第9話 これにて着任完了!
「あの……もしかして、お二人はお知り合い……ですの?」
「うん。梅ちゃんは学校の先輩」
「ああ、こいつ俺の
「なんで? 梅ちゃんは梅ちゃん。大和梅ちゃん」
「ちっ、相変わらずだな。お前くらいのもんだぞ、俺を下の名前で呼び続けて五体満足なのは……」
――SランクMaps
配属当時は後輩の深夜子と同じく曙区の担当で矢地の部下であった。二人ともMaps養成学校時代から話題に事欠かない問題児ではあったが、Sランクという特殊な高評価で卒業している。
そんな彼女だが、『うめ』という古風な名前と極端な低身長にコンプレックスを持っていた。それゆえ学生時代。その脅威の戦闘能力を持って即座に同級生たちを制圧。自分を苗字で呼ぶことを強制、さらに外見を馬鹿にした相手はもれなく半殺しにしている。
それから一年後に深夜子が入学。同学年では無いため直接的な競争にはならないのだが、実技関係の全校記録で深夜子と一位二位を争うことになる。
そこで一方的にライバル意識を燃やした梅が、あれやこれやと深夜子にちょっかいをかけて二人の交流が始まったのだ。
もちろん、今も昔も全身全霊で空気を読まない深夜子なので、梅の外見も名前もまったく関係なしの遠慮なしであった。その独特な
ちなみに余談ではあるが梅には三人の妹がいる。名前は次女から順に『
◇◆◇
さて、すでに深夜三時すぎなのだが、Maps側居住区のリビングルームにて緊急ミーティングが開催されている。当然ながら、この騒ぎの原因である梅の事情聴取が目的だ。
「それで大和さん。あの写真はいったいどういうことですの? そもそも、何を思って個人データの改造などと馬鹿な真似を……ありえませんわ」
「あん? あっちのがカッコイイからに決まってんだろ」
ピシィッ! 五月のメガネに亀裂が入った――ように見えた。
「あっ、あっ、貴女
梅の胸ぐらを掴み、前後に揺らしながら怒り狂う五月である。
深夜子が横で「
そして、梅の口から説明された経緯はこうであった。
三日前。矢地から突然の移動辞令があるも、自分の勤務地は北海区と非常に遠方。せかされたから大急ぎで移動を開始して、身の回りの荷物は後輩たちに発送を頼んだ。
ところが、連絡手段であるスマホは荷物に紛れて手元になく。さらに運が悪いことに曙区へ着いたあたりで財布を無くしてしまった。
もう、春日湊近くだったのと到着期限も迫っていたこともありそのまま現地へ。
幸い身分証はもっていので、現場に到着すれば着任済みのメンバーもいるから大丈夫だろうと思っていて気づいたらこの有様。という事であった。
話の途中から五月は机に両肘をつき、両手で顔を覆っている。
この五月の心労となっている着任の流れ、本来はリーダーである深夜子の心労であるはずだが、どうしてこんなことになったのか。その裏事情は矢地にあった。
梅が矢地のもとへ配属して一年後、さらに深夜子が配属。まさかのSランク問題児を二人も抱えることになってしまった。当然、なかなか担当が決まらなかった二人。当時は一年先輩の梅を思って、矢地はツテを使いあちこちに手を尽くした。
結果、人手不足とSランクという肩書きもあって、転勤条件ながら警護任務に当て込むことができたのだ。
ただし、勤務地となった北海区は曙区と違って北の果ての僻地だ。矢地は警護任務に送り出せたとはいえ、左遷さながらの異動だったことを気に病んでいた。そこへ朝日の案件が舞いこんできたので、渡りに船とばかりに梅を引っぱり戻したのであった。
実に良い上司である。
だが、ここで問題が発生した。同じく残り物であった深夜子を加えることで、完全無欠の武闘派コンビが結成となってしまう。優秀と言っても、かたや対人能力と一般常識欠如。かたや見本のような
上から警護任務に対して戦闘能力重視の指示が出るには出ていたが、正直この二人だけでぶっちぎりオーバーキル状態。とにかく実務に強い人員を確保する必要ができたのだ。
とにかく時間が無かったこともあり、矢地は同期で仲の良かった武蔵区の課長に泣きついた……結果。
武蔵区で”最優”と呼ばれた――最高の実務能力(と常識)を持つ五月に白羽の矢が立ったのである。
「ふああああああああ……深夜子さんといい、貴女といい。本部は何を考えていますの……これで、まともに、警護任務を――しかも朝日様のような、世界の秘宝と言っても差し支えない麗しい殿方にこんな特大地雷を二発も……ああ朝日様、お気の毒に」
五月がため息交じりにそうぼやくと、深夜子と梅がピクリと同時に反応して視線を向けてくる。
「あぁん? おいおい五月、てめえだって勘違いしまくりだったつーの。それによ、たかがAランクが偉そうに言ってくれんじゃねぇか?」
「あたしは三冠獲得してのSランク……ふっ」
「なっ!? SSうるさいですわねっ。そもそもSランクの選出規定がおかしいのですわ。警護任務の戦闘能力重視にも限度がありますでしょう。ま、さ、に、貴女方がそうですけれども、人格に問題ある方が多過ぎですわよっ」
五月が反論する理由。本来、Mapsは戦闘能力、知識、技術など全十種類の項目で能力評価される。
配属時のランクは養成学校卒業時の評価合計値が基準だ。以降は任務で優秀な実績を残せばランクが上がることもある。
唯一、Sランクのみ特殊な評価方法で付与される。評価合計値が一定以上あれば、五月の言うとおり戦闘能力が重視され教官推薦で選出される傾向にあり、また不思議と人物に難がある者が多いのも事実だ。
なんとかと天才は紙一重とはよく言ったものである。
「それに、総合評価は
「これは心外。
そう言ってふふん! と満足げに深夜子が胸をはっている。
「貴女はこれを日報と言い張るんですの?」
このアホリーダーは……五月は引きつる顔をなんとか笑顔に変え、深夜子の眼前に一枚の日報を突きつけてやる。
Mapsの日報は、日々の業務内容はもとより
ところが、五月が手にしている
その書き込まれている内容は『大乱戦クラッシュシスターズで朝日君の使用したキャラと各キャラごとの傾向――云々』……これはひどい。
「深夜子さん……バカにも限界値がありましてよ?」
笑顔も限界。呆れ半分、怒り半分のジトッとした視線を深夜子へと送る。あー頭が痛い。
「えー。でも、それ――」
「はい。どうぞご確認くださいませ」
「ん、何?」
「矢地課長からのご返信ですわ」
きっと聞く価値のないであろう深夜子の言い訳を、五月はタブレットを目の前に差し出して止める。
そこには『深夜子へ』の件名で矢地から発信されたメールが表示されており、文字フォントは限界まで拡大してあるので内容がデカデカと映し出されているのだ。
『お前の頭を握りつぶしてやろうか?』
「ふおおおおおっ、や、ややややっちー勘弁! それは勘弁!」
今夜はふるえて眠るがいい。
「それで、大和さん。貴女はいかがですの?」
五月がチラリと目線を移すとそこには梅の苦い顔がある。Mpas個人データ確認済なので知っているが、もちろん苦手分野だ。むしろ、深夜子よりも梅の方がさらにひどい。
「ちっ、へいへい。わかったよ、わかりましたよ! 頼りにしてんぜ。んで、そーいや
「その件ですが……我々の反省も踏まえて。たっぷりと予習していいだきますわ」
「ん。まずはこれ読む」
深夜子が朝日の分厚い資料を取り出して、梅へと手渡した。
「はぁ? なんだものものしい――って、んだこりゃ!? こんな男がいるのかよ……。はぁん……さてはお前ら、俺がケツ持ちだからって
「梅ちゃん。これガチだから」
「貴女も運が良かっ……コホン。いえ、矢地課長に感謝することですわね」
「おいおい、これマジなのかよ?」
そして、梅は二人から朝日についてアレコレと傾向と対策を聞かされる。
心配され、あーだ、こーだ、と言われている梅だが、実は言葉遣いから最初の印象が悪いだけで、竹を割ったような性格に面倒見のいい姉御肌をしている。
そんな
北海区での勤務も、
「ふ、ふん……はっ、確かにとんでもねえいい男だがよ。お前ら男に媚びばっか売りゃいいと思ってんじゃねえぜ! いいか、男ってのはよ。どんなことからでもキチッと護ってやんよっていう気合いでよ。
「かんっぺきにダメな反応ですわね」
「梅ちゃんナイスフラグ」
「なんだとてめぇら!?」
◇◆◇
さて、翌日。フラグがビンビンに立ちまくった梅と朝日の面会。
リビングに全員集合して顔合わせとなったのであるが……梅を見た朝日の反応は、深夜子たちのはるか想定外のものであった。
三姉弟の末っ子であった朝日は弟や妹を持つことにあこがれていた。
その為、梅の外見が思いっきり朝日のツボに入ってしまう。警護官、どころか女性でもなく。
これは色々いけない。
そしてそれはもう(梅にとって)過去これ以上ない特殊な積極さで、
慌てふためく深夜子と五月による必死のフォローもむなしく――。
大和梅。撃沈!
これにて男性保護特務警護官三名。神崎朝日の警護任務に無事着任完了である。
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