第44話 黒幕?現る

 さて、深夜子と梅が見守る中――。

 パソコンに必要な情報入力と接続を完了させた五月。(朝日写真集の効果で)テンション高く、調査開始を宣言する。


「さあ、本気を出したわたくしに追跡できないデータなどこの世にありませんわ! しっかっもっ、愛する朝日様のためっ! 五月雨ホールディングスのセンター情報バンクも(違法に)フル活用ですわ! おーほっほっほ!」


 ――そう言えば、そういうお話でしたね。


 さっそくバチバチと音を鳴らして、五月はキーボードを軽快に叩きはじめた。

 パソコンモニター、タブレット、押収品したスマホ。

 それぞれに凄まじい勢いで表示されるデータを、一文字残さず精査していく。


「ふふ、たかが一介の探偵如き。過去の依頼データを余さず解析して、すぐに依頼主を特定して差し上げますわっ!」

 まずは下ごしらえ完了。

 続けて五月はスマホの操作をしながら、タブレットを確認。

「履歴データは……なるほど、仕事の依頼はスマホでやり取りされていますわね」

 順調。独り言にも力が入る。……先程から深夜子たちに、どん引かれてる感じもするが、気にしない。


 それから数分。


 五月は目的のデータへとたどりついた。思わず声も表情も明るくなる。

「見つけましたわよっ! さて、こちらに転送して……データを解析に……ん? やたら固いですわね、このプロテクト…………やっと一部表示……あら? このIPアドレス……どこかで……」

「どうした五月。何かわかったのかよ?」

「いえ、そうではありませんわ。もう少しお時間はかか……なぁっ!? こっ、この暗号形式……」

 目に映った情報に、思わず驚きの声が漏れてしまう。


 そんな馬鹿な? 五月はデスクに両手をついて、パソコンモニターを凝視する。

 よぎる嫌な予感。ふぅーっと、たまった息を吐き出す。

 デスクに肘をつき、両手を口の前で握り締めて精神集中。今一度、データの精査を開始だ。


「おい、深夜子。五月のヤツ大丈夫なのか? 喜んだり驚いたりよ……」

「んーわかんない。けど、ブツブツ独り言とかちょっとキモい」

「いや、そりゃいつものお前だろ!」

「えー」


 一方、こちらは後方で五月を見守る深夜子と梅。

 先ほどから、何が起きているのかさっぱりわからない。

 しかしながら、モニターを凝視する五月の顔色がどんどん悪くなってきているので、なんとなくは察することはできる。


「――――ッ!? こっ、これはっ!!」

 バンッ! と五月がデスクを叩くように体を起こした。

五月さっきーどしたの?」

「なんかあったのかよ? おい、五月?」

「いやっ、そんなはずは……くっ!!」


 心配する深夜子たちの声も届いてないらしく、焦る五月は乱暴な手つきでタブレットを確認している。

 再びパソコンのモニターに向かうと、ブツブツと難しい専門用語をつぶやきはじめた。

 ついには左手でキーボードを打ち、右手でスマホを操作している。


「そんな、まさか……あはっ、あははは」


 最終的には乾いた笑い声をあげ、顔を引きつらせながら、五月はパソコンモニターの前にがっくりとうなだれた。


 これは大丈夫なのか? 事態がまったく把握できない。


 深夜子と梅は、顔を見合わせて首をかしげるだけで精一杯。

 ここはなんと声をかけるべきか……二人が口を開こうとしたその時。

 ――五月個人のスマホ・・・・・・が、呼び出し音を鳴らした。


「うぐうっ……や、やっぱり……ですのね……」


 連絡相手が表示されているであろうスマホの画面を見ながら、五月はこれ以上無い渋い表情をしている。

 だらだらと汗を流して固まっていたが、ついには通話に応じた。


◇◆◇


「はい……五月……ですわ」

『もしもしー、あらーお久しぶりねー。五月ちゃん元気にしてたー? ママですよー』

「やはり……ですか……お母様」

『えー、もしかしたらーってお電話してみたけどー。やっぱりもうわかっちゃってたー? さすが五月ちゃーん。えらいわねー』


 電話相手は五月おのれの母にして、国内屈指の大企業『五月雨ホールディングス代表取締役CEO五月雨さみだれ新月わかつき』であった。


 データ解析の最中、最初は気のせいだと思った。途中からは気のせいであってくれと願った。

 しかし、五月の願いは容赦なく潰える。

 朝日の調査依頼主。依頼メールの発信元こそが、解析に使用している場所そのもの・・・・・・

 つまりは、五月雨ホールディングスとなっていたのだ。


 それでも、せめて関連会社止まりで、などと淡い期待をしながら最終解析開始。

 結果はしっかり『発信元:五月雨ホールディング社長秘書室』な上、トドメに暗号形式で『やったね五月ちゃん!』の表示がでるオマケプログラムまで仕込んである始末。

 完全にやられた。顔色も悪くなると言うものだ。


 で、挙句の果てには接続をあっさり逆探知され、電話までいただけた。

 ともなれば、完全にてのひらで転がされていたのは自明の理。


「お母様っ! 一体、な、なななななんのつもりですの!? こっ、このような犯罪者のマネごとなどを!?」

 当然、五月の返事はこうなる。

『んもー! 犯罪者さんなんて、五月ちゃんひどーい。だってー、五月ちゃんたらママがいくら言ってもー、朝日ちゃんをおウチにつれて来てくれないんだからー。もう、ママったらさみしくってー、毎日毎日シクシク泣いてたのよー。だからーつい――――プッ』


 通話終了。むしろ切断。

 五月はとてもさわやかな笑顔で、深夜子と梅の方へとふり返った。


「まちがい電話でしたわ!」

「「絶対嘘ッ!!」」


 実に正確な指摘をされてしまうと同時に、五月のスマホから再び呼び出し音が鳴り響く。


「もう……しつこいですわねっ! もしもし、お母様。いいかげ――」

『くぉらああああっ、五月ぃ!! おっどれ、誰の電話を途中で切っとんなゴラァ!? ええか、ワシの堪忍袋の緒にも限度があるっちゅうとんじゃあボケぇ! おどれ、いつになったらワシんとこにボン(※朝日のこと)をつれて来るんかい? あ゛あ゛ぁ!?』

「ひっ、ひいいいいいっ!? す、すすすみません! お母様っ! お、落ち着いてっ、落ち着いてくださいませーーーっ!」


 一瞬にして顔から血の気が失せ、己の母の気性を五月は思いだす。

 すぐさま謝罪モードへと移行。

 なんとか電話口で新月をなだめるが、そこから朝日に関しての話題に切り替わる。

 一進一退。

 連れてこい。それは無理。の押し問答が続いた。


『んもー、五月ちゃんてばいじわるー。しょーがないわねー、じゃあママはー、最後の切り札をつかっちゃいまーす!』

「はぁ!? き、切り札?」

 しびれを切らしたのか、新月が怪しげな宣言をしてきた。

『そーでーす。五月ちゃんがー、朝日ちゃんをおウチにーつれて来てくれないならー。このデータを朝日ちゃんやー、五月ちゃんのお友達にー送っちゃうんですー!』


 そして電話口の向こう側から聞こえる機械の操作音。

 なんのつもりかと思えば、録音音声らしきものが聞こえてきた。


【えぐっ……ママ、あのね。五月にね、すごい意地悪する人たちがいるの……海土路造船って言ってね……それでね、それでね……ひぐっ……五月のね、大好きな人――】

「ひええええええええっ!? スッ、ストーーーップ! ストップですわーーーお母様っ、わかりました! なんとか、なんとかしますからっ!!」


 これは投了もやむ無し!!


『あらー、やっとわかってくれたのねー。五月ちゃんはーやっぱりいい子ねー、大好きよー。じゃあ、来週ママはお休みをとりまーす。そうねー、二泊三日で朝日ちゃんとーおウチへお泊りしに来てくださーい。あっ、詳しくは後で蘭子ちゃんに聞いてねー。じゃあ、楽しみにしてるわねーうふふ。ばいばーい』

「あ……ああ……」


 全身から力が抜け落ちる。

 五月は震える手でスマホを握り締めながら、がっくりと床に崩れ落ちた。

 

「おい五月。まあ、とりあえず説明しろよ。一体何がどーなってやがんだ?」

「そう五月さっきー、意味わかんない。なんで五月さっきーママが電話してきたの?」


 もちろん梅と深夜子から質問が入る。

 まあ、そばで会話を聞いていたとは言え、二人に内容が理解できるはずもない。

 しかし、あれをどう伝えるべきか……いや、そもそも――困り果てる五月。が、全容を説明する以外に道はない。


「うっ……うううう。そ、それが……その……実は――」


 ポツポツと死にそうな声で、語りはじめる五月であった。


 ――すべての原因はタクティクスとの闘い。男事不介入案件において、海土路造船の押さえ込み交渉を新月に依頼したことにある。


 五月はその時に、新月へ軽い口約束をした。

 いずれ朝日をつれて挨拶に行く。と言う内容だ。

 母である新月は、国内でも指折りの有力者。それが、いち警護対象だんせいである朝日に興味を持つとは考えなかった。

 その時はすぐに忘れてしまうだろう、程度のつもりだったのだ。

 確かに以来何度か、秘書室長の播古田ばんこだ蘭子らんこから連絡があって、珍しいなとは思いながらも、のらりくらりとかわしていた。


 ところがこの子供にして親あり。

 話の流れから、朝日の身の上に興味を持った新月は、独自ルートを駆使して機密であるはずの朝日の詳細データを入手。

 それを見て、すっかりご執心になっていたのである。


「はああっ!? お前の実家に朝日をつれて行くだあ?」

「マジで? ……五月さっきー。それ、朝日君にどう説明するの?」

「ど、どうしましょう? ……あ、あさひさまぁ」


 どうする五月!!


 ――しばしの沈黙が部屋に流れる。


「んで……どうするつもりだよ? 五月」

 机で頬杖をついている梅が、ジトッとした視線で問いかけてきた。

「そっ、それは――――っ」

 しかし、五月はそれに答えることはできない。下唇を噛んで押し黙る。


 それもそのはず。


 この世界では、女性が男性を自分の家に泊まるように誘うなど、ありえるものではないのだ。

 例えるなら、蟻に対して『ねえ、ちょっとそこのアリ地獄(性的)によってかない?』と誘っているに等しい行為。

 しかも現状は、男性あさひに無断で決定済み。強制連行とも呼べる状態。

 世間から男性の人権迫害と糾弾されてもおかしくない。


(まずいまずいまずい! まずいですわっ!!)


 五月は脳が焼き切れんばかりに対応を思索、そして葛藤中だ。

 朝日ならば、あるいは理解してくれるかも……いや、いくらなんでもこれは……。

 とにもかくにも結論が出ない。

 今さら新月わかつきに断る道筋も断たれている。まさに八方ふさがりであった。


 かたや、そんな五月を見つめる深夜子と梅。

 これは朝日を確実に守る手段を実行した結果。仕方がない・・・・・部分があるのは理解できた。

 だんだんと憔悴していく五月に同情も覚える。

 二人は顔を見合わせ、小声で相談をしてから声をかけることにした。


「まあな……五月。いっつもお前にばっか手間なことさせてっからよ。たまにゃ――なっ、深夜子!」

「そう。五月さっきー、あたしたちが朝日君に説明する」


 日ごろ、実務という実務のほとんどを五月が処理している。

 善し悪しはともかく、たまにはこういった役割を二人が請け負うのが、人として正しい道。

 いかに深夜子アホばかでも、さすがに察してしかるべきである。


「ええっ!? や、大和さん! 深夜子さん!」


 その発言に驚いた五月。

 カバッと顔を上げ、喜びの表情を浮かべながら二人へと顔を向け――――たのだが……。

 表情がゆるやかに、喜びから平坦へと変わってゆく。


 ――深夜子を見つめる。

(対話、交渉スキルゼロの半コミュ障……)

 ――梅を見つめる。

(脳筋、まごうことなき脳筋ばか……)


「「「………………」」」


 しばしの沈黙。

 暗く視線を落とした五月が、重々しく口を開いた。


「…………あっ、はい……よろしく……お願い……しますわ……」

「おいてめえ! 今、ものっすげえ失礼なこと考えただろ!?」

「よくわからないけど訴訟も辞さない」


 ――とにかく任せておけ!

 不安げな五月をよそに、深夜子と梅は、彼女らなりの対応を真剣に話し合いはじめた。

 それを見て、五月は少し面映ゆい気分になる。

(ふふっ、あのお二方が頭を使われるなんて……ありがたい話……ですわね)

 声には出さず、心の中で深夜子たちへ感謝の言葉を口にした。


 さあ、チーム結成後初と言っても過言ではない。深夜子たちが頭をひねって出した説明方法とは――。


「よし決まりだぜ! やっぱ、こんなときにゃあ小細工無しでストレートぶっちゃけるが一番ってな!」

「さすが梅ちゃん。さす梅! ならば、朝日君の待つリビングまで、走れ正直者!」

「いやあああああああっ!」


 ――残念。そんなものである。

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