第20話 朝日と主の衝突

 ――主から命令を受けた月美は、情報収集のため、男性用待合室があるフロアへとやってきた。


「はあ……主様はかっこよくて素敵だけど、人使いが荒いのですよー。ぶーなのですよー」


 ぶちぶちと愚痴りながら、移動中に買ったパック牛乳のストローを口にくわえる。

 まずは待合室にいるであろうタクティクスメンバーたちの聞き取りから――と思いきや、まさかの即ビンゴ。

 メンバーのうち数人がしっかりとくだんの記録保持者を見学済み。

 しかも、鼻息荒く、懇切丁寧こんせつていねいに、説明をしてくれた。


 体力測定会場は検診と違って、付き添いの警護官以外も出入り可能なので話題沸騰だったとのこと。

 そのメンバーも話を聞きつけ、見学に行ったクチであった。


「ええ、それはもう神崎朝日は凄かったです。まるで天使の様に愛らしいお顔! 花よりも可憐で素敵な笑顔! そんな繊細ではかなげな美しさをお持ちなのに、50メートルを走る姿はとても凛々しくて力強く、まるでサラブレッド! 背筋力をお測りなる時の、あの悩ましくも情欲的な掛け声……はぁ……会場では失神者も続出だったんですよ。それも当然ですよね。なぜなら神崎様は――」

「ちょっと何言ってるかわからないですよ」


 その神崎朝日様とやらは、あちこちでファンしんじゃを獲得した模様である。

 メンバーたちは、まるで神話に出てくる美の男神でも見てきたかの口調。目はハートマーク。頬を紅潮させ、恋する乙女がごとき興奮状態だ。

 こいつら……本当に屈指の武闘派で知られるタクティクスうちのメンバーだったっけ?

 力説を続ける彼女らに、冷たい視線をジトッと送る月美だった。


「あー、はいはい。もうわかったですよ。充分ですよ。それで、その神崎さんはどこの待合室にいるですよ?」

「はい。十番ルームで、たくさん男性方に囲まれていましたよ。やたら目つきの悪いMapsが一人、やたらベタベタ神崎様にまとわりついてるんで、ひと目でわかりますよ。あのクソ女、ちょっと神崎様の担当だと思ってやたら調子コキやがって……」

「その情報やたら私怨が混ざってるですよ」


 その後もしつこく話が終わらないメンバーを雑にあしらって、月美はさっさと待合室をでる。

 目的は話題の本人が滞在する待合室だ。月美は足取りを早めた。



 ――目的地へ到着。


 待合室に入ってから中を見渡す……確かに、数人の男性が部屋の左隅に集まって歓談している。

 きっとあの集団だ。

 月美は抜き足でこっそり近づいき、聞き耳をたてる。

 グループの中心にいる男性が、やたら賞賛され話題にされているようだ。なるほど、彼が噂の『神崎様』なのだろう。

 するすると警護官たちの間を抜け、”彼”が見える位置まで移動した。そして――。


「はああああああっ!?」

 ビシィッ! 分厚いメガネのレンズにヒビでも入ったかの衝撃。

 飲みかけのパック牛乳は左手からするりと抜け落ち、床に転がる。

「……なっ、なっ……なん、なのですよ……アレ? お、おとぎ話に出てくる王子様? ……なの……ですよ」

 創作でしか見たことのない美形。これは自分の目がおかしくなったのか?

 メガネをはずして瞳をこする。身体はかなしばりにでもあったかのようだ。


 ――ちなみに髪型などはアレだが、メガネをはずせば姉とは違って可愛い系美少女だったりする月美である。


 それはさておき。なんとか気を取り直して、月美は待合室を後にする。

 その足であちらこちらに聞き取り調査をした結果、恐ろしいことに記録は全て事実。

 さらには十一番ルート壊滅事件も浮上。

 独自の情報網も駆使して、彼が特殊保護対象男性であること。それから外国人であることはわかった。


 だが、それ以上の情報は恐ろしいほどにガードが堅く、調べ切れない。

 どちらにしても、素直に報告したところで、信じてもらえる気がまったくしない調査結果……。

 朝日のあまりもにあまりなハイスペックさに、月美はロビーで一人頭を抱えてしまう。


「こ、こここ、これは困ったですよ。記録もほんとにほんとだったですし……いったい何者ですよ、あの超絶素敵王子様は? めちゃかわいかったですよ……ふへへ……うふふ……っ!? ――おっと、いかんいかんですよ。月美は主様一筋なのですよ。でも……コレ……どうやって報告するですよおおおおお」


 とにかく、できるだけオブラートに包んで主へ報告しよう。

 でも、あのとんでも情報をどうやってオブラートに?

 頭痛を覚えながらトボトボと歩く月美であった。


◇◆◇


 ――それから少々時間は経過する。


 一方で朝日たちは、待合室からロビーへと退避していた。


「んんんんんんっ……つ、疲れたぁ」

「うん。朝日君お疲れ様」


 朝日はぐっと伸びをする。待合室で顔をあわせた男性たちは、思いのほか好意的だった。

 しかし、とにかく質問攻め。

 どこから来たのかに始まって、家族構成、好きな食べ物、趣味、と定番どころはことごとくである。


「こんなにしゃべったのいつ以来かな……はは」

「でも、朝日君。うまくおはなしできてたよ」


 とにかく朝日は愛想よく、そして無難な身の上話に終始した。

 その甲斐あってか、数人とはメールアドレスの交換をする程度に仲良くなれた。


「それにしても途中のあれ・・はびっくりしたな……なんかすごい雰囲気だったもん」


 というのは、ある男性が朝日の好きな男性・・・・・のタイプを質問してきた時だ。

 まあ、どこの世界でもたまにある話だが、この世界ではワケが違った。主に女性たちの反応が。

 ――くだんの質問がされた瞬間。

 それまできっちりと仕事をこなし、静かだった周りの警護官じょせいがガタタッっと一斉に起立『はなしは聞かせて貰った! それは聞き捨てなりませんな詳しく!!』的猛烈な視線が朝日へと集中。

 ぶっちゃけドン引きだった。


「こほん……で、朝日君。実際のところは?」

「えーと、それは――って、ちょっと!? うっ、しかも深夜子さんなんでメモ出してるの?」

「ふっ、もちろん妄想の――」

 ジトッ、と朝日は少し冷たい目線を向けてみる。

「ナンデモアリマセヌ」


 うーん、この世界では百合的なアレになるのか? 苦笑するしかない朝日。

 そんな不健全なテーマは別にして、最大の話題になったのは、やはり自分の体力測定結果についてだ。

 これの言い訳には苦労した。


「特別身体を鍛えてるわけじゃ無いんだけどね」

「あれは誤算。朝日君の体力とか筋力とか初めて知った。これは今度家でじっくりゆっくりねっとりべったり身体を隅々まで調べるべき。あたしと二人きりで」

「いや、今日もう全部調べたでしょ」

「くっ!」


 堂々とセクハラ宣言する深夜子をさらりとかわしたところで、朝日はふと気づく。

 軽いトラブルはあったものの、健康診断はもう終了している。

 事前の打ち合わせでは、すでに五月と梅が合流しているはずなのだが……。


「あれ? まだ、五月さんと梅ちゃん戻って来ないね」

「ん、そう言えば。うーん、これはちょっと時間かかりすぎ。メールしてみ――」


 では連絡を取ろうと、深夜子がスマホを取り出したその時。


「やあ、キミが神崎朝日クンだね。ちょっとボクと話をさせて貰えないかな?」


 背後から男性の声。

 朝日たちが振り返った先には、花美、月美を先頭に、タクティクスメンバーを十名ほど連れている海土路主たちが立っていた。


「やあ、はじめまして」


 花美と月美の間を通り抜け、髪をかきあげながら余裕ぶった態度と口調で、主が朝日の前へと出てくる。


「!? へ、へぇ……なるほど。あながち噂も……大げさって訳じゃなかったようだね」

 ――がくっ。

「外国人、とは聞いていたけど……これはボクも驚いたよ」

 少しオーバーアクション気味な手ぶりをみせつつ腕を組む。

 ――ずるっ。

「ふん、その身体つきなら……なるほどあの記録も――」

 ――ずるりっ。

「……のう、主殿。足腰が立っておらぬでござるぞ?」


 ふんぞり返った体勢での強気なしゃべりとは対象的に、驚きと動揺からか……体はうしろへ倒れ込む寸前で花美に支えられていた。


「う、うるさいぞ花美! こ、これはアレだ。体力測定の疲れがでたんだ」


 なんとなく面倒そうな人たちだな……が朝日の感想。そうは言っても、無視をするのもまずいだろうと考える。


「え、えーと……あの――」


 とりあえずは笑顔をつくって、恐る恐る声をかけてみる。

 ――が、その途中で体勢を戻した主に話をさえぎられた。


「おっと、すまないね。ボクはこんな所で立ち話をするつもりは無いんだ。さあ、神崎クン。待合室にでも入ろうじゃないか。――おいっ、誰か飲み物を買ってこい!」


 こちらの意向確認など無し。主が強引に待合室への移動をすすめてきた。

 押しの強さに一瞬迷ってしまったが、ここは深夜子に確認するべき場面だろう。

 朝日は視線でうかがいをたてる。すると、深夜子は無言でうなずき返してきた。


 様子見との判断に、あとを追って待合室へ入る。

 すると、先ほどまで話をしていた男性たちが、主たちの登場に気づき、それとなく距離を取りはじめる。

 いっしょにいる自分を意識はしてくれているようだが、『触らぬ神に祟り無し』なのだろうと朝日は理解した。


 そんな周りを歯牙にもかけず、主は王様的態度で警護官たちを引き連れ奥へと進む。

 広めのテーブルを見つけると、備え付けのソファーにドカッと腰をおろした。

 その両横に花美と月美が、後ろ側には残りのメンバーがずらりと整列する。

 朝日が向かい側のソファーに座ると、深夜子がかばうように左前側に立った。


 お互いが座って一呼吸。

 ソファーにドンと背もたれて、両手を肘掛ひじかけに乗せた主が、大仰な態度で切りだした。


「やあ、さっきは急に声をかけてすまなかったね。神崎クン――」

(か、神崎様! あの神崎様がこんなにお近くに!)

「実はちょっとキミの噂を耳にはさんでね――」

(ヤバい。マジヤバい。近くで見ると超ヤバい)

「キミの体力測定記録。なんでも相当に凄かったらしいじゃないか――」

(濡れる。見てるだけでマジ濡れる)

「ま、だからと言う訳じゃないけれど、是非ともボクが作ってるグループ・・・・に入らないかと――」

(あ゛ぁ~、神崎様に心がぴょんぴょんするんじゃぁ~)


「うるさいぞおおおおっ! おまえらあああああっ! ボクの後ろでボソボソと気持ち悪い話をするなあああああっ!!」


 どうやら朝日のファンしんじゃも何人か来ていたようである。

 デレデレとした表情を見せていたメンバー数人が、主に怒鳴られ、あわてて姿勢をただす。


「クソッ、まったくこいつら……誰に雇われてると思ってるんだ……」


 不満気に主がブツブツと呟く。

 その横で、無関心を装いつつ花美と月美の視線もチラチラと朝日の顔へ、主に気づかれそうになる度に目を逸らしている。

 やはり美少年には興味津々のようだ。


「おっと失礼、自己紹介がまだだったね。ボクは海土路主。うちはママが造船業を経営していてね。海土路造船って聞いたことあるかな? いやね、国内シェア二位の小さな・・・造船会社さ、ハハハ。ま、それはともかく。実はボクが主催している男性コミュニティグループがあって――――ああ、もちろんメンバーだって凄いよ! みんな有名企業の社長や、政治家、それに名家の息子なんだ。おっと本題がずれたね。本来なら、特になんでもないキミを入れることはないんだけど、今回は特別にボクの目に留まったってことで、直々にスカウトに来たってことなのさ! どうだい、ラッキーな話だろう?」

「へ、へぇ……」


 あっ、そうなんですか。

 朝日にとっては理解ができない上、興味もない話であった。

 むしろ、日本の某国民的猫型ロボットアニメの金持ちキャラが『実はボクのパパがね――』から始まる自慢話をしている場面を見ているかのごとき気分。

 なんとなく理解できたのは、あやしげな男性コミュニティなるサークル勧誘?

 首をかしげていると、深夜子が間に入ってきた。


「ちょっと待って! 朝日君は特殊保護男性。外国人扱いだからそういうのは――」

「おい、なんだオマエ。ボクは女なんかに話しかけて無いぞ! ふん……Mapsか、いちいち面倒臭い連中だね。キミらにそんな権限はないだろ。邪魔しないでくれ」


 聞く耳持たず。主が不愉快そうな口調で言い放った。

 この強気な反応に深夜子も困り顔だ。

 いかにMapsであろうとも、男性相手では権限は恐ろしく制限されると、朝日も聞いたことがあった。

 深夜子は役にたてず申し訳ない、と言いたげな視線を向けて、再び自分の横に下がる。

 

「気にしないで、深夜子さん。大丈夫だから」


 まずは深夜子を気遣う。そして、朝日にとってはどうでもいいお誘いだ。

 何よりも、主の女性に……いや、深夜子に対するぞんざいな態度。あまり好意的な感情はわいてこない。

 ここは無難に断ろう――これが結論であった。


 さて、どう断ったものかと朝日が悩んでいる間にも、主はせっせとスカウトアピールを続けてくる。

 さらには――。


「どうしたんだい? 悩む必要なんてないだろう。さあ、ボクのグループ『主星十字会グランドクロス』へ入会させてあげるよ!」

「「!?」」


 痛恨のグループ名だった。


「グラッ!? ぶふっ――うっく!」

「ちょっ、ちょっと!? 深夜子さんダメだよ……うぷっ……わ、笑っちゃ……ふぐっ」


 ネーミングセンスが見事にど真ん中ストライク。朝日は腹筋に力を入れて耐える。

 深夜子に至っては顔を真っ赤にし、吹き出す寸前で必死にこらえている。

 その反応に、主がキッと深夜子へ怒りの視線を向けた――が、笑いを耐える深夜子の目つきは、人を殺しそうな勢いのソレだ。

 目を合わせた瞬間に、主は「ヒエッ」と怯えた声を出して、視線を反らしていた。セーフ。


 で、誰か止めてやれなかったの? 朝日は月美たちに気の毒そうな視線を送る。

 すると、全員が一斉に目をそむけた。

 ……このネーミング、誰も止めれられなかったんですね。わかります。


「あっ、その、ごめんなさい。えーと、せっかく誘って貰って申し訳ないけど……僕はいい・・かな?」

 とりあえず、語尾を濁して断ってみる。 

「ふふん、そうだろう。いい・・に決まってるよね! なんせボクの…………えっ!?」

「えっ?」

「「…………」」


 断られる。主はそんな結果を全く想定していなかったのだろう。

 鳩が豆鉄砲を食らった顔とはこうあるべき、と言わんばかりの表情になった。

 しばらくそのまま停止していたが、何かにハッとしたかのように再び動き出す。


「ふぅ……ちょっと……ボクとしたことが、聞き間違え・・・・・をしてしまったようだね。神崎クン。今のはもちろんボクのグループに入りたいって意味のいい・・ってことだよね? ね!」

「あー、えーと。結構ですって意味のいい・・です。ほんと、ごめんね」


 今度はバッサリ。

 深夜子はこっそり右手を朝日に向けてサムズアップ。グッジョブ!


「んなっ、なななななぁ!? ボッ、ボクのっ、ボクのおっ――――うぐっ!?」

「ふわあああっ、主様!? き、気を確かにですよぉーーっ!!」


 あまりに衝撃を受けたのか、主は呼吸困難になるほどの狼狽うろたえてぶりだった。

 月美があわてて背中をさする。


「けほっ……ふおっ……はほっ……ふひゅう。ふ、ふふふ――――ちょ、ちょ、ちょぉーっと神崎クンにはコレ・・がどれだけラッキーなことか、理解できない感じかな? はは、ははははは」


 呼吸を整えた主は、引きつった笑顔でしつこく勧誘を続けてくる。

 どうやら、朝日が本気で拒否していることを理解できないらしい。

 ついには、とんでもないことを口ばしりはじめた。


「あっ、そうだ! よし、じゃあ、こうしよう。キミも男性保護省に管理されて肩身がせまいだろう? そこでさ! ボクがママに頼んで自由に――」

「ストップ! 男性でもそういうのはダメ。国の指定は絶対」


 これはアウトだろう、朝日にでもわかる。

 間髪いれずに深夜子から指摘も入った。

 いかに男性であろうと、法を曲げることを宣言するのは許されない。ともつけ加える。

 だが、その注意に対して主が怒りの表情を見せた。


「はぁあああああっ!? オマエはさっきから本当にしつこいよな。Maps程度の分際でボクに指示をするなよ。神崎クン。こんなめんどくさいMapsなんて使わずに済むようにさ、ボクがママに頼んで優秀な警護官を探してあげるよ。もちろん! こんな目つきが悪くて気持ち悪い女じゃなく――」

「ちょっと待って!」

 聞き逃せない言葉。朝日は語気を強めて割り込んだ。

「僕はそんな紹介なんかいらないよ。それよりも……海土路君。今、深夜子さんに酷いことを言ったの謝って貰えないかな?」

「「「!?」」」

「うえっ!? ちょっと、あ、朝日君!?」


 ――深夜子を筆頭に、タクティクスメンバーたちにも緊張が走る。


 今度は主が朝日の地雷を踏んでしまった。

 女性、特に警護官に対する二人の感覚はあまりに溝が大きい。

 一気にあやしくなった雲行きに、深夜子は焦りを覚える。


「なっ、なっ、なんだと!? えらそうにっ、だ、誰に向かって言ってるか、わかっているのか? よりにもよって女なんかに謝れだって! た、体力測定でちょっといい記録出したからって調子に乗るなよ!?」

「主様! そ、そんなに怒らないですよ。身体に悪いですよ」


 すぐさま月美が主の腕にからみついて、落ち着かせようとなだめる。

 深夜子も同様に朝日の腕に――しかし、すでに朝日もヒートアップ。

 そのまま二人の口論へと発展していくのだった。


◇◆◇


 しばし、待合室は騒然とする。


 朝日、主の関係者以外は巻き添えを恐れて退室。

 渦中では深夜子が朝日に、花美と月美が主に、多少強引にまとわりついて落ち着かせようとする。

 とにかく、男性同士のトラブルは非常にまずい。

 深夜子たちの必死の努力で、なんとか口論はおさまった。

 と言っても、気まずい沈黙と空気が場を支配している……その時。


「あ、あのぉ……主様。ジュースを、買って来ましたぁ……」


 ちょうど部屋に入る前、お使いへ行った女性が戻ってきた。

 黒髪のショートカット。目は前髪で隠れ、おどおどした態度でやたら気が弱そうな印象だ。

 武闘派揃いと呼ばれるタクティクスメンバーとは思えない。


 急いで戻って来たらしく、肩で息をしている。

 彼女がいそいそとテーブル近くに進み出たところで、朝日と目が合った。

 朝日は、自分のお使いではないにしても、ご苦労様でした的意味合いで軽く微笑んで会釈をする。


「えっ!? ふっ、ふええええええぇっ、かかか神崎様ぁ!?」


 彼女は驚きの声をあげると固まってしまった。

 そう、朝日は知るよしもないが、体力測定を見学してファンになったメンバーの一人である。

 ほほを真っ赤にして、呆然とした表情。さらには手からジュース缶が抜け落ちて床へと転がる。


「あっ、ふええっ、ジュースが……ご、ごめんなさい! ごめんなさいぃ」


 ごめんなさいを連呼しながら、床に這いつくばって缶ジュースを拾い集める。

 突然の卑屈な行動と態度に朝日が困惑していると、不機嫌な顔をした主が、ツカツカと彼女へ近づいていった。


「あ……主様ぁ、すっ、すすすみません。お待たせして、ご、ごめんなさい」

「ちっ、ふざけるなよオマエ! 相変わらずグズだな!」


 主が声を張り上げて罵る。『相変わらず』という言葉、どうやらそういう評価・・・・・・のメンバーなのだろう。

 まわりのメンバーたちの視線も冷たい。

 イライラが収まらない様子の主が、彼女の手から缶ジュースを乱暴に取り上げ――。


「オマエ、ほんとバカなの? 床に落ちた缶ジュースをボクに渡すつもり? こんなの飲めるわけないだろ!」


 彼女の顔めがけて、中身の入った缶を投げつけた。


「あうっ!?」


 ゴツンと鈍い音が鳴る。

 彼女の額に当たった缶が宙を舞い。ゴトン、と再び床にへ転がり落ちた。


「ごっ、ごごご、ごめんなさいっ! ごめんなさいぃっ! えと……すぐに、新しいのを買ってきますぅ」


 額から血がにじむ。それは少しづつ下へと伝って、赤い線を描き始める。

 にも関わらず、彼女は額に、顔に傷ができたことなど関係無しに平謝りだ。


 女性の顔にキズが、あまりの出来事に朝日は呆然と立ち尽くす。

 かろうじて、その場にいる深夜子や他の警護官たちに目をやるも、彼女を見つめる眼差しには憐れみも同情も感じられなかった。

 まるで、さほど特別な場面ではないと言わんばかりだった。


 ――実際、深夜子たちにとってはよくある話だ。

 御曹司など、裕福な家庭の男子を担当する警護官であれば、普通に起こり得る。

 いやらしい話。こういった役目・・・・・・・は、彼女のような、立場の低いものに割り振られてしまう。

 悲しい事実ではあるが、これがこの世界の女性たちの感覚だ。


 しかし、朝日の目にはどう映っただろうか? どう感じただろうか?

 それは即座に行動に反映された。


「海土路君!! 君は……君はっ、どうしてこんな酷いことをするんだよっ!?」


 先ほどまでとは比べ物にならない怒りが朝日を支配する。

 我慢できずに感情が爆発する。思わず声を荒げてしまった。

 すぐ側で、深夜子が驚きに目を見開いて息を飲んでいる。

 

 もちろん主にとっても、まさに驚愕。

 例え同性であろうと、面と向かって怒鳴られた経験など皆無。何を言われたかすら理解が追いつかない。

 ただ唖然と朝日を見つめるだけで精一杯である。


「ちょっと、そこをどいてよ! その女性ひと怪我しているでしょ!」

「え? ――――――はわっ!?」


 朝日は怪我をした彼女を介抱するために、目の前にいる主の肩を掴んで払いのけた。

 そう、払いのけた・・・・・だけだ。

 大して力を入れたつもりでも、突き飛ばすつもりでもなかった。


「はぐぅ!?」

「おっと、主殿。大丈夫でござるか?」


 しかし、主は朝日の腕力に耐え切れない。

 バランスを崩し、転倒する寸でのところで、花美に抱きとめられる。 


「うわあっ、はっ? えっ? なっ?」


 あまりの衝撃に混乱する主。月美に、他のメンバーたちも、この想定外どころではない光景に凍りつく。


「……ボ、ボクを、ボクを突き飛ばした? このボクに暴力・・を振るった?」


 朝日と主。

 二人の体力差が、悪夢のようなトラブルを招き入れようとしていた。

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