第41話 不穏な気配

 深夜子たちが氷風呂コントを披露してから二日が経過。


 朝日の体調は予想よりも早く回復に向かっていた。

 微熱が残る程度で、嘔吐もほぼおさまっており、本人は食欲を訴えている。

 なので、消化の良い食事を昼から摂らせることになったのだが……。


「朝日君のご飯。あたしが作るから」

「あらあら、深夜子さん……貴女お料理はできまして? それにこんなこともあろうかと、わたくしはすでに食材を準備済みですわ。貴女方の出番はありませんことよ」

「おいおい、おまえらじゃロクなことになんねーだろ? 俺が作ってやっから引っ込んでな」


 三人が三人とも、自分が朝日の食事を作ると主張して激突した。


 さらに、何故かはわからないが、それぞれが朝日の食事を作って、柊と鳴四場が審査する料理バトル漫画のごとき流れとなってしまったのだ。

 朝日がある程度回復したとたんにコレである。


 仕方なしに審査員を引き受けた柊たち。

 彼女らの待つ客間に、先陣を切ってきたのは深夜子であった。

 料理を乗せた広めの丸皿をテーブルに置く。

 丸皿・・の時点で、すでにいい予感はしない。それに乗ってるモノを見た柊が、こめかみを押さえながら口を開く。


「……君たちMapsは確かに優秀だ。そして医療に関しては、我々医師に患者を受け渡す・・・・までに特化している。それはわかっている。……だが、だがね。これは一体なんなのかね?」

「ふ、生地はご飯をやわらくして作った!」


 ふふん! と鼻息あらく、自信満々に右手をサムズアップの深夜子。

 確かに米が原材料であろう白い円形の生地が、こんがりと香ばしい匂いを漂よわせ、皿に乗っている。


「ほう……で、その生地とやらに乗っている具材は何かな?」

「有機栽培のトマトソースと三種のチーズ。身体にいい!」

「……ピザだな」

「……ピザですね」

「「胃腸炎から回復中の患者がピザを食べれるかーーっ!!」」


 深夜子落選。


「えー? ピザは総合栄養食……」

「そう思う君は自身の食生活を見直したまえ」


 まあ、予定通りに深夜子が撃沈。

 すると、次は何やら厚手の手袋をはめ、アツアツの土鍋を持った五月が登場した。

 それを見た鳴四場の眉間にシワがよる。


「土鍋……ですか? これは……」

「もちろん。朝日様に食べていただく『雑炊』ですわ!」


 雑炊と聞いて、少し安心する鳴四場だが「さあ、ご覧あれ!」と、こちらも自信満々の五月が蓋を開けた瞬間。

 柊たちの表情が凍りついた。


「ほう……で、この具材は一体なんのつもりかな?」

「それはもう、朝日様に栄養をつけていただく為に取り寄せましたフグとアワビ。それと今が旬のイワガキ。さらに北海区から直送のウニとイクラをお好みで……あっ、もちろん、出汁は精のつくスッポン! 五月特製『愛の海の幸まる雑炊』ですわ!!」

「正気かね?」


 五月落選。


 がっくりと落ち込む五月を横目に、最後は梅が少し小さめの鍋をもって現れた。

 すでに疑いの眼差しの柊が、気だるそうに確認をする。


「はぁ……それで次はなんだね? プロテイン入り煮込みうどんでも持ってき――」

「あん? 何言ってんだ? 普通、病人にゃお粥だろ。朝日もまだ本調子じゃねぇしよ……つっても二日も食べてねぇからな。少しは塩っ気のあるもんがいいと思ってよ。雑炊風に出汁が取ってあんぜ」


「「「「えええええっ!?」」」」


 意外ッ!


 日頃は怠けてそんなそぶりは全く見せていないが、実は梅はいわゆる下町育ち。

 三人いる妹の面倒をよく見ていたので、この手のスキルは深夜子たちの中で群を抜いていたのだった。


「むうっ、薄味ながらしっかりと旨味が感じられる。ご飯のやわらかさも適度……完璧と言わざるを得ない」

「すごいですねコレ。病人食とは思えない」

「へへっ、だろ?」

 さも、当然とばかりに梅が控えめな胸をはる。

「あわわわわ、これ、そんな、梅ちゃん……ふぐぐ、梅ちゃんのクセに……そうだ! これはきっと悪い夢」

「くっ、こんな……大和さんにできる訳が――――ハッ! 雇った……雇いましたわね? プロをッ!?」

「てめえら俺をなんだと思ってんだ!?」


 味見をして、全員がその完成度に驚愕する。


 もちろん結果は梅の圧勝。

 副賞として『朝日にご飯を食べさせてあげる権』も贈呈された。パチパチ。

 じゃあ、茶番も終了したことで、とみんなして朝日の部屋に向かおうとした時、鳴四場が柊の肩に手を添えて軽く声をかけた。


「ところで隊長」

「なんだね?」

「ついつい言い忘れて・・・・・ましたが、早朝に立花たちばな総隊長からお怒りのメールが入ってましたよ」

「なん……だと……!?」


 しれっと梅たちの後ろついて、朝日の部屋に向かおうとしていた柊が、ぎこちなく振り向く。


「まあ、隊長が三日も空ければそうなりますね」

 とてもいい笑顔の鳴四場である。

「ぬっ、くっ……わかった…………寝待君、五月雨君、大和君。済まないが我々はこれで失礼させてもらおう。朝日君にもよろ――」


「「「「朝日君!?」」」」


「おっと、い、いや失礼! か、神崎君にもよろしく。ほら鳴四場、出るぞ、帰るぞ! ハハハハハ――」


 全員からの冷たい視線が柊に集中する。

 そう、実は経過観察中に朝日と仲良くなり、ちゃっかりメアド交換までしていた彼女。

 無論この事実は後日、看護十三隊内にて発覚。

 しっかりと吊るし上げを食らうことになるので、ご安心いただきたい。


 ――それはさて置き。

 いそいそと帰還していった柊たちを見送ってから、梅が朝日の昼食を準備する。

 病人の世話も妹たちで経験済みか、さすがに手馴れたもの。


「ほら朝日、食べさせてやっから」

「あ、うん。ありがと梅ちゃん、へへへ」


 ベッドに腰掛け、スプーンのお粥をふーふーと適度に冷ます。

 照れ臭そうな朝日に、これまた照れ臭そうに梅が食べさせては世話を焼く。


「あっ、そういえば……僕がトイレで倒れてた時に梅ちゃん泣いてなかった?」

「んなぁ!? な、泣いてねぇし! お、俺が泣くわけねえだろ。俺を泣かせたらたいしたもんだぜ」

「あはは。だよね。梅ちゃん強いもんね」

「あ、当たり前だっつーの」


 朝日の部屋で、心温まる二人のやりとり。

 それを扉の隙間から、深夜子と五月が土偶と埴輪のごとき能面で見つめている。


「ああ、朝日様……あの二人の世界……ぐぬぬ」

「勝負の世界は厳しい。無念……ところで五月さっきーの雑炊うまし」

「ふううぅ、今さらですがドッと疲れが……はぐっ、あら? このピザ意外とおいしいですわね……でも、残念、もぐっ……でしたわ」


 お互いの料理を交換して、やけ食いながらも満足する二人。

 とりあえずは一段落。平常運転に戻った朝日家だった。


◇◆◇

 

 ――朝日の急病騒動からしばし、暦は九月下旬。

 残暑も過ぎ去り、山間やまあいから吹き込んでくる風に秋の気配を感じ始めたころ。


 少しばかりのもやに、わずかな冷気が混じる早朝。

 朝日家の門から二つの人影が出てくる。

 二人とも首にタオルをかけて、トレーナー姿にスポーツシューズ。これからランニングに出かけるところだ。


 一人目は男性。ウルフマッシュの黒髪に、パッチリとした二重の瞳。

 左目には泣きぼくろ、恐ろしく庇護欲をさそう顔立ちの美少年。

 もし、道行く女性が見かければ、百人百中で襲い――愛の告白をすること間違いなし。神崎かんざき朝日あさひだ。


 その横に付き添う女性は、非常に小柄な体格で、身長164センチの朝日より二回り小さい。

 赤みがかった天パのショートヘアに、八重歯が可愛らしい猫顔娘。

 しかし、その中身は脅威の”不沈戦艦”SランクMaps大和やまとうめである。


「よっし、梅ちゃん。今日は東のコースに行こっか?」

「おっ、やる気満々だな朝日。こないだは途中の坂でへばっちまったてのによ」

「もう! 今日こそは完走の予定なんだよね」

「へー、そっかよ。んじゃあ、期待してんぜ」


 軽いかけあいをしながら、二人が駆け出す。

 朝日の自宅から東回りに、ゲーテッドタウン内を約3.5キロメートル。時間にして三十分程度。

 途中、小高い丘を一つ越えるアップダウン有りの多少ハードなランニングコースとなっている。


 このところ深夜子と二人してゲームとおやつ三昧。

 その怠惰にして甘美、危険な夜のカロリー摂取を続ける日々に体型の危機を感じた朝日。

 六月下旬から、毎日の日課として朝のランニングを開始していた。

 家に戻ったら、簡単な筋トレを梅に手伝って貰い。最後にシャワーを浴びてから、朝食の準備をするまでがワンセット。


 出発して数分後。ハッハッと息を弾ませて走る朝日。

 梅はまるで歩いているかのように涼しげな表情でついて行く。さすがの体力だ。

 そして、梅にとっては朝日と二人きりの貴重な時間のはずだが、何やら表情はすぐれない。

 走りながら、たまに横目でチラチラと何かをうかがう。

 それから少し首をかしげて、釈然としない表情でチッと舌打ちをする。


 そんな微妙な雰囲気の梅だったが、コース後半にはいつも通りにランニングを終え、朝日と楽しげに会話しながら筋トレを手伝うのだった。


◇◆◇


「五月。あとでちょっといいか?」

「あら? 大和さん珍しいですわね。ちょうど片付けも終わってますし、深夜子さんもごいっしょに」

「ん。五月さっきー、らじゃ」


 朝食後。梅が五月に声をかけてきた。

 それとなく雰囲気を察した五月が、深夜子にも声をかける。

 これからお仕事ですよ感を出して、朝日はリビングに居残りしてもらう。

 三人でMaps側リビングへと移動。恒例になったミーティングを開始する。


「視線を感じる……ですの?」

「ああ、ハッキリとはしねぇんだけどよ……」


 梅の話では、ここ二日間。朝日とランニングをしている時に、どこからか視線を感じるとのことだった。


「それは……おかしい、ですわね……」


 五月はなんとも言えない不気味さを感じた。

 そういった・・・・・感覚は、Mapsの中でも間違いなく上位グループに入るであろう梅。

 そんな彼女が、確定できないと言うのだ。


 さて、これはどうしたものか? 五月が思案を始めたところで――。

「うん。じゃあ、明日はあたしがこっそり見張る」

 見張る? 横から深夜子が、あっけらかんとした声でさらりと言い放つ。

「まあ、そうだよな。頼むぜ深夜子、空振りになったらわりぃんだけどよ」

「無問題。あたし得意分野」

 得意分野? 何かあっさりと話が進んでません?

「ちょっ!? お、お二人とも、一体どういうことですの?」


 さも当然、と言わんばかりの二人のやり取り。

 置いてけぼりになりかけた五月は、焦って口を挟む。


「ああ、そういや五月は知らねぇんだったけか?」 

 すると今度は、頬杖をついている梅が軽い口調で説明をはじめた。

「深夜子の実家は古流武術の道場だぜ。こいつ色々できんだよ。なんつったっけ……ああ、先祖が御庭番おにわばんとかいうヤツなんだってよ」

「ええっ、そ、そうなんですの!? ……実技三冠、とはお聞きしてましたが……そんなデータはひとつも……」


 ――五月が困惑するのも仕方なし。


『寝待流古武術道場』

 確かに深夜子は、古くからある武術を継承する道場の長女。つまりは跡取りだ。

 しなしながら、超ど田舎のマイナー古武術道場。知名度は知るひとぞ知るレベル。

 さらに深夜子は、Maps養成学校時代。ほとんどの実技を持ち前の身体能力のみでクリアしていた。

 教官たちにすら、あまり知られていない事実である。

 梅は学生時代に、色々と深い付き合いがあったので知っているのだ。


「なので、あたしにお任せ」


 まさに適材適所。

 この手の案件には一切隙が無いチームと言える。

 実際は圧倒的な実務力と情報処理能力を誇る五月がいることで機能しているのだが、知らぬは本人ばかり。

 矢地の人選が見事だったと言うほかない。


 ――翌朝。

 朝日と梅はいつも通りにランニングへと出発する。

 事実がはっきりしないことから、五月の判断で深夜子の追跡調査の件は朝日に伏せてある。


 ――さて、ここで少し説明しておこう。

 この朝日たちが住んでいるゲーテッドタウン。

 男性福祉対応居住地区。通称『男地だんち』は春日湊の南に位置している。

 上空から見ると、卵の様な楕円形をしており、南は海、西は山になっていて、北と東にゲートが一箇所づつある。

 そこから春日湊の街へと出入りをする造りだ。


 もちろん、住民以外のゲート通り抜けには検問が必要となっている。

 国家指定の男性特区内にある上、さらに外壁隔離された場所。

 そもそも不審者などいるはずが無い。不法侵入などできるわけも無い。そう考えるのが普通であろう。


 しかしながら、世の中に完璧なものなど存在しない。

 安全だからこそ、ここには問題無いと大多数がそう思うからこそ・・・・・・・・、気がつかないこともあるのだ。


 それでは視点を変えよう。

 たった今、朝日たちが出発した自宅から、男地だんち中央部に進むこと約1キロメートル。

 数ヶ所ある公園のひとつで、ちょうど高台に位置し、男地だんち全体をながめるのに非常に適した場所がある。


 そこに居るのは二人組の女性。

 共に身長170センチ程度、片方がわずかに高いくらいで体格も中肉中背。グレーの作業着に同色の作業帽をかぶっている。

 少し背が高い方は明るい茶髪で、帽子からほとんど髪が出ないほどの短髪。

 もう一人は黒髪、帽子からはみでる部分でおかっぱだとわかる。

 ボブカットと呼ぶには少し野暮ったいイメージである。


 腕と胸部分についているワッペンから、国指定の清掃業者であるのは間違いなく。

 仮に男地だんちの住人が通りがかっても、何一つ違和感を感じることも無いだろう。


 ただし、その二人が今いる場所・・・・・を除いては……。

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