第59話 梅と朝日

「まったく、この三馬鹿どもが……」


 矢地はため息まじりに、正座中の三条さんじょう門馬もんま鹿松しかまつを見下ろす。

 すでに時間が無いこともあって、渋々ながら手伝いを承認。朝日の訓練に補助として参加をさせることにした。


「なんだよ三条。お前らいっつも本部にいんだな」

「うっさい大和。余計なお世話っしょ」

「えーと、梅ちゃん。この人たちは?」

「ああ、こいつらBランクのくせに待機率が高くてよ。三馬鹿B組って呼ばれて――」

「だから変な情報を追加すんじゃないっしょーーっ!」


 やたらと騒がしい三条たち三人だったが、いざ朝日に面と向かってしまえば、気の毒なほどのメロメロ具合。

 話を聞けと、梅に蹴飛ばされたりしながら、練習内容のレクチャーを受ける。

 暴女役という穏やかではない重大任務に反応はそれぞれ。

 それでも、朝日へのアピールチャンスに対する意気込みだけは三人共通だ。

 矢地が厳しい目で見守る中、順番に暴女役を試してみることになったのだが……。


 ――鹿松の場合。

「か、神崎さん。ご、ごめんなさい。ごめんなさい。仕事なんです。し、仕事なんですぅうううう……」

「泣いて謝るくらいならやらんでいい!!」

 ――門馬の場合。

「よろしくお願いただきます! うへっ、えへへへ、でへへへへへへ」

「よだれを垂らすな! 手つきがすでに気持ち悪い! 欲望がだだ漏れならやらんでいい!!」


 早くも二人が使い物にならないことが判明。

 そんな中、一人自信満々の様子で三条が白い手袋をはめながら、ゆっくりと歩を進める。


「やれやれ……どいつもこいつも。矢地課長! あたしが手本を見せるっしょ」

「ほう……三条。大した自信だな」

 うっすらと笑みをうかべ、三条は余裕すら感じられる態度をみせる。

「それでは神崎さん、よろしくお願いします。この三条さんじょう久留美くるみにおまかせっしょ!」

「はい。よろしくお願いしますね」

 とりあえず三条を練習相手として訓練開始となった。


 三条は朝日の後方、少し離れた場所に待機。

 少し目を閉じて集中する……いざ、目を見開いた瞬間!

「――っ!?」

 音もなく、約2メートルあった朝日との距離を一瞬で詰めた。

 あまりにも素早い接近に、驚いてしまう朝日。

 だが、声を出す間もなく右手で口をふさがれ、流れるように左腕で両腕ごと身体を締め付けられる。

 さらに、耳元で三条が冷たくささやく。


「おっと! 声は出さないで……死にたくはないっしょ」

「むっ、むぐっ!?」

 恐ろしいまでの手際の良さと迫真のセリフ。

 朝日の背筋が凍りつく。口から悲鳴が――漏れることも手で塞がれ許されない!

「そう、いい子ね。おとなしくして……ふふ、大丈夫。そのままじっとしていれば、何も痛いことはしないっしょ。すぐに気持ちよくして――」

「貴様は前科者か何かかああああーーっ!?」

「くぉらああああっ三条! 朝日が涙ぐんでんじゃねえか!? ぶっ殺すぞ、てめえ!!」

「犯罪者、犯罪者がここにいるっス!」

「ちょっ? いやいや、今の完璧だったっしょ? ……って――はぎゃあああああ!!」


 矢地と梅の拳がうなる。 

 結局、三馬鹿の乱入によって、朝日の護身術訓練は、残念ながらグダグダのままで時間切れを迎えた。


◇◆◇


 夕食を終えて、本日は移動日だったこともあり、早めに宿泊用のフロアへ移動となった。

 朝日の宿泊場所は、保護された当時にも使われた保護男性専用部屋だ。

 このフロアの一区画が男性専用エリアとなっており、同様の部屋が十室ある。

 部屋の内装、設備は高級ホテルには敵わないが、そこいらのビジネスホテルとは比べ物にならない充実ぶりだ。


 必然、強力なセキュリティも完備。

 このエリアの出入口は、特別なパスロックが掛かっている。

 朝日の滞在中は、本人以外では矢地と担当である梅にしかキーが渡されていない徹底ぶりだ。


 現在時間は午後九時八分。

 こちらはMaps宿直用の個室。

 梅はすでにベッドに転がって、ビール片手にテレビを見てくつろいでいるまっ最中。

「あー、しまったな。つまみも買ってくりゃよか――――あん?」

 すると、枕元に置いてあるスマホから呼び出し音が響く。発信元は朝日であった。


「はいよ、どうした朝日。ん……何かあったのか?」

『ううん。そうじゃないんだけれど……あの……梅ちゃんさ、僕の部屋……来れるかな?』


 お部屋へのお誘いでした。


「うおおおおおいっ! 今度はなんの冗談だっての? いくら俺でも男性保護省内ここでそりゃやべえ――――って!?」

『うん……ごめんね、ごめんね……僕……その……』


 最初はからかいの電話か? と思った梅だったが、スマホ越しに耳へと届く朝日の声が震えていることに気づく。

 日頃は鈍感女王の梅なのだが……。


「わかった。すぐ行くから切るぞ」


『マジに男が困ってる時にすぐ気づけるのが、本当の女ってもんなんだよ』

 ――とは、本日梅が餡子に教えたありがたーい格言の一つである。


 すぐさま朝日の部屋へと向かう梅。

 余談だが、本日のパジャマはブルーのネコさんぬいぐるみ風ふわふわパジャマ(猫耳フード、しっぽつき)となっている。

 さすが本当の女!


「入るぜ朝日。どうしたよ? 体調でもわりいのか?」

「ううん……ごめんね梅ちゃん」

 朝日の部屋に入ってから、ベッドに隣り合わせて座る形で話を聞く。

 少し泣いていたのか、朝日の目元は赤くなっていた。

「その、ちょっと……色々考えてたら……心細くなって」

「うん? いまいちピンとこねーな……どういうこった?」

「あの……それは……」


 梅の質問に、朝日がポツポツと説明をはじめた。

 この広い男性専用エリアには、本日朝日一人きり、他は誰も使っていない部屋があるだけの隔絶された空間。

 そしてここ・・は、この世界へ迷いこんだ当初に寝泊まりした場所でもある。

 今日は重隅おもすみの聞き取り調査もあって、色々と思い出した。

 つまり、そう、朝日は軽いホームシックになっていたのであった。


「なるほどねぇ……そりゃあ思い出しちまったら辛いよな。でもよ……ここは矢地と企画課に行って、先に使うって聞いてたよな? なんで場所変えろって言わなかったんだよ?」

「え? その、だって……ここが安全な場所だって言われたし……。それに、別のところがいいって言うのはわがままかなって。男性専用の場所って、簡単にある訳じゃないでしょ?」

「はああ…………お前も変なところで気い使いだよな。ま、そこが良いところっていやあそうなんだけどよ。ん、今……十時前か。あんま遅くまでいると色々まずいけど……仕方ねえ。もうちっとだけいっしょにいて――」


 いっしょにいてやるよ。――そう言い終わる前に、梅の身体は朝日に引き寄せられる。

 そのまま朝日の胸に顔が当たる高さで、きゅっと抱きしめられた。


「ぬおわああああっ!? ちょっ、おいっ、朝日!? だから、いきなり抱きしめるのはやめろって、こら――――ん? お前……泣いてんのか?」

「ごめん。ごめんね梅ちゃん……わがまま、ばっか……ひぐ……どうしても、ひとり……辛くて……うっ……ごめ……」

「そっか……ああ……そうだよな」


 軽くため息をついて梅は微笑み、朝日をやさしく抱きしめ返す。

 左手を頑張って回して背中をさすり、右手をギリギリまでのばして朝日の頭も撫でる。

 164センチの朝日に149センチの梅。身長差が逆であればとても心暖まる光景であったと思われる。


「朝日。俺は馬鹿だかんよ……お前の資料を見ただけじゃ、あんまわかってなかったんだよな……。なあ、色々教えてくれよ。そんで、思い出して……いっぱい泣けよ。俺が全部受け止めてやるし、慰めてやるし、絶対にお前を守ってやる。それとよ、人間泣きたい時にゃしっかり泣いた方がいいんだ。今、お前は一人じゃない。そばに……俺がいんだからよ!」

「梅ちゃん……」

「な、朝日」

「うん……ありがと……じゃあ、聞いて……くれる」

「ああ、もちろんだぜ!」


 日本での生活――。 

 大切な家族のこと――。

 この世界へ迷いこんだ時――。

 深夜子、五月、梅との出会い――。

 それから、今日までの約半年間――。


 朝日は、自分の気持ちを整理するかのように話をする。

 きっともう帰ることはできないであろう。これからこの世界で生きていくしかない自分。

 ゆっくりと、噛み締めるように……途中、涙で声が詰まることもあった。

 それでもすべてを、振り絞るように、朝日は話を続ける。

 そして――。


「あ、ああ……ひぐっ……ううっ……うわぁぁぁぁん」


 ついに感極まったのであろうか、部屋に号泣が響く。



「ちょ、ちょっと梅ちゃん? そんなに泣かないで、ね? 大丈夫だから、僕ほんと大丈夫だから」

「だっ……だってよぉ……ぇぐっ……俺、妹が三人いんだけどよ……ひっく……。末っ子が、……もし、もしお前と同じ……こと……に……なったら…………う、うえぇ……うぇええええええん!」


 梅、大号泣。

 話の途中からいつの間にか立場が逆転し、朝日に慰められるのであった。

 それから十分ほど冷却時間インターバルタイムが経過する。


「す、すまねえ……俺、あの手の話にゃよええんだよ。そ、その、深夜子たちには――」

「あはは。うん内緒だね! それに僕も結構泣いちゃったし、お互いスッキリだね。本当にありがと梅ちゃん」

「まあいいってことよ。おっと……もう十一時回ってんのか。朝日、そろそろ寝れるか? 大丈夫か?」

「あ……ごめん梅ちゃん。最後にもう一つだけ……僕が寝るまで、いっしょにいてくれる? やっぱ一人で寝るの……今日はちょっと……」

「へへへ。やれやれ、朝日はしょうがねえなあ」


 そうは言いながらも、デレデレな梅。ご機嫌で部屋にあるソファーを担いでベッドの横へと移動させる。

 そのソファーに寝転がると……。


「ほらよ……いい子にしてな、朝日。寝付くまで俺が見ててやっからよ……」

「うん。ありがと、梅ちゃん……おやすみ」

「おう。おやすみ」


 ――十分後。


「んがあああーーっ」


 ソファーの上で、梅が豪快にイビキをかいていた。


「あはは。梅ちゃんが先に寝ちゃってどうするの? ほんと面白いなあ……でも」


 朝日は予備の毛布を取り出して、梅にそっとかけてやる。

 寝ている姿の梅を見るのは初めてだが、本当に年上とは思えない童顔だ。



【ちゅ】



 むにゃむにゃと気持ち良さそうに寝ている梅の唇に、軽く朝日の唇が重なった。


「ま、この位、いいよね……いっぱいありがと梅ちゃん。さ、僕も寝よっと」



 こうして、保護男性の部屋でお泊まりという男性保護省始まって以来の偉業を達成した梅であった。



 ――翌朝。

 目覚めた梅が、すぐ横に見える朝日の寝顔に大パニックを起こしたのは言うまでもない。

 もちろん。こっそり脱出を図ったところで、矢地と鉢合わせをしたのも言うまでもない!

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