第23話 交錯するそれぞれの思惑

 ――三日前。


 武蔵区の湾岸線沿いに、海土路みどろ造船の本社はある。

 造船会社らしく複数の港を所有しており、広大な敷地に造船所二棟ふたむね、十階建ての本社ビルが建っている。

 その本社ビルのワンフロアが、民間男性警護会社タクティクスの事務所として貸し出されていた。

 だだいま事務所内の会議室で、万里、花美、月美、他数名のメンバーが集まって、ミーティングの最中である。


「それで、一回目の話し合い場所はここに決まったのですよ」


 会場である春日湊の料亭ホームページ。月美がノートパソコンを通じてモニターに表示させ、説明をしている。


「ふむ。やはり男性特区から出るのは嫌ったでござるか。して、妹者いもじゃ。五月雨氏以外・・のMaps情報は取れたてござるか?」

「……それがですよ。Maps個人データはセキュリティガードが固すぎて無理だったですよ。役に立たないものしか抜けなかったのですよ」


 そうぼやきながら、月美は三枚の印刷物を机の上にひろげた。

 深夜子たちのMaps個人データなのだが、穴あきだったり、黒塗りだったりとまだら模様だ。

 万里たちが手に取ってながめるも、一部の文字が読める程度で、得られるものは何も無い。


 これは無論、五月の仕業である。

 すでに深夜子たちの個人データには強固なセキュリティが掛けてあり、仮にガードを抜けたとしても、その先にあるのは使えないダミーデータと言う万全ぶりだ。


「ふぅん。まあ、チームリーダーはもちろんお嬢様だろうからねぇ……あのオチビちゃんに目つきの悪いお嬢さん。二人がBかCランクってところさね」


 万里は元Mapsの知識から、通常のチーム構成を基準に深夜子たちのランクを想像する。

 二人が揃いも揃って武闘派Sランクであるなど、夢にも思っていない。


 それもそのはず。

 学生時代はともかく、深夜子と梅はMapsとして配属されてからの実績がほとんど無い。

 梅は僻地レベルの地方勤務、深夜子に至っては実績ゼロ。担当地域外での知名度は皆無に等しかった。

 なんせ五月ですら、初めて彼女らのデータを見た時に自分の目を疑ったレベルだ。


「それで、万里氏? 今回の獲物も釣りだし・・・・をかけるでござるか?」

「そりゃあもちろんさぁ、久々に楽しめそうな獲物Mapsじゃな~い。何より餌が無きゃねぇ~、こっちに遊びにゃ来てくれないだろう?」


 万里はニヤリと花美へ視線を返す。『釣りだし』はタクティクスに雇われてからよく使っている。

 春日湊をはじめとする男性特区では制限が多い。

 あまり派手に動けば、すぐにアウトだ。

 かと言って、話し合い場所をホームである海土路造船近くに指定したとろで、ノコノコやって来るバカもそうはいない。

 まずは不意討ちを仕掛け、相手から人質を取る。誘い出すのはそれからだ。


「ふむ。相手はたかが三人……ちっと気の毒な気もするでござるのう」

「花美、あんまMapsを舐めない方がいいよぉ。特にお嬢様はAランクトップ。頭も切れるし、厄介だからねぇ~。それにスピード感も大事さぁ、話が長引きゃ増援もありえるって訳じゃない? ま、どの道オチビちゃんを餌に誘い出したらこっちのものさね……あたいがじっくりと潰してやるよぉ」


 万里は役に立たない情報が記された紙をくしゃりと握り潰し、これからを想像してニタリとした笑みをこぼす。


「万里ねえ! あ、の、チビ猫は絶対に、ぜーーーったいに月美が泣かしてやるのですよ!!」

 

 月美はやたらと鼻息が荒い。壁に背もたれて、飄々ひょうひょうとしている花美とは対照的だ。


「そりゃあ好きにしなぁ。あたいの獲物はお嬢様だけさぁ――ああ、花美。じゃあ、あの目つきの悪いお嬢さんの相手は頼めるかい?」

「うむ、問題ない。あの女の身のこなしは中々のもんでござった。これはこれで楽しみにござる!」

「ふん! あいつはタダの変態なのですよっ!」


 それぞれが自分の獲物ターゲットを確認したところで、他のメンバーに万里が目線を向ける。


「じゃあ、最初はお前らに任せるよぉ。腕の立つ連中を四、五人は連れて行きなぁ! それから、あの五月雨のお嬢様にゃあ気をつけるんだよ。まあ、美人さんのガードで動けやしないだろうけどねぇ。で、オチビちゃんを捕まえたら、いつもの場所に拉致っときなぁ。坊ちゃんも楽しみにしてたじゃな~い」

「「「うっす、万里さん。了解しやした!!」」」


◇◆◇


 時を同じくして、こちらは朝日家。

 恒例のMapsリビングミーティングが進行していた。


「――と言うわけで、相手は十中八九じゅっちゅうはっく深夜子さんか大和さん、どちらか一人に狙いを定めてきますわ」

「はっ、俺らが獲物ねぇ……んで、五月。お前こんなことまで予想してたのかよ?」


 梅が聞いているのは健康診断当日の件。

 五月は朝日が目立つ要素を減らすためと、会場では二人にMapsのランク開示を控え、極力目立たないようにと指示をかけていた。

 リーダーは深夜子さんですけどね!


「いえ。あれはチーム構成で朝日様が注目されることが無いようにとのお願いで、今回の件に対しては結果論ですわ」

「んー。相手が油断するのはラッキー」

「ですわね。でも、情けない話ですが、わたくしでは万里さんに対抗できませんの。今回はお二人に危険な役割を押しつけてしまい……申し訳ありませんわ」


 五月としては心苦しい。

 普通に考えれば、相手は三十人近い大人数。さらにその内一名は元SランクMaps。

 忍者の末裔と噂される流石寺姉妹も、調べたところAランクMapsに匹敵する戦闘能力の持ち主であることは明白。

 そんな連中にたった一人で拉致された上、闘いを挑むなど正気の沙汰とは思えない。


「無問題、あたし肉体労働派。ぶっちゃけ余裕」

「ま、そう言うこった。俺か深夜子をわざわざアジトまで案内してくれたあげくに正当防衛成立だろ。もうサービス満点じゃねーかよ? 最高だな、おい。へへへっ」


 ところが、当の本人たちはこの反応。

 まるでピクニックに行くのと大差ない。そう言わんばかりのご機嫌ぶり。

 いや、確かに先日本部の矢地に相談したところ――。

『それは一向に構わん。深夜子アホでもばかでもお釣がくる。ただし! (相手側に)死人は出すなよ。絶対にだ。いいな!』

 ――信じがたい回答が返ってきた。

 援護要請のつもりで事情説明したはずだったのだが……。


「あっ、ええ……そう、でしたわね……。それではお二人にお任せをしますわ。朝日様の為にも、しっかりと一網打尽いちもうだじんにしてくださいませ」


 なんだかなー。


◇◆◇


 そして、場面は激突寸前の料亭駐車場へと戻る。


 ちょうど梅はタクティクスの制服に身を包んだ体格の良い女性四人に囲まれていた。

 その中でリーダー格と思われる者が、ニヤニヤとした表情で話しかけてくる。


「いよう、オチビちゃん。久しぶりだなあ。悪いんだけど、あたしたちといっしょに来てもらうぜ」


 傍目はためには、成人女性四人が少女を取り囲んでいる状況にしか見えない。

 すぐ横には、梅を連れ去るためのワンボックスカーが到着。後部座席の扉を全開にして準備万端。


「おらおら、痛い目見たくなけりゃ大人しくしときな!」


 四人の余裕ぶった態度に多少イラッとしてしまう梅。

 無論、その気になればこの四人程度は瞬殺で返り討ち可能だ。

 しかし、こちらにも五月が立案した作戦がある。

 とても不本意だが、上手く相手に捕らえられなければ・・・・・・・・・ならない場面。

 囲まれて、じりじりと追い詰められて、頭の中で五月の指示を思い出す。

 それから――梅はそれっぽい雰囲気を出して、相手をにらみつけた。


「おっ、おまえらあー、これはいったいー、なんのつもりだあー」

 

 棒読み!! 梅、演技は苦手であった。


 それを合図に続いては深夜子の番。

 朝日の警護を優先せざるを得ないため、相手を牽制しつつ、梅を気遣いながら運転席へと急ぐ(設定の)場面だ。


「グッ、ルベディアンディナディヲスドゥ!? ディボ、アザァビィグンヲバボラベバ(くっ、梅ちゃんに何をする!? でも、朝日君を護らねば)」


 論外!! 圧倒的論外!!


 車のウィンドウからゴンッと音がした。

 大根どころですまない役者二人の醜態に、五月が頭をぶつけて悶絶している。

 その一方で、作戦の詳細を知らされていない朝日。

 ウィンドウ越しに囲まれている梅を見て、顔から血の気が引いていく。


「う、梅ちゃん……?」

「あつつ……みっ、深夜子さん! 朝日様の安全確保が最優先ですわっ、車を出して下さいませっ!」

「らじゃ」

「えっ!?」


 五月の呼びかけで、運転席に深夜子が乗り込み、流れる様にエンジンを始動させた。

 そのまま一気にアクセルを踏み込み、急発進をかける。

 ホイールスピンによる白煙を撒き散らし、アスファルトとの摩擦音を響かせ、猛スピードで駐車場を後にする。


 ――加速する車のウィンドウ越しに見えるのは、数人に痛めつけられ、乱暴にワンボックスカーに詰め込まれる梅。


「うわあああああああっ! う、梅ちゃん? 梅ちゃんが……やだ、やだよ。やめてよっ!! ねえ、五月さん! 深夜子さん! 梅ちゃんを、梅ちゃんを助けてよ。どうして? 車を止めてっ、はやく戻して! ねえ――――」


 悪夢のような光景に、朝日は頭の中が真っ白になった。

 梅を助けて欲しいと懇願するが、五月も深夜子も固まっている。

 なぜ? どうして!? 混乱は加速する。


「朝日様っ、落ち着いてくださいませっ!」

 

 まさか朝日がここまでの反応をすると思っていなかった五月たち、一瞬固まってしまったが、落ち着かせるために抱きしめる。


「大丈夫ですわっ! これは、作戦ですから、大丈夫なので落ち着いてくださいませ」

「そう。朝日君、わざとだよ」

「――そんな、僕のせいだ。梅ちゃんが……梅ちゃんが……連れてかれちゃう……あ、ああっ、ひぐっ……ううっ、誰か……誰か助け……作戦? ええっ?」


 そこから約三十分。

 作戦を教えて貰えなかったことにヘソを曲げた朝日を、ひたすらなだめ続ける五月たちであった。


 ――そうこうしている間に、車は次の目的地へと到着する。

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