第8話 三人目は襲撃者?
五月着任の当日。夕方に到着予定だった警護チーム最後の一人は待てど暮らせど一向にやってこない。あっという間に日は落ちて、すでに真夜中となっていた。
現在、五月は自室で一人パソコンを操作中だ。もちろん、やっているのはその一人の所在確認である。事前に本部と連絡はとっていたが、着任初日だけあって他のことにも忙しく処理はほとんど進んでいない。
「はぁ、本当に参りましたわ」
無意識に愚痴が口から漏れでるのもしょうがない。五月個人の荷物搬入にその片付け、そして深夜子が放置していた仕事の数々。家のセキュリティ設定から本部へ提出する書類などなど、初日から見事に実務の山。嫌な予感がばっちり的中してしまう。
しかも、
甘やかさずにはいられない。魔性の警護対象に、戦慄を覚えながらもデレデレの五月だった。
――そんな回想をしながら、キーボードを叩き続けていた指を止めて時計を見る。ちょうど深夜一時を回ったところだ。ため息の一つも出る時間ではあるが、着任遅れになっている三人目を放置するわけにもいかない。
(え、と、着任Mapsデータは……これですわね。お名前は
気にはなるが全員合流が最優先。担当同士で使うMaps個人情報の相互通信用データを確認する。
モニターに映しだされた写真には『梅』、という古風で可愛らしげな名前からは想像もつかない巨体の女性が映っていた。
身長188センチ。筋肉質な体つきだが、胸も大きく腰もくびれてセクシーなスタイル。ワイルドな赤髪のショートヘアに猫科の猛獣を思わせる風貌、特徴的な八重歯はキバにも見える。それでいて容姿は整っており、美しく
「やはり本部にも遅延連絡はなし、お持ちのスマホは――不通ですわね。これはどうされ――っ!?」
突如、ブザーオフにしていた通用門の呼び鈴が点滅した。連動させている五月のスマホもバイブ音を鳴らす。
時間を確認すると深夜二時前、完璧に不審な訪問者である。機能させておいて良かったと安堵しながら、五月は防犯カメラの映像をパソコンのモニターへと映し出す。
そこには少女らしき姿が映っていた。身長150センチもない、成人女性として考えれば極端な低身長。身体つきも平坦で起伏が少なく、
赤色よりの茶髪がクルリとうねったクセ毛のショートカット。ぱっちりとして猫科の動物を思わせるつぶらな瞳に、牙のような八重歯が可愛らしい。例えるなら、元気いっぱいの猫娘と呼ぶべき顔立ちだ。
そんな少女がこんな時間に男性宅の呼び鈴を鳴らしてウロウロしている。――だけでなく、家の周りもゴソゴソと調べまわっているようだ。
(空き巣狙い? ……いえ、ここは男性特区のゲーテッドタウン。空き巣程度が侵入できるはずがありませんわ。それにこの見た目、に惑わされてはいけませんわね。行動に対して明らかな違和感、これは怪し――――っ!?)
怪しいどころではない。五月が思案していると部屋に警告音が響く!
なんと少女は堂々と通用門横の壁を越え、敷地内へと入って来るではないか!?
不審者どころか不法侵入の犯罪者確定――それと同時に五月の頭に愛らしい朝日の笑顔がよぎった。もしや、男性目当ての侵入……強漢? いや、拉致目的の可能性もありえる。
とにかく迎撃をせねば。自分を美しいと褒めてくれた心優しい美少年を、朝日を護るのだ。
その想いに焦り五月は冷静さを失っていた。
それも致し方ない。何故なら、この世界の女性にとって自分の側にいるべき男性が奪われるなど、決して許されざることである。男性は命より重い……! 深夜子のスマホに通知を入れ、急ぎ装備を整えて五月は部屋から駆けだした。
◇◆◇
「――そこまでですわっ!」
庭のライトを
しかし、突然ライトに照らし出されたにも関わらず少女は一切動揺を見せない。どころか、自分の姿を確認すると無防備に近づいてきた。
「んだよ。いるならいるで出てくれっつーの。こちとら色々大変でよ。途中で財布なくすわ、スマホは引越しの運送便に――――って、うおあああっ!?」
問答無用! 五月は先制攻撃を仕掛ける。
特殊警棒で胴体を狙って突きを繰り出す。その不意打ちに少女は驚きながらも即座に反応、素早く横飛びで左側へかわした。これは!? 明らかに素人ではない動きに五月の警戒レベルはさらに上がる。
「しっ!」
ならばと踏み込んだ右足を軸にして、五月は追撃の左回し蹴りを放つ。
突きをかわして油断している相手に見舞う得意のコンビネーション攻撃だ。
「うおっと」
ところが、少女のか細い左腕にそれはあっさりと阻まれる。
「なっ!?」
五月は驚愕する。ガードされた事実よりも驚くべきは
「おい、てめえっ! いきなりなんてことして来やがんだよっ!?」
一方の少女は先制攻撃に対して、ぷんすかと文句をよこす程度の余裕な反応。
何がなんだかわからない。五月は格闘術も優秀な成績を収めており、それなりに自信を持っている。そんな自分の攻撃に対して、この反応……いったい何者――まさかっ!? 五月の脳裏に最悪の想像がよぎった。
(何かしらの手段で移動中の大和梅さんを襲撃、持ち物を強奪して入れ替わる。つまり、SランクMapsが捕らえれるレベルの犯罪組織の一員。さらに、それが男性を狙うとなれば……海外の特殊工作員による男性拉致!?)
「ですわね? 貴女――」
「妄想にも限度があんぞこらああああっ!? 俺だっ、
「「…………………」」
「――替え玉の工作員はだいたいそう言いますわ」
「聞く耳なしかよっ!」
よほど悔しいのか地団駄を踏む少女。よし、ここで一気に白状させてくれよう。五月はビシリと特殊警棒をつきつける。
「そもそも、もう少しマシな人員は用意できなかったんですの? 貴女のようなちんちくりんで替え玉とは片腹痛いですわ。す、で、に
「ちっ、ちんちくりんだあ? し、失礼かっ! それは、あ、あれだ。ちょ、ちょーっとばかし
バツが悪そうに、口を尖らせて少女が反論する。まるで拗ねている子供である。
その言葉に、五月は記憶している写真の姿と目の前にいる本人を脳内で比較する。……ビキッっと額に血管が走った。
「しっ、心霊写真の方がまだ可愛げがありますわああああっ!」
思わず怒りの雄たけびと共に、特殊警棒の乱れ突きを繰り出してしまった。
「のわあああああっ!? て、てめえっ、いい加減にしねえと身体でわからせてやんぞコラあっ」
「ふっ、ついに本性を現しましたわね! 覚悟なさいませ。今から貴女を拘束して、たっぷりと事情聴取して差しあげますわ。
「ひっでえ言い草だなこんちくしょう!」
愛する朝日の為に、その思いに自然と鼻息はあらくなる。五月は全力で特殊警棒による突き、払い、
さらには――。
「おらっ、取ったぞ! 警棒ばっかぶん回しやがって」
なんと少女は特殊警棒を素手で受け止め、その先を握り締めた。
何より恐るべきはその腕力。五月が押せども引けどもビクともしない。……だが!
「ふっ、甘いですわね」
五月はほくそ笑み、カチリ、と特殊警棒の持ち手にあるスイッチを押す。
「なに――ふぎゃああああああっ!?」
放電による音と光が、少女の握り締めていた特殊警棒の先から放たれた。
五月の警棒はMapsの標準配布品と違い、特別仕様のスタンガン警棒だ。その威力も対暴女性基準、か弱い男性たちなら即死レベルの威力である。
ほんの十秒ほど感電させれば充分。まともに動けなくなるどころか気絶してもおかしくない。五月は勝利を確信して満足の笑みを浮かべる。ああ、これで自分の
「ちっ! 痛ってえな、おい?」
不意の一言。さらに、とんでもない力で持っている警棒ごと間合いに引きずり込まれた。ありえない、あれを受けて平然としている!? 化物の二文字が五月の頭をよぎる。
まずい、これはもう次の攻撃を貰わざるを得ない。すばやく警棒を手放し、五月はとっさに急所のカバーを試みた。
「おっ、ボディに一発はオッケーってか? いい判断だぜ。ま、
五月の目に映るのは、そう言って何気なく振られた少女の拳。だのに恐ろしいまでの威圧感と寒気が全身を襲った。
あれ……これはもしかして食らってはいけない奴なのでは? しかし、もう遅い。耐えるしかない。覚悟を決めて、五月が歯を食いしばったその時――。
「ほわっちゃあ」
ジャージ姿ですっ飛んできた深夜子の空中回し蹴りが少女の側頭部にヒットする!
「ぎゃふうっ!?」
少女はうめき声とともに五月の眼前から数メートル先へとふっ飛んでいった。
そのまま自分の身体と同じ大きさくらいはあろう庭石へ激突し、石は粉々に爆散。これはタダではすまない……いや、死んだのでは? 深夜子の蹴りのとんでもない威力に驚愕して、五月は目を見開く。
――しかし。
ライトに照らされる
「はっ! おい、おい、おいおい、やってくれんじゃねえか。こんな気持ちのいい蹴り喰らったのは久しぶりだぜ! ちょっとご機嫌になっちまったぞ、てめえ」
頭からだらだらと出血しているのだが、五月にはまったく理解できないのだが、ダメージを受けているように見えない。
「おおっ、あたしの不審者死ね死ねキックを受けて平気とは!? これはちょっと本き――あれ?」
「へっ、さっきのはてめえか? なかなかやんじゃねえか、ちょっと俺と遊んで――あれ?」
「「……あれ?」」
「あっ、梅ちゃん!? 梅ちゃんだ。おっひさ」
「げえっ、深夜子!? なっ、ななな、なんでてめえがここにいやがるんだよ」
「は、へ、な……んですの? ふえええええええっ!?」
少女こそ『
こんな
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