第33話 五月雨五月は映画が見たい?

 それでは本題。

 五月と朝日のデートについてだが、深夜子と梅から抗議もあって、さすがに朝から晩まで丸一日ではない。

 清く正しく美しく。健全な時間帯での半日デートである。

 その代わりに、朝日の気遣いで主導権が五月に渡されていた。


 なので、五月は考えに考えに抜き。昼下がりから出発、まずは映画館にて映画鑑賞。

 それからショッピングの後、ディナーを共にして帰宅の予定を組み上げた。二日完徹した。


 さて、現在ルンルン気分でおめかしも完了の五月。

 本日のファッションだが、髪型は日頃の編み込みサイドアップをやめて、ポニーテールにした。

 少しでも朝日に好印象をもって貰おうと試行錯誤した結果だ。


 服装は、首から胸元にかけてカット加工が施してあるミディアムワンピース。

 下品ではないセクシーさを意識して、白を基調としたブルーストライプ柄を選択。

 もちろん、それなりに自信のある己の美貌とスタイルをフルに活用し、装飾品も嫌みでない程度にバランスよく――。


 まあ、一言で言い表すなら『わたくし、すっごく気合い入れましたわ!』なのだ。


 そして、その瞬間ときは刻一刻と迫ってくる。

 家からの出発はいつも通り、車で全員揃って市街地まで移動する。

 だけなのだが、五月はあまりの緊張で現地に到着するまで、一言もしゃべることができなかった。これは失策。

 

 ――現地到着。

 車から下りて、Tシャツにデニムジーンズ姿の朝日の側へ。ああ、胸が高鳴る。

 深夜子と梅は遠距離からの私服警護なので、自分たちから距離をとる。

 別にもっと離れてくれてもいいですのに、と目をやれば二人から冷たい視線が返ってきた。

 まあ、これはこれで愉悦。


 さあ! それでは! 待望の愛する朝日とデートスタート! 最初の目的地は映画館。

 しっかりとエスコートせねば! 五月のテンションは最初からクライマックスだ。


「そ、しょ、そそそそそれでは、あああああしゃひ様。ままままま参りますですますしょうか?」

「五月さん?」


 残念、緊張もクライマックスを迎えてました。

 それもそのはず、思えば齢二十四にして人生初デート。勝ち組中の勝ち組と言えるこの僥倖ぎょうこう

 しかも、相手は絶世の美少年こと神崎朝日である。

 沸点に達していたはずのテンションはどこへやら、五月は出発までに約十分間の深呼吸と精神集中を必要としてしまった。


◇◆◇


「――でも、こうやって身辺警護おしごとじゃない形でいっしょにお出かけできるって嬉しいですね」

「まあ! 朝日様ったら。……そうですわね。本日は五月にお任せくださいませ! しっかり楽しめるようにエスコート致しますわ」

「えへへ、うん。よろしくお願いします!」


 出発してしばらく、会話も弾みはじめる。

 さっそく朝日が、思わず深夜子たちをまいて、実家に連れ去りたくなるようないじらしいセリフをさらりと放つ。

 これはいかんと煩悩を振り払っていれば、五月の左腕にさっと絡みついてくる素敵な感触。

 来ましたわね! ここで朝日が自分の手をとって、きゅっと恋人つなぎに持ってきた。


「おっふ!!」


 予想よりも早い仕掛け。五月は危うく膝に矢を受けてしまった衛兵の如く崩れかけた。

 ――だがッ! だがすでにッ! この五月雨五月は、デートを成功させるべく断固たる決意・・・・・・ができている!


「ふふふ……さあ、参りましょう。朝日様」


 瞬時に脳内の情報伝達経路を切り替え、立ち直る。そのプロセスはわずか0.05秒!

 以前とは違うのですわ! 以前とは!

 さらに余裕の笑みを朝日に向けて、五月は軽く手を握り返す。ついでに脳内麻薬もあふれでる。

 ああ、これがしあわせ。


(くっ!)

(ちっ!)


 ちなみに、本日非番ではあるが、朝日の安全確保のため五月もインカム装備は必須だ。

 ちょくちょく地獄の底から響くような、舌打ちやらうめき声が聞こえてくるが気にしない。


「あっ、そうだ五月さん。今日観る映画ってどんなのか聞いてなかったけど、教えてもらえますか?」


 朝日が映画の話題にふれた。

 何分この世界の映画は、男女文化の違いから、朝日にとって図りかねる内容が多い。

 自分の好みで選んでとは言われたが、そんな手抜かりをするわけもない。対策済みである。


「ええ、朝日様が楽しめそうなものは少なそうでしたが、ちょうど春先から大ヒットしているアニメ映画がありましたわ」

 五月は自信を持って回答をする。

「へえ、アニメ!」

「ふふ。きっと実写よりは、アニメの方が朝日様が楽しめるかと思いましたので、その中から選びましたわ」


 そもそも男性俳優が存在しないので、実写映画は違和感が強いだろう。

 よって、声優でカバーできるアニメならば、朝日も気にすることなく鑑賞できるはずだ。

 深夜子に頼みこんで教えてもらったアニメ映画ですけどね。


わたくしも観るのは初めてですが『君の名を言ってみろ』というタイトルですわ」

「わぁー。なんかすごいタイトルですね」

「ふふふ。これ今、超ロングヒット中。あたしはすでに三回観た」

 突然、深夜子がぬっと朝日の後ろから顔をだした。

「うわっ、深夜子さん!」

「んで、深夜子。どんな話だったけか?」


 同じく、梅もやってきて口をはさむ。

 映画館が近くなったことで施設対応警護――合流可能になったからだ。

 まったく、ここぞとばかりに……、と五月は近寄ってきた二人にジト目を向ける。

 が、ふふん! と鼻をならして深夜子が自信ありげに朝日へ説明を続ける。ぐぬぬ。


「んと。最初はキャッチコピーの『姉より優れた弟など存在しない!』が大炎上した。けど、実際の中身は落ちこぼれの姉に対して、優秀で健気な弟の無償の愛が描かれた名作。はっきり言って泣ける」

「へ、へぇー、な……なんか色々と凄そうだね……」


 深夜子の説明が終わるころに、映画館のある超大型商業ビルへ到着。

 一階層丸ごとが映画館になっており、エレベーターを使って、四人はその階層へと移動する。

 五月のデート最初の目的地。春日湊、いや国内でもスクリーン数、客席数ともに最大級の映画館『曙シネマズMAXシアターナイン』だ。


 エレベーターを降りてからロビーを進む途中で、梅が深夜子に小声で話しかけた。


「おい深夜子。そういや五月の奴どういうつもりだよ。映画館っつたら普通――」

「うん。男性は専用観賞室で別」


 そう、二人の単純な疑問。

 暗がりで不得定多数の女性の中に男性が混じるなど、男性特区であっても(性的)自殺行為に等しい。

 男性は専用の場所で、女性とは別に映画を観賞するのが常識だ。

 確かに世間知らずのお嬢様ならば、それを知らないであろうが、五月限っては……と二人は首をかしげる。


「だよなぁ……朝日も映画館に行ってみたいって言ってたらしいけどよ。あいつ、わかってんのか?」

「んー。五月さっきー何も言ってなかったけど」


 そんなこそこそ話を朝日たちの後ろでしている間に、映画館の入口ホールへたどり着く。


 フロアはふかっとした絨毯タイプの床に変わり、少し暗めの照明、ネオンやカラーライトによって、非日常的雰囲気が演出される。

 チケット受付の他には、グッズ売場やフードコーナーがずらりと並ぶ。

 天井を見上げれば、ところ狭しと設置された二十面の大型モニターが、上映中作品のプロモーション映像を大音響で流していた。


 その驚きの広さと豪華さに、朝日が歓喜の声をあげる。


「うわー、すごく大きい映画館! 日本でもここまで大きいのはなかったかも?」

「ふふ、喜んでいただけると嬉しいですわ。上映に使うホール・・・・・・・・は、朝日様がご自由に選んで・・・・・・・くださいませ」

「あん? あいつ何いってんだ……ん? そういや……なんで店員以外、誰もいねぇんだ? 平日っても客ゼロはねえだろ?」

「うん、ありえない。あたしここ何回か来たことあるけど……これは異常……なんで?」

「あらお二人とも、何をおっしゃってますの? もちろん今日は『貸し切り』でしてよ」


「えっ!?」「はあっ!?」「なにぃ!?」


「ちょっと五月さん……この映画館を貸し切ってるって、いったいいくら――」


 やりすぎ感あふれるセッティングに、朝日は思わず五月に詰めよってしまう。

 が、――スッと五月の人差し指が口唇の前に差し出された。


「朝日様! それは言わないお約束ですわ。今日はわたくしにお任せでしたわよね? それに、こちらの経営は五月雨うちのグループ会社ですから、ご心配なく」


 にっこりな五月。……いや、何が心配いらないのだろうか? 

 どう見ても収用人数二千人は下らないであろう映画館。それを貸し切るコストを想像し、青くなる朝日であった。

 そんな二人の後ろでは、これまた梅と深夜子がぼそぼそと小声でやりとりをしている。


(本気かよ……馬鹿だろ五月あいつ)

(これはもうアホの所業と言わざるを得な――)

「それからもちろん、この映画館の施設はすべて無料・・・・・でお使いいただいて結構ですのよ」

「「「!?」」」


 なんとも資本主義な追加情報に、唖然あぜんとするしかない朝日。その一方で、梅と深夜子に衝撃が走る!


「なんだとぉ!? そりゃメシもタダってか? ……おいっ、いくぞ深夜子!!」

「らじゃ! 一度、映画館で食べ放題やってみたかった」

「はぁっ!? どうして貴女たちがはきりって――」

「「うおおおおおーーーっ!!」」


 五月が言うが早いか、すでにフードコーナーへ猛ダッシュのばか深夜子アホである。


「あの二人は……まったく……」

「あはは。すごいな深夜子さんたち……じゃあ、五月さん。僕は上映ホールを選んで来ますね」


 五月が映画館の責任者にフードコーナーの在庫追加依頼をしている間に、朝日はチケット売場へ。

 ホール設備をあれこれと確認して、どこで上映をするか決める。

 それから、フードコーナーに移動したところで五月が合流。いっしょにドリンクとおやつを選ぶ。


「うーん。家でお昼もすませてるし、僕はコーラとポップコーン。やっぱ定番だよね」

「ふふ、そうですわね。それではわたくしも朝日様と同じ――」

「あたし、ホットドッグのトッピング全種類。三個つづ!」

「おう! おれはこっちのセットメニューを全部五個つづな!」

「貴女方は少し自重してくださいませっ!!」


 朝日と五月の横で、深夜子と梅によるフードメニューローラー作戦が開始されていた。

 店員たちの冷たい視線をものともせず、大量の注文品を片っ端からプレートにのせ、ファミリー用カートに積みまくる二人だった。


◇◆◇


「あの……朝日様、本当にこのホールでよろしいですの?」


 使用するホールを前にして、五月は再確認をする。

 朝日が選んだのは、映像や音響設備にこだわった人気のホールではなく、色々なサイズのソファーが設置されている――ゆったりと鑑賞したい客向けのそれだったのだ。


「支配人に聞いたところですと、IMAXシアターやMX4Dシステムなど、臨場感ある上映ができるホールが人気あるみたいですわ。ここはソファー型チェアがあるだけで――あら? 朝日様?」


 まあまあ、と話途中で朝日に手を取られホールの中へ。

 五月としては、他に人気設備があることを強調してみたのだが、朝日は気にも止めていないようだ。

 せっせとソファーサイズを確認してまわっている。


「あっ、五月さん、ここがいいですよ」

「は、はあ……」


 どうやら納得できるものがあったらしい。

 いまいち朝日の考えがわからないが、五月は言われるがままにソファーへと腰をおろす。

 すると朝日が、すぐ横に、自分と同じソファー・・・・・・に座ってきた。あれ?


「ふえ?」

「うん。スクリーンも見やすいし、ソファーサイズが二人で座るのに・・・・・・・ちょうどいいでしょ。ね、五月さん!」


 え? これ、朝日様と隣あって座っちゃってますわね? 五月は自分の身におきている事態が飲み込めない。

 ただ、大きめの一人掛け用ソファーだと思っていた。

 しかし、だがしかし、その左半分に朝日。右半分には自分。

 さ、ら、に、このソファーは背もたれが緩やかなタイプ。かる~く寝転ってみれば、あら不思議。

 まるで朝日とベッドで横になって、顔を見合わせているかのごとき密着感。うーん、ファンタスティック!


 ――爆発不可避。超ラヴラヴカップル専用映画鑑賞席の爆誕である。


「どうです。これならちゃんと映画デートって感じでしょ?」

「あへ? ……はへえええええっ!?」


 あっ、これ最高やばい。五月は己の理性が恐ろしい勢いでガリガリと削られるのを実感する。

 が、それどころじゃない!

 わずかに身体を動かせば、体温と呼吸すら感じられる距離に朝日がいる。

 しかも上映前だからか、やたら無駄にいいムードの明るさになっているんですけど?

 あー、もう無理。これもう無理。視界がピンクのハートマークで埋め尽くされていく五月だった。


 ――そんな二人から、数列後方に陣取るは深夜子と梅。

 この世界初と思えるカップルシート――女の夢を凝縮したかのような、朝日のセッティングに目を見張っていた。


「おい……朝日のヤツ……何をどうやったらあの発想が出てくんだよ?」

「あれは完全に五月さっきーを殺りに来てる。そしてうらやま! 超うらやま!」

「てかよ。それより、五月のやつヤバそうだぜ」


 梅の指摘どおり、暴走寸前にまで五月は追い詰められていると思われた。

 すでに鼻息はあらく、頬は紅潮し、目にうっすらと涙をためて、朝日を見つめているではないか。

 朝日は朝日で、五月の美貌もあってか、照れくさそうに――って、自分から仕掛けましたねよーと深夜子たちは心中で突っ込む。


「あ、朝日様……五月は、五月は、きっと朝日様を幸せにしてみせますわっ!!」

「はい。ありが――って、五月さん!?」


 五月はしっかりと朝日の手を握る。

 なんだか頭がオーバーヒートしている気がするが、気のせいだろう。

 ちょっと抱き寄せてみたりもしてみる。うふふ。

「ちょっと五月さん? ど、どうかしたの?」

「いえいえ、どうもしていませんわ。朝日様!」

 五月の脳内お花畑は満開状態。

 ああ、きっとこれから、二人の素晴らしい生活が幕を開けるのだ。

 

「そうですわね。子供は三人は欲しいですわ……朝日様には少し頑張っていただかないと、ですわね。もちろん、二人で楽しむ方の夜もうへへへ――」

 ――バチンッ!

 後方で、何かが弾けるような音が聞こえた瞬間。

「ふぎゃっ!?」


 五月の後頭部に衝撃が走った。


「いっ、痛い! なっ、なんですのっ!? あれっ? あ、朝日様……?」


 その衝撃で、自分りせいを取りもどすことができた。危ない危ない。

 ……それにしても、なんだったのか? キョロキョロと周りを見渡すが、それらしきものは見当たらない。


 ――五月は気づいていないが、後方のシートで深夜子が右手首を左手で握り、何かを指で弾いたような格好をしている。


「寝待流指弾術――『飛椚とびくぬぎ』」

「すげ、ポップコーンでこの威力かよ? 相変わらず器用だな」


 余談だが、深夜子の実家は古武術道場だったりする。

 今のところ、不本意にも活躍する場がなかっただけで、梅同様、武闘派SランクMapsの名は伊達ではないのだ。


「ま、これで都度対応」


 結局、映画の上映時間中、暴走しかける度に深夜子から発射されるポップコーンで、後頭部を弾かれ続ける五月だった。

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