第46話 頑張れ!五月さん
「んもー、五月ちゃんてばー、せっかくー久しぶりにあったのにー。これはーママの最近お気に入りの服なんですー。それにー今日は愛しの朝日ちゃ――」
「よ、け、い、にアウトですわーーっ! ……ハッ、あ、朝日様? 違っ、これは何かの間違いですわ!」
「えーと、
「金持ちってヤツはよくわかんねぇな。つか、なんで家の中で日傘をさしてんだ?」
「いやあああああああ!」
梅と深夜子の口からは、ストレートな感想が漏れている。
混乱気味の五月は、新月の姿をかばうように隠しつつ、必死に言い訳をする。
その賑やかさに、朝日が一歩退いて様子をうかがっていると、新月と目があった。
ニッコリと笑顔をつくった新月が、五月の側をするりと抜けてくる。
「んまー、まーまーまー。朝日ちゃーん! 会いたかったわー。ふわあー、写真よりもーすっごい、すっごーい可愛いのねー! ワタシびっくりしちゃったわー」
新月が手を取って、ぎゅっと握しめてくる。
さらに握った手をぐいっと引いて、やたら距離を詰めてきた。
自分の母親とそんなに歳は変わらないはずだが、その若々しさと、五月そっくりの美しさに朝日は少し照れてしまう。
「あっ、はい。あの……は、初めまして、神崎朝日……です」
ちょっとギクシャクした挨拶になってしまった。
「あらあらー、緊張しなくても大丈夫ですよー。うふふー」
とても嬉しそうな新月に頭を撫でられる。
肉食系女子ばかりのこの世界ではレアな対応。朝日は母のことを思い出し、照れくさくも少し嬉しい気持ちになった。
「ちょっ、ちょっとお母様っ、いきなり朝日様に何をされてますのっ!?」
ここで五月が新月を制止にかかる。
しかし、その瞬間。さらりと朝日から離れて五月をかわし、イタズラっぽい笑顔を向けてきた。
そして――。
「うふ! 知ってるわよー。朝日ちゃんてばー、すっごい
「えっ!?」
「おっ、お母様、何をっ」
深夜子と梅もピクリと反応する。『遠い国』『迷子』のキーワード。
どうやら新月は、朝日についての情報を全て入手しているようだ。
五月は冷静さを取り戻す。
そもそも情報収集において、世界のトップに君臨する母である。
よからぬことを企んでいなければ……。
「でも、五月さんのお母さんって、すっごく若々しいですよね。とっても綺麗だし。僕、最初は五月さんのお姉さんかと思っちゃいました」
おっと、ここで朝日のターン。五月の警戒もよそに、天然女殺しの面目躍如だ。
自ら新月の手を取り直して、今回のお礼が遅れたことを謝りはじめた。
これにはさすがの新月も面を食らい、年甲斐もなく顔を真っ赤にしてあたふたしている。
さすがは
こちらのペースに引きずり込める、と五月はほくそ笑む。
「ふっ、ふっ、ふえーーーっ!? あっ、あの、朝日ちゃん? そっ、そんなー、ちょっとーそんなこと言われちゃうとーワタシ困っちゃうわー。もー、こっ、これー
「お母様ああああああああっ!?」
が、油断も隙もない。さすがの
◇◆◇
夕方出発だったこともあり、時間はすでに午後六時を回っている。
本日はすぐにディナーとなった。
もはや語る必要もないゴージャスなダイニングルームにて、新月と食事をともにする。
終始なごやかな雰囲気で時間は進み。朝日たちは食後のデザート、新月と五月は軽く酒を嗜み談笑する。
と、そこで――。
「あっ、そうそうー朝日ちゃん。うちの五月ちゃんのー、お婿さんにはーいつなってくれるのかなー?」
「おっ、お婿さん!?」
「ぶばっはあああああっ! おかっ、お母様っ!? んなななな何を突然!?」
「おいおい、いきなりとんでもねえこと口走ってんじゃないぜ?」
「そう、朝日君は特殊保護男性。そんなのまだ早い」
突発的にぶちこまれた新月の爆弾発言。
無論、五月を筆頭にMaps三人は食ってかかる。
通常の男性であれば禁句に近いテーマだ。
それこそ精神的苦痛を受けたと、五月が訴えられてもおかしくない話題。
「あらあらー、もーみんなお子ちゃまねー。うふふ、それにー朝日ちゃんだってー。そろそろ、
しかし、そこは新月。うまく自分のペースに巻き込んで行く。
五月たちを手玉に取りつつ、朝日に対しても揺さぶりをかける。
「え? あっ……僕は……その……」
「朝日様、お気になさらないでくださいませ。ごめんなさい……お母様ったら、少し空気が読めないもので……」
「そうかしらー。でも、ごめんなさいねー。ワタシったらー、ついつい余計なお世話さんをーしちゃいましたー。さ、ともかくーみんなでくつろいでー、ゆっーくり休んでねー」
そこから話題は変わり、五月雨家の話などでしばしの歓談。
食事が終わり、全員が風呂を済ませたころ、時間は午後十時を過ぎ、寝室に案内する流れとなった。
新月が五月に、部屋の鍵を渡しながら声をかける。
「あらー、五月ちゃん。今日はお疲れなのねー」
「だいたいお母様のせいですわっ!」
「あららー。でもー、ママは五月ちゃんのこと
「はぁ……お願いですから、もう大人しくしてくださいませ……」
かなりお疲れの五月。とは言え実家で弱音を吐くわけにもいかない。
気を取り直して、朝日たちを寝室へと案内する。
「お客様向けの寝室は三階から五階ですわ。ええと、
「ホテルかよっ!?」
「いえ、大和さん。もちろん春日湊の最高級ホテル以上ですわ!」
「へいへい……なんかすげえわ、お前ん
梅ががっくりとうなだれつつ、キーを受け取る。
「あっ、そだ朝日君。今日はクリーチャーハンターする?」
こちらはマイペースな深夜子。どこに来てもやることは変わらないらしい。
「うん……あっ、まだ装備作ってないや。んー、できたら下の広間に行くね」
「らじゃ」
「お二人とも、あまりゲームで夜更かしはお控えくださいませ」
「「はーい」」
階段の踊り場でキーを渡して説明を終え、一旦それぞれの寝室へ荷物を置きに別れることにする。
五月は朝日といっしょに三階へ。
「あっ、僕と五月さんの寝室、隣同士なんだね」
二人の寝室は一番奥にある
(ふう……そうきましたか。まあ……お母様の考えそうなことですわ……殿方と寝室を隣にするとか……。しかし、朝日様との生活に慣れている私にとっては――ふふ、甘いですわね、お母様)
そう、朝日との甘い生活は、一般の男性警護とは比べ物にならない誘惑の数々である。
それに慣れている五月にとっては些事でしかない。
さして気にも止めず、朝日と挨拶をかわしてドアにキーをかざす。
「ええ、そのようですわね。それでは朝日様、後ほど」
「うん、五月さん。また後で」
五月は部屋に入って電気をつける。
(んっ!?)
瞬間、何か違和感を感じた。――そう、部屋が広く感じるのだ。
五月にとって入って右側は、朝日の部屋があるから壁のはず。
これは? 空間。人の気配?
おかしい。五月が違和感を感じる壁があるべき方向を見ると……。
「あれ!? 五月……さん?」
「あ、朝日様ッ! ……はいいっ!?」
そこには別れたばかりの朝日の姿。
そう! 入り口は違うが、
「ちょっと、これは……ハッ、まさかっ!?」
嫌な予感が五月の頭をよぎった。
「――――っ!!」
そのまさか、二人の後ろで静かにドアが閉じ、同時にカチャリと音がする。
まずい!!
五月が急ぎドアノブに手をかけるも、時すでに遅し。
オートロック! 朝日側五月側、ともにドアは内側から開けることが出来なくなっていた。
「やっ、やっ、やってくれましたわねえええええッ! お母様ああああああッ!!」
吠えたける五月に続いて、朝日もドアノブへと手をかける。
「あっ、こっちも開かない……完全に閉じ込められた? さ、五月さん――」
「大丈夫! 朝日様、大丈夫ですわっ!!」
五月は不安そうに驚く朝日に駆け寄って肩を掴む。
「今、朝日様のおそばにいるのは五月です。何も、何も心配なさる必要はごさいませんわ」
最初は力強く、そしてゆるやかに。朝日が動揺しないように語りかける。
五月は思案する。
とにかくこの状態は非常によろしくない。
普通の独身男性からすれば、空腹の猛獣がいる檻に閉じ込められたに等しい状況。
軽く見積もっても(性的)死刑宣告。
万が一にも、朝日が『い、嫌っ! 来ないで! ぼっ、僕に何するつもり? た、助けてっ、誰か助けてーーっ!!』などと怯えようものなら、五月的に生きる気力を失なっちゃうクラスのダメージ確定だ。
――などと戦々恐々とする五月に対して、朝日の頭の中は『もう、五月さんのお母さんはイタズラ好きなんだなあ……』と、のほほんとしたものである。
「……朝日様。
真剣な表情で朝日を見つめる五月。脱出へ向けて動きはじめる。
「えっ? あ、はい。わかりました」
朝日を後ろに下がらせ、五月は扉の前に立ち、足を開きながら両手を上げ、中段の構えをとる。
現在ピンクのワンピース丈パジャマシャツと、同色のショートパンツ姿。
せっかく朝日に凛々しい姿をアピールできるチャンスなのに、アンバランスな格好なのが口惜しい。
しかし、それと格闘技の腕前は別物。
深夜子と梅の基準がおかしいだけで、五月もそれなりに自信があるのだ。
――スッと息を吸い込み、少し腰をかがめて脚に力を込める。
「せあっ!!」
掛け声に合わせ、しなるように連続蹴りを
ところが、響いたのは
五月は華麗に扉を蹴破ろうとしたつもりだったのだが――。
「つうっ! か、硬いっ!? こっ、この扉……一体何で出来てますの?」
――びくともしていなかった。
残念ながら、
木製に見えるこの扉。実際の材質は頑丈な特殊合金製となっている。
壁に繋がる
仮に車が衝突しても無傷という安心設計のシロモノだ。
扉を確認してその事実に気づき、五月は歯噛みする。
「くううっ……お母様。無駄に手抜かりのない……」
「ちょっと、五月さん。足、大丈夫ですか?」
「ああっ! 朝日様! こんな状態でも
「あの……五月さん?」
「ハッ!? こ、こほん……失礼しましたわ。そ、そうですわね……これでは仕方ありませんわ。まずは部屋の中を調べることに致しましょう」
危うく朝日への愛が暴走しかけたが、踏みとどまって冷静に考えを巡らせる。
こうなればもう焦っても仕方がない。
部屋の状態を調べ、脱出の糸口を見つけるべきだと五月は頭を切り替えた。
「さて……」
ざっと部屋を見渡す。
まずは、本来朝日の部屋である右側。……液晶テレビにテーブル、ソファー。それから奥にベットが備え付けてある。
しかも、ご丁寧にダブルサイズがひとつのみときた。
(本当に
つい天井を見上げ、呆れ惚ける。
そこに、ベッドの上へと乗っかった朝日から声がかかった。
「ふふっ、ねえ五月さんこの枕。表裏にハートマークつきでYESって書いてありますよ。変な柄ですね」
まあ、何か知ってますけど。的な笑顔の朝日である。楽しそうですね。
「ほっ、ほあああっ!? おほ、オホホホホ……そ、そうですわね。せ、センス悪い柄ですわね! な、なんなのでしょう? さっ、五月はにはさっぱり解りませんわ……さっ、さあ、朝日様! ベッドはもうよろしいですわ。ほかを、是非ほかを当たりましょう」
おのれ!
明日、絶対に一発殴ると心に誓いながら、今度は五月の入ってきた左側を見渡す。
こちらは奥半分が壁で仕切られ、もう一つ部屋が作ってあった。
「中途半端に部屋を仕切ってもう一部屋?」
また怪しげな……つい、対応に悩んでしまう五月。
「……あっ、朝日様!?」
だが、朝日がさらりと扉を開けてしまう。
「洗面所? ……それにトイレに……あっ、ここお風呂ですよ」
「はいいっ!?」
これは嫌な予感しかしない。
「わあっ、五月さん。このお風呂すごく広いですよ。あれ? なんだろこの大きいイカダみたいな……銀のエアマット? ねえ、五月さんこれって……」
多分アレですよね。的な笑顔の朝日である。とても、楽しそうですね。
「ちょっと……まさか」
嫌な予感どころではない。五月は表情がだんだんとこわばっていく。
対照的に朝日は興味しんしん。大人二人が乗れるであろうサイズの銀イカダを見てニヤケ顔。さらに……。
「ん? ……イカダの横に何か置いてある。これ? えっと……ピピローショ――」
「いけませんわああああああっ!!」
ヌルヌルしちゃう何かを発見してしまった朝日を、五月は背後から担ぎ上げる。
風呂場から猛ダッシュで退散したのち、(五月が)再調査。
やはりと言うか、おのれバカ親と言うか、大人用グッズが大量発見された。
当然ながら風呂場は封印である。
「ねえねえ、五月さん。……さっきのお風呂って?」
「な、ん、で、も、ありませんわっ! 朝日様にはまっっったく関係無い物ですのっ! よ、ろ、し、い、ですわね!!」
「あ、はい」
ちょっぴり残念そうな朝日を、五月は勢いで押しきる。
が、内心はヒヤヒヤものだ。今さらながら、よくわかる通常男性と朝日の違い。
この状況で、この積極性。
一瞬の油断が
「朝日様……ともかく、残りのチェックは
どう考えても、この部屋には(性的に)ろくな物が無いことが確定した。
そして、おおよそ新月の狙いは読めた。
朝日と既成事実を作らせ、金と権力にものを言わせて何とかするつもりなのだろう。
ふざけた話だ。
そんなもの、この五月雨五月のプライドが許さない。
何よりも朝日に、この世界で孤独にも頑張っている。心優しく健気な美少年を汚すようなマネ――許されるはずがない!
五月は朝日に、おとなしくしているよう少し遠回しにお願いする。
「あっ、ごめんなさい……僕、ちょっとはしゃぎすぎましたね……」
「ああっ、そんな顔をなさらないでくださいませ。大丈夫ですわ。何も心配することはありませんわ。朝日様が悪いことなど、何一つごさいませんもの! と、言いますか……
「あはは……まあ、五月さん穏便に」
「あっ、こ、こほん……失礼しましたわ。ささ、朝日様はテレビでも見て、くつろいでお待ちくださいませ」
気を取り直して五月は、ベッドの向かい正面に設置してある80インチ大型液晶テレビの電源を入れた。
『んあっ……は……んっ、素敵ッ! ……もっと、もっと動いてっ……あっ……いいっ!!』
「「!?」」
そこで大画面に映し出されたのは、CGムービーによる男女の営み。
しかも、全チャンネルにセットしてある万全の充実ぶり!
余談だが、この世界にセクシー
よって、CGによる分野発展がなされている。なるほど実に興味深い。
「「あ………………」」
「なりませんわあああああああああっ!!」
アカン! 五月は覆いかぶさるように抱きついて、朝日の視界を塞ぐ。
同時にマッハでリモコンを操作して、電源をオフに。
(あのバカ親殺す! 明日、絶対にぶっ殺して差し上げますわっ!!)
五月は焦りに息を切らせ、ついでに殺意を漏らす。
「ふがっ、ふぁ……ふぁつきふぁん……ふぉの」
が、何やら声が聞こえる。自分の胸の下でぞもぞとしている温かい感触が……あっ!
「しっ、しっ、失礼しましたわーーっ、朝日様ーーっ!!」
己の胸で視界どころか、朝日の顔をまるごと塞いでいた五月であった。
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