第49話 揉め事と籠の鳥
朝日一行は、二階から順に施設を回ることにした。
行動を共にするのは、梅と黒服四人。エスカレーターを降りて二階フロアへ、そこにあったのは……。
「うわー、梅ちゃん。ここスロットとか、ルーレットに……あっちだとトランプ? あっ、奥のテーブルでブラックジャックもしてる。なんか映画で見たカジノみたいだね」
「みたいじゃねーよ! 完璧裏カジノだろコレ? つか、アウトじゃねーか」
さっそくツッコミを入れる梅に、黒服の一人が耳打ちをする。
「大和さん。大丈夫です」
「あん、何がだよ?」
「ここは
「全然大丈夫じゃねえっつーの! もっと健全なもんはねーのかよ?」
「三階は色々なタイプのバーに、温泉とマッサージサロンですね」
「うおおいっ、そりゃ完璧におばはん向けの施設じゃねーか!? それから、朝日に酒とか絶対ダメに決まってんだろ!」
実に記憶に新しい。
「四階は特設イベント会場なので人気がありますよ。今日は賭けプロレスが行われる予定です」
「おう。五月の母ちゃんが言ってたヤツだな……いやいや、今は関係ねーだろ」
「五階は飲食店関係で、六階にはボーリングやビリヤードにカラオケ、ゲームセンターなど遊興施設が揃ってますね」
「それを早く言えっての! よし、六階に行くぞ。おい、朝――」
梅が振り向いたと同時に、ファンファーレの音が鳴り響いた。
「やったー! 梅ちゃん、これ! ほら”7”が全部揃ったよ」
「何しれっと遊んでんだああああっ!?」
――ここは地図に乗ってない場所。非合法でもおとがめ無しなのでご心配なく。
結局、少しの間スロットで遊んだ朝日。本日の所持金が、十万円から百五十万円にアップである。
それから二階をあとにした朝日たち、次は健全な楽しみを求めて六階へとやってきた。
現在、午前十一時四十八分。
ちょうど昼食時に近いため、様々な飲食店がある五階から料理の良い匂いが漂ってくる。
「あっ、そうだ。梅ちゃん、少し早いけどお昼にする?」
「ん? そうだな。朝日がいいんならそれで構わねえぜ」
「うん。じゃあ、お昼にしよっか。下の階に色んなお店があるみたいだね……何にしようかな?」
朝日は五階に続く階段の踊場で、フロア案内図をながめる。
多数ある飲食店は、日本的に言えば和洋中すべての高級料理店が揃っていた。
その中から――。
「あっ、ここ! ビュッフェ形式だって。梅ちゃんここがいいんじゃないかな」
――ある店舗を見つけて、梅に声をかける。
「おう、そりゃいいな! 食い放題ならまかせとけ!」
食い放題のキーワードに反応して、腕まくりして見せる梅。
そこに申し訳なさそうな口調で、黒服のリーダーが口を挟んできた。
「あの、坊ちゃん。その……大変申し上げにくいんですが……」
「えっ?」
「実は、その店はなんと言いますか……ウチらのような御付きの連中が食事休憩に使う場所でして……。さすがに坊ちゃんを連れて入るには……ちょっと……」
「そうなんですか? ……でも、まだ十二時前だし人が少ないかも知れないじゃないですか。ちょっとお店を見るだけは見てみません?」
梅のために選んだビュッフェ形式の店舗なので、朝日もあきらめ切れない。
それに各階を見てまわった感じ、会合関係者、その家族や護衛たちの人数はさほどでもなかった。
建物の広さを考えれば、混雑するほど人がいると思えない。
「いや、でも坊ちゃん。あんまりよろしくない連中もうろう――」
「ねっ、行くだけ行きましょう!」
反論に流されないように、朝日はさっと黒服の腕に絡みつく。
「ふぁあああああ!? いっ、逝きまひゅううううーーーっ!?」
当然、朝日耐性ゼロの黒服は瞬殺である。
(ファッ!? うらやま怖ええええ!)
(ねえ、あたしらって、男性警護免許も持ってたはずだよね……ね?)
(……五月お嬢様がうちらの手に余るって言ってた意味が理解できたわ)
鼻血にまみれ、うへへ逝きましょう! さあ逝きましょう! と錯乱中の
そんなこんなで、
通路の逆側から、黒服たちの同業者数人がむかってくるのが視界に入った。
それを見るなり黒服の一人が舌打ちをする。
(大和さん、気をつけてください。向かいから来てる連中……この会合でも一番行儀の悪い面子です)
別の黒服が梅に耳打ちをした。
(
(ゼネコン大手の
(おいおい、俺の職業なんだと思ってんだ? そんなこと日常茶飯事のMapsだぜ。別にちょっとやそっとじゃ気にもならねえよ)
(すんません。助かります)
「おい、お前ら坊ちゃんをしっかりガードしときな」
立ち直った黒服リーダーが指示を飛ばす。
「「「「へいっ」」」」
その組員警護官たちは全部で六人。
黒服の言った通り、すれ違う手前でリーダー格と思われる女性が声をかけてきた。
身長170センチ程で、スーツの上からでも体格の良さがわかる。
頬にはキズがあり、まっ金に染めた短髪に薄い眉、実に
「おっ、なんだ。ゴマスリ情報屋の護衛部隊さんじゃねえの? てか、その人数でメシか? お仕事はどうしたんだよ?」
「こりゃお疲れさんです。いや、今日はウチら大人数で入ってますんで……」
明らかに故意であろう嫌みな言葉使いに、黒服は律儀に返答を返す。慣れたものと言った態度だ。
「へっ、相変わらず辛気臭い連中だな……ん?」
ここで、そのリーダー格の金髪が目ざとく梅の存在に気づく。
にたりと嫌らしい笑みを浮かべると、梅へにじりよってきた。
「おいおい、このオチビちゃん見かけねぇツラだけどよ。お前んトコの新入りかぁ? こんなチンチクリン採用って、情報屋さんはどれだけ人材不足なんだよ」
「「「「ぎゃははははっ!!」」」」
これみよがしに他の組員たちが笑い声をあげる。
しかし、梅は涼しげな顔で相手にしていない。
これがプライベートなら血祭り確定なのだが、今は朝日の護衛中。言葉通りしっかりとスルーしている。
黒服も梅の様子を見て胸をなでおろす。いつもならこの程度でお互いすれ違って無事終了。
幸いにも、朝日の存在に気づかれていない。
だが、運の悪い日とは往々にして存在する。
それが果たして
「ちょっと、悪口を言うのは止めてください!」
「ああん!?」
そのセリフに黒服たちが凍りつき、金髪を含めた組員たちも目を丸くした。
「おいおい、なんだってぇ?」
金髪が楽しそうに声の発生源へと目を向ける。
なんせ正面切って自分たちに喧嘩を買って出る相手など、ずいぶんと記憶にない。
その中でも、この五月雨の護衛部隊はむかつく程度にはお行儀が良い。
他にヤンチャな新人でも雇ったのか……ん?
「え? ……ちょっと!? お……おと……こ?」
黒服たちの間から現れたのは、見たこともない、いや想像したことすらない美少年であった。
「バッ!? おい、朝日!!」
梅が止めようとするもおかまいなし、朝日はつかつかと金髪の前に出てしまった。
「「「「「!?」」」」」
時が止まったかのように場が静まる。
組員たちは朝日の美貌に釘付けとなって微動だにできない。
一方で予想外の朝日の行動に固まる黒服たち、梅はやっちまったと額を押さえている。
そして、静寂を破ったのは朝日であった。
「どうして梅ちゃんたちにそんな酷いことを言う――むがっ?」
「ストップだ朝日」
梅が朝日の口をふさいで連れ戻す。
「大丈夫だぜ、朝日。俺は別になんとも思っちゃいねえよ。それに他の連中だってな。仕事だ、仕事!」
「ふがっ……でも、梅ちゃ――むぐっ」
相当頭にきているのか、梅につかまれても興奮気味に朝日がジタバタとする。
そのやり取りの間で、金髪を筆頭に組員たちも調子を取り戻す。
若干の動揺は残しつつも、金髪が再び口を開いた。
「ど、どうしちゃったんだよ、五月雨の? こんな可愛いコの警護とか羨ましい仕事しちゃってよ……。あっ、もしかして、お前らのボスの
そう、その日は実に! 実に
絶世の美少年を見た興奮からか、はたまた腕に覚えがあり荒事に対しての自信からか……。
リーダー格である金髪の組員は、深く考えずにいつもと同じ調子で軽口を叩いてしまったのだ。
「んだよー。キミさぁ、あんなババアにのっかられてヨガっちゃってんでしょお? それならさぁ、うちらの相手してくれないかなぁ。だろぉ、お前ら?」
「そりゃそうっすね!」
「「ひゃはははははは!」」
「え…………?」
金髪たちの反応に驚いて、最初は意味もわからずポケッとしていた朝日。
その内容を理解した瞬間。
「あっ、……な? そんな、僕は……」
恥ずかしさと悔しさから、顔を赤くして下唇を噛む。
すぐに反論も思いつかず、服の裾を右手でぎゅっと握りしめた。
――朝日のその姿を梅の目が捉えた刹那!
梅の右手は
「おいコラ、このクソ女……」
「え? あ? ……うぎゃああああっ!?」
悲鳴と同時に、腕の肉ごと骨が砕け潰される音が響く。
「今、朝日になんて言いやがった!?」
サングラスを投げ捨て、梅はこめかみと目じりにビキビキと血管を浮き上がらせる。
牙を剥いた猛獣のごとき表情で、ひきつった笑いを浮かべると……。
「死んだゾてめえっ!!」
「はひぃ? ――――ぎゃぶっ!?」
その場から金髪の姿はかき消え、激突音が響く。
全員の視線が追いついた時には、通路の壁に上半身が突き刺さっている後であった。
「くそっ、こっ、このチビ!」
近くにいた組員の一人が怒声をあげて、梅に飛びかかろうとする。
「ぐぶうっ!?」
――が、すでにそのわき腹には梅の右拳が突き刺さっていた。
「はっ、
そのまま拳が振りぬかれると、まるで弾丸のような速度で壁に激突!
哀れ蜘蛛の巣模様つきの壁画と化す。
さらに、獰猛な笑みをたたえた梅の眼光が獲物を射ぬく。
「おい、そこの朝日を
「「いやあああああっ!?」」
「うっ、梅ちゃんストーーップ!!」
「「「「まずいですよ。大和さーーーん!!」」」」
その日。
実に
朝日らによる必死の引き止めもむなしく。重傷者四名、軽傷者二名の大惨事となった。
◇◆◇
一方、こちらは約二時間前の五月雨家。
敷地内を猛スピードで黒塗りの高級車が走り抜けて行く。
運転席には蘭子、後部座席に五月と深夜子が乗っている。
「蘭子さん! 急いでくださいませっ。くうぅ、一時間以上も無駄にしてしまいましたわ……。深夜子さん! お母様からパスを貰ってるなら貰ってると――」
いかに五月雨家の長女である五月と言えど、会場に入る為には相当の手続きが必要となる。
なので、深夜子のも含めて手配をしていたところ……『あ、忘れてました』とばかりに、見送り時に新月から渡されたパスをしれっと出して来た深夜子であった。
「むう。あたしに変態さんをけしかけた
「あらっ? つれないな深夜子さん……ふふっ」
「ファッ!? 深夜子って呼ぶなっ、ふしゃあああっ!!」
蘭子からの悲しい一方通行のラブコール。
「それはそうと……到着は午後になってしまいますわね。はぁ、朝日様の身に何もなければ良いのですが」
ため息まじりの五月の一言。それを聞いた深夜子が珍しく真面目な表情を見せる。
「んー、ねえ
「……籠の鳥」
「あたしも梅ちゃんも少しわかる。朝日君とあたしたちの常識って違いすぎる。だからその……えと……んと」
「ええ、言いたいことはわかりますわ。そう……ですの……お母様がそんなことを」
「あっ、そだ! それと
「ええっ!?
不意討ちの新情報に五月は困惑する。自分と深夜子の親が知り合い――!?
「
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