとみが天元突破!!」


 そこには純白のウェディングドレスに身を包み、一眼レフを装備中の深夜子がアクロバティックに朝日を撮影している姿があった。ほんとドレスでよくそんな動きができますね。


 「新婦がここで何やってんだああああああああ!」

 「貴女、オーダーメイドのウェディングドレスをなんだと思ってますのおおおおおお!」


 やっぱりいつもの流れになって苦笑する朝日。一眼レフを首にぶら下げ、名残惜しそうな深夜子が五月に捕縛ほばくされる。そのまま新婦控え室へと説教付きで送り返されるのであった。



 ――午前十一時四十五分。披露宴会場に、朝日と深夜子の結婚式へ招待されたゲストたちが次々と到着していた。


 男性保護省からは正装の記章付き制服姿で、『矢地やち亮子りょうこ』を筆頭とする各課長たち。Mapsメンバーからは『餅月もちづき餡子あんこ』に加え、五月と梅の知己ちきが数名。さらには朝日の招待で『笠霧かさぎり寧々音ねねね』。


 五月雨ホールディングス関係者は着物姿の『五月雨さみだれ新月わかつき』を筆頭に『播古田ばんこだ蘭子らんこ』と護衛部隊の黒服たち、一部グループ会社の役員も招待されている。新月と同様に、本日は上等な着物姿の『寝待ねまち朝焼子あやこ』。こちらは深夜子と関係の深い使用人や門下生を数名連れて来ている。


 大掛かりなイベントになってはいるが、実際の参加者は総勢で四十名にも満たない。できるだけ気心の知れた身内での式にしたい、と朝日の希望があったからだ。男性保護省、五月雨家、寝待家、それぞれの参加者も、朝日と面識ある者を中心に出席していた。


 開始まであと十分程度。ゲストは指定されたテーブル席へ次々と着席し、和やかに談笑している。すると一つだけ空席になっていたテーブルのゲストが到着したらしく、入り口から数名の声が響く。


 「しかし、朝日クンも結婚式をするって最初は何かの冗談かと思ったんだけど――うわっ、すごいな。ふーん。よくもまあこんなことを考えたものだね」


 呆れ半分に感心し声を出しながら、男性が入ってきた。少し派手なスーツに身を包んだキノコ頭のお坊ちゃん。朝日に招待された『海土路みどろあるじ』が会場を見渡している。その側には、ドレスワンピース姿の小柄ながらスタイルの良い美女が付き添う。


 軽くウェーブのかかったブラウンのミディアムヘア。少し丸顔に、ぱっちりとした瞳が可愛らしい――おっと、これはなんとコンタクトレンズでお化粧ばっちりの『流石寺りゅうせきじ月美つきみ』である。 


 「ふわあーですよ。でっ、でも、主様! 月美はちょ、ちょっとだけ素敵かな、なんて思ったりもするのですよ。あ、あああ主様もその、ご結婚される時は――」

 「ちょっと待て、なんでだよ月美! 結婚するってだけでもたまんないのに、わざわざ見世物にされるって冗談じゃないだろ普通! ほんと女ってのは……」


 それはそうですよね。と会場にいる女性たちは心の中で同意する。普通の男性なら当然の反応であった。


 「あっははは、さすが美人さん。何から何まで面白いじゃな~い。でもさぁ、坊ちゃんもこれやったらさぁ。スッゴい注目されると思うけどねぇ~」

 「そうじゃのう坊ちゃん。神崎氏には負けておられぬだろうに」


 その後ろから主を煽る二人。こちらはパンツドレス姿の『蛇内へびうち万里ばんり』に月美の姉『流石寺りゅうせきじ花美はなみ』。今日に限っては二人ともアクセサリーなどで身を飾り、日頃のイメージとはかけ離れた姿だ。特に万里は抜群のダイナマイトボディに、化粧を施した凛々しい顔立ちから大人の色香いろかを漂わせている。


 「万里! 花美! お前ら他人事だと思って――むぎゅ」

 「あっはは! まあまあ坊ちゃん。今日はめでたい席さぁね。さっ、主役の登場を待とうじゃない」


 反論する間もなく万里の胸に顔を埋められ、席へと運ばれていく主であった。


  ここで会場の扉は閉じられ、ライトダウンして場内は薄暗くなる。時間は正午直前。新郎新婦席から少し横にある司会席にライトが照らされた。そこには茶髪のお団子ヘアで、柴犬のような愛嬌ある顔をしたMapsが一人。


 『どもっス。なぜか本日の司会進行を務めることになったMapsの餅月餡子っス。よろしくっス。それと式の途中、新郎新婦からのサプライズも用意してあるから、是非楽しみにして欲しいっス……てか――』

 どうも司会進行役らしいの餡子だが……途中からマイクを握る手がフルフルと震え、語尾が怪しくなる。

 『――この司会の依頼が開始一時間前ってどういうことっスか? 一時間前って? あっ、これもサプライズっスか、なーるほどって――なわけないっスよねええええ!』


 一人乗りツッコミを始めた餡子に会場から笑い声が漏れる。――でも、これ大丈夫なの? と心配する空気が流れ始めた時。司会席につかつかと近寄るの影が一つ。


 『はい、そこまでよ餅月先輩。それでは愛しの朝日お兄様から愛と信頼の元、正式に・・・司会依頼を受けた国立男性保護特務警護官養成学校二回生主席、笠霧寧々音が改めて進行します』

 

 白金色の髪、ルビーのような瞳に乳白色の肌。半目に無表情の美少女、制服姿の寧々音がさらりと割って入った。


 『なにいいいぃっス!?』

 ”正式”の言葉に凝固した餡子。寧々音に視線を向けるとジト目から”はいそういうことでした”的視線が返ってくる。

 『――と言うわけで、まずは軽いサプライズでした』

 『ぬわあああああっ、み、みーちゃん。やって、やってくれたっスねええええ! ふわあああああああ!!』


 会場のあちこちで笑いが起こる。見事、掴みはバッチリだったようである。



 『『――それでは新郎新婦の入場です(っス)』』


 万雷の拍手の中、純白のプリンセスラインウェディングドレスに身を包んだ深夜子にエスコートされて、タキシード姿の朝日が入場した。


 披露宴が始まると、意地で残った餡子が寧々音の司会に合いの手を入れ、漫才まじりの進行となった。媒酌人ばいしゃくにんである新月の挨拶、矢地による主賓挨拶と乾杯。その間に寧々音と餡子が、梅や深夜子にツッコミを入れたり入れられたり、途中はっちゃけ過ぎた餡子が矢地にアイアンクローを食らう一幕もあった。


 笑いの絶えない。朝日が望んでいた披露宴が進んでいった。


 続いて、前半のメインイベントとなるウェディングケーキ入刀が行われる。ここで再びサプライズとして『その場でカットしたケーキを朝日が抽選で二名様にあーんして回る』イベント発生。無駄に会場のテンションが上昇した。


 さらに天の采配か、ここで当選したのが矢地と万里、狙い済ましたかのような面子である。「あ、あなた! これはっ、これは違うのっ!」と謎の言い訳をしながら”あーん”する矢地。


 余裕という名のやせ我慢を見せつつ”あーん”した万里は、花美と月美に冷やかされ「うっさい! 人様の顔をジロジロ見るんじゃないよぉ」と、しばらくテーブルに突っ伏すハメになる。


 その途中。抽選に外れた悔しさのあまり、一千万で権利を買うと言い出した新月に五月のラリアットが炸裂したり。戻り際にふと思いたった朝日が餡子と寧々音へ司会のお礼に、と”あーん”をした結果。寧々音の心肺蘇生のため、進行が中断したことも追記しておく。


 前半も一段落。ここでお色直しのため、朝日と深夜子が中座する。残る主なイベントは深夜子から朝焼子への挨拶と花束贈呈、指輪の交換と誓いのキスとなった。


 その花束贈呈の主役。朝焼子がテーブルから指定の場所へと移動していた時、会場に巨体の老婆が姿を現した。立派な記章付き制服姿、男性保護大臣『六宝堂りくほうどう弥生やよい』だ。朝焼子を見つけると笑顔で近づいてくる。


 「おう朝焼子、今日はめでたいのう。それにしてもやれやれ、遅うなってしもうたわ」

 「これは姉様あねさま。国会から喚問かんもんがあったと聞いておりましたが……」

 「まあのう……ほっほ、ちと強引にあれこれ進めすぎたわい。野党の連中がうるそうてからの、手間取ってしもうたわ。わざわざ意趣返しに坊やの晴の日を選びおってからに――」


 まあ、お主らは気にする必要はないさと弥生はカラカラ笑う。そして懐から何やら重要書類が入っているであろう封筒を取り出し、朝焼子へと差し出した。


 「それは難儀でございまし――これは?」

 「何、麻昼殿からの最後の言付けじゃよ」

 「!? ……これはっ、姉様あねさま

 「そうよ。お主の人工受精記録、その詳細じゃて。精子提供者まで記載されとる極秘資料じゃよ」


 麻昼が朝日を通じ、弥生に頼んでいた最後の願いであった。いそいそと書類を取り出して目を通す朝焼子。だんだんと手紙を持つ手は震え、その鋭い瞳からはとめどなく涙が溢れ始める。


 「ああ……これ……は、深夜子……さんは……」


 二十五年前、復讐に狂う朝焼子が潰した曙遺伝子研究学会の施設。そこには麻昼の精子が冷凍保存されていたのだ。当時は国が回収し、事件が落ち着くまでは証拠品として厳重に保管されていた。それが人工受精用に提供されたのは五年後――朝焼子がそれ・・を決意した時の事であった。 


 朝焼子の目に、涙でにじみながらも映る書類の精子提供者欄。そこには『京本きょうもと麻昼まひる』と記載されていた。


 「間違いない。あの子はお主と麻昼殿の娘よ」

 「ああ……麻昼さん、深夜子……さん」


 その場で泣き崩れた朝焼子に、静かによりそう弥生だった。



 ――それから三十分が経過し、お色直しが準備完了。寧々音と餡子のコールに合わせ、深夜子と朝日が拍手に包まれて再入場する。


 パープルカラーのスレンダーラインドレスに着替えた深夜子に、スカイブルーのタキシードにカラーチェンジした朝日。こちらも黒川渾身の一作だ。


 新郎新婦席から、床を真っ直ぐに伸びる赤絨毯。その先に用意された檀上だんじょうで朝焼子が二人を待つ。赤い道を朝日と深夜子が、花束を持ってゆっくりと進んで朝焼子の前に到着した。


 「母さん……」

 「深夜子さん」


 先の弥生とのやり取りなど知るよしもない深夜子。何よりもこの大一番に緊張して察するどころではない。笑顔の朝日を横に、ギクシャクしながら朝焼子へと花束を手渡す。


 「あの……んと……母さん。今まで育ててくれて……ありがと――」

 照れくさいのか、苦手なのか、深夜子のスピーチはたどたどしい。

 「――これからは、その、朝日君と……幸せな家庭をつくるから、えと、まあ、よろしく……って、母さん?」


 目の前には花束を手にして大粒の涙をこぼす朝焼子。それでいて深夜子へ優しい微笑みを向けている。日頃からは想像もつかない母親の反応に、深夜子は驚きで言葉が続かない。


 対して朝焼子は、深夜子が麻昼との娘だった事実。その喜びと同時に、幼い頃に愛情を注げなかった後悔と自責の念がつのる。しかし、祝い場で過去の謝罪を長々とするわけにもいかない。――いや、今日、ここで知ることすらも麻昼の気遣いだったのかも知れない。朝焼子はそっと目を閉じて、少しだけ天を仰いだ。


 「えと……か、母さ――ふえっ?」

 突然、朝焼子に力強く抱き締められ深夜子は困惑する。

 「深夜子さん……母を許してください。そして――――産まれて来てくれて、わたしの子供に産まれてくれて、本当に、本当にありがとう……」

 「母さん、何を……そんな、……母さ…………ふ、ふぇ、……うええええええ」


 どうしてかはわからない。自分を抱き締め、すすり泣く母から、伝わってくる気持ち。それがとても心地よい。深夜子は心の中で何かが溶けていく気がした。


 二人のやり取りに、会場は感動的な空気に包まれる。朝日も含めて、あちらこちらでもらい泣きの声が聞こえた。もちろん、誰よりも号泣していたのは梅だった。



 ――披露宴は締めを迎える。


 媒酌人である新月仕切りの元、朝日と深夜子が結婚指輪を交換する。ゲストたちから祝福される中で、お互いの左手の薬指へと指輪をはめ合った。余談だが、朝日の指輪は特別仕様で、五月、梅の結婚式でも同じ物を使用し、その裏側に新婦の名前が彫られていく形になっている。


 指輪の交換が終わると、会場が一気に盛り上りをみせる。二人を中心にゲストたちが周りを取り囲む。――最後にして最大のイベント、誓いのキスだ。


 この世界ではまずお目にかかることのないスーパーイベント。大興奮の肉食系女子たち。先ほどまでの感動はどこへやら……うん、やっぱり色々ダメなんじゃないかな? この世界。


 異様な場のテンションに、応援なのか、叫び声なのか、よく分からない声援に押され、朝日と深夜子が二人して向かい合う。


 これで、二人は幸せなキスをして披露宴は無事終了――になるほど甘くはない。小声で朝日と深夜子が何やら会話を交わしている。


 (あの……深夜子さん? ちょっと鼻息荒いけど、だ、大丈夫かな?)

 (ふえ? だ、だだだだ大丈夫。ふひゅひゅ……昨日みたいに・・・・・・、あしゃひくんも、ちゅ、ちゅ、ちゅーを)

 (え? ちょ、ちょっと――)


 下世話な話。昨晩はと言うと……そう、朝日と深夜子は初夜・・を過ごしていた。しかも、この世界の基準と比較した場合、朝日の夫婦生活への積極性はまさにファンタジー。女の夢を凝縮したかのようなエロテロリストぶりだった。


 そんな洗礼を受けた翌日、緊張状態の深夜子が朝日と唇を重ねた――結果。



 「ちょっ!? しっ、新婦が新郎を押し倒したあああああっ!?」

 「「「「「えええええええええっ!?」」」」」


 そう、深夜子は我慢できず、朝日に”昨日の続き”を求めてしまったのである。


 「ひえええええええっ、朝日様あああああっ!? み、深夜子さん、貴女という女性ひとはああああああああ!!」

 「うおおおおおおいっ! アホか深夜子おおおっ、てめえっ、最後の最後で何やってくれてんだああああ!!」

 「ちょっと、深夜子さん。落ち着いてってば」

 「むひゅふふふふ。朝日君――」


 

 「大好き!!」



 あわてる朝日に、迫る深夜子。それを引きはがしにかかる五月と、後を追って飛び込む梅。

 ――そんな四人の顔は、これ以上ない笑顔であった。

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