第3章 男事不介入案件 闘え!男性保護特務警護官
第17話 不安と邂逅
――深夜子が華麗なる勘違いを披露していた当日の深夜。
五月が自室でパソコンのキーボードをせわしく鳴らしていた。
いつもとは違い、個人のタブレットをパソコンにつないである上、他にも通信機らしき物が
複雑なプログラムの文字列と、多数のウィンドウ画面が、五月のメガネに流れるように写し出されている。
「ふぅ……これで接続完了」
しばらくの後。五月はため息を吐き出すと同時に、キーボードを叩く指を止めた。
「なかなかに手こずりましたわね……それでは――」
朝日の健康診断に際し、五月は精液提出の件ではなく別の不安を抱えていた。
それはこの世界にあって朝日に無いある一つの常識。
『待合室会議』
普段は外出することが少ないこの世界の男性たちではあるが、
数少ない男性が一斉に顔を会わせる健康診断の場。そこで形成される独特な
つまり、朝日は今回の健康診断で、男性社会デビューすることになるのだ。
「――ありましたわ。武蔵区の男性コミュニティ調査データ。それにしてもさすがに厳しいセキュリティですこと……あまり長時間の接続は危険ですわね」
ふっと軽く息を吐き、五月は再びキーボードを叩き始める。
男性健康診断は、国内に数ヶ所存在する国立男性総合医療センターで行われる。
朝日の受診指定機関は、曙区に隣接している武蔵区の医療センターとなっていた。
さて――、と五月は必要なデータを見繕い。素早くコピーを始めた。
――それから一週間が経過して、健康診断の前日。
Mapsリビングルームでは、恒例となったミーティングが行われている。
「やはり
「いくら
五月が落胆しているのは、朝日が健康診断を受ける場所の変更申請が却下されたからである。
思うところがあり、遠く離れた別地区の医療センターへ変更を申し込んでいた。
「……まあ、そうなりますわよね」
「しっかし、なんでまた武蔵区だとマズいんだ? そもそもお前、元
勝手知ったる所をあえて変更する意味がわからない。と言いたげに梅が顔をしかめた。
深夜子も似たような感想を口にしている。
「その……武蔵区は多いんですの」
「「何が?」」
「いわゆる、お坊ちゃまのグループですわ」
「はあ? お坊ちゃまだあ?」
「
この曙区は行政機関の中央官庁が集まっている都市。そして、武蔵区は自分の実家である五月雨ホールディングスを始め、国内の名だたる企業が密集している地域だ。
必然的に企業の役員や幹部、官庁の重役などが多数住居を構えている。
「そう言ったグループのトラブルに巻き込まれなければ……と思うのですわ」
五月は武蔵区担当の経験で知っていた。
上流家庭に産まれた男子たちは、その育ちから非常に気位が高い者が多い。
そういった者たちを中心としたグループ内では、俗に言う
当然くだらない理由での小競り合いも発生する。
お互いの警護官同士を競わせたりなど日常茶飯事。男性同士の直接的なもめ事とまでは行かなくとも、トラブルは当たり前のように起きていた。
「なあ、五月。そりゃあちょっと心配しすぎってもんじゃねえのか?」
「うん。あたしと梅ちゃんがついてる。問題ない」
心配無用。軽く流してくる深夜子と梅。
しかし、深夜子はそもそも経験不足、梅は元地方勤務。五月はそこに若干の不安を覚える。
「まあ、たくさんの殿方がいらっしゃいますし……必ず問題のあるグループに鉢合わせるとも限りませんわ……よね……」
自分を言いくるめるように呟く。
五月にとっての懸念は大型男性コミュニティ、そのヒエラルキーのトップに立つ者たちと朝日が出会うことだ。
朝日の外見、性格、何よりも隔絶している女性への感覚、常識……どうにも嫌な予感が
――そして、迎える朝日の健康診断当日。残念ながら五月の
「ここが男性総合医療センター!? うわぁ……凄い規模だね」
「噂にゃ聞いてたけどよ……こりゃ半端ねえ広さだな」
車内から周りを見渡して、朝日と梅が
小規模の団地に匹敵するであろう広さ敷地に、何棟もの高層ビルが建ち並ぶ。
これ全てが男性向け医療施設なのだ。確かにとんでもない規模である。
「大和さん。武蔵区の男性医療センターは国内最大ですわ。そもそも曙区と武蔵区内に、どれだけの殿方がいらっしゃると思ってますの」
「現在三万二千六百三十八人」
全く答える気のない梅をよそに、さらりと深夜子が回答をする。
「あら? さすがに深夜子さんはこういった情報はお詳しいのね」
「そっかあ……その人数の診断をこなす訳だから、この規模か」
納得! と言った
ちなみに曙区と武蔵区の大多数の男性は、春日湊に集まっている。それ以外では相応の住居を区内に構える、財力のある家の息子などだ。
「朝日様はG棟での検診となっていますわ」
そう説明する五月が運転する車は、壁に大きく”G”と描かれた建物へと進む。
受付ゲートをくぐり抜けて建物地下の駐車場へ、その後、エレベーターに乗って会場へと向かった。
朝日は少し緊張気味のようだ。きっと、朝日が知っている健康診断とはまるで違う雰囲気に戸惑っているのだろう。
会場入口に到着。
ここから朝日は付き添いを一人連れて、健康診断に向かうことになる。
もちろん事前に打ち合わせ済み。付き添い役は深夜子、五月は梅と書類提出などの事務処理をすませてから、待合室で合流予定となっている。
「それでは朝日様、後ほど。深夜子さん、よろしくお願いしますわね」
「らじゃ、おまかせ。えと、朝日君は十一番のルートだって」
「うわー、凄いね……これ。なんか遊園地のアトラクションマップみたい」
深夜子から手渡された健康診断用の施設マップを見て、朝日が声をあげた。
まず、各階層が恐ろしく広いことに驚き、内容も身体測定、体力測定から始まってMRIまでと盛りだくさん。
まるで迷路のような会場だと感想をもらしている。
「大変でしょうが頑張ってくださいませ、朝日様。では大和さん、我々も参りましょう」
「おおよ。んじゃあ朝日、また後でな!」
「うん。梅ちゃん、五月さん、また後でね」
五月は朝日と別れ、梅をつれて書類提出を行うべく中央窓口のあるフロアへ向かう。
「にしても、すげえ量の書類だな」
梅が書類の量に眉をひそめる。
何分、朝日は特殊保護男性。手続きは通常とは異なって大量なのだ。――以前にMapsの常識ですよねと心の中でツッコんでおく。
「朝日様は特殊保護対象ですから仕方ありませんわ。それに今回は初の健康診断ですから……でも、次回からは通常の男性とほぼ変わらなくなりますわよ」
「ふーん……って、ありゃ? 結構混んでんだな」
「特殊保護男性専用の窓口というわけではありませんわ。それに男性の人数が人数ですから、こんなものですわね。しばらくは順番待ちで――」
「おんやぁ~? これはこれは、五月雨のお嬢様じゃありませんかぁ~?」
ふいに五月の背後から声がかかった。
「――――っ!?」
五月はこの声を知っている。――そして、自然と眉間に
ここで会う可能性があり、かつ、最も会いたくなかった相手の一人だ。
いや、冷静に。心を落ち着かせるため、右手の中指でメガネのブリッジをカチャリと持ち上げる。
それから努めて平静を装って振り返り、にこやかに返事をした。
「あらあら? こちらこそですわ。こんな場所で奇遇ですわね、
五月が振り返った先にいたのは、身長が190センチ以上はある巨躯の女性。
ベリーショートの黒髪。前髪には白髪のメッシュが入り
そして、顔全体のパーツは整っており、凛々しい女傑と呼ぶべき雰囲気だ。
自分の記憶通りの容姿。
暴力沙汰トラブルが絶えず、自主退職の形で
「ありゃあ? あたいが辞めて以来なんだからさぁ、もうちっとは驚いてくれてもいいんじゃな~い? え~、こんなとこでぇ~!? とかさぁ? あっはははは!」
万里が首を
昔と変わらない人を食ったような態度。心の中ではそう思いながらも五月は涼しげな表情をつくり、スッと左の耳元の髪をすくい上げる。
「確か『タクティクス』でしたわよね。
「くっ……くはははっ、やるじゃない!? いやいや、さすがは情報屋のお嬢様。もうそこまでご存知とは恐れ入るねぇ~。ま、再就職と言ってもさぁ~、AランクMaps様と違ってあたいは
民間男性警護会社『タクティクス』――とは表向き。
実際は国内シェア第ニ位の造船会社『
大手企業のトップなどに男子がいる場合。警護官はMapsなどの国家機関よりも、自由がきく民間を好んで使う場合が多い。
特に近年は、男性の母親が社会的立場の誇示なども含め、財力に物を言わせて警護会社自体を作る形がほとんどになっている。
つまりは、御曹司『
「あらあら、
ひたすら冷静を装っている五月ではあったが、事前に入手していた情報『朝日と引き合わせたくない男性コミュニティ』。
その最大級派閥の中心的な存在、海土路主と同じ会場である事が確定し、動揺を禁じえない。
自分同様、朝日に変な出会いがありませんように。
――天にそんな祈りを届けている五月。
しかし、この
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