第15話 提出は義務なんです

 さて一方、深夜子ら三人にとっては落ち着く・・・・どころの生活環境ではすまない。

 警護対象であるはずの美少年にやたらめったら尽くされる。

 この世界における夫婦関係すら超越した甘い生活。至れり尽くせり状態になっていた。


 当然ながらリスクとリターンは裏表。もし、この警護任務こんかつに失敗した場合。

 甘く危険で贅沢三昧な生活に慣れつくし、立派な廃人となっていること間違いなし。

 そこから社会復帰など不可能である事が容易に想像できる。

 それでも、それでも美少年に尽くされるという絶対的な魅惑には逆らえない。

 最悪な未来バッドエンドの可能性から目を逸らし、日々快楽を貪り続ける彼女らであった。


 しかし、そんな仮初めの春を謳歌している三人は現在そろって脂汗を流しつつ、机の上に置かれたとある小包・・・・を見つめている。


「おい……これどうすんだよ?」

「ぶっちゃけ嫌な予感しかしない」

わたくしも……なんとも……ですわ」


 その箱には『男性健康診断通知書ならびに【重要】提出用精液採取キット同梱』と書かれてた紙が貼られていた。


 貴重な存在である男性は国の宝である。

 ゆえに男性の健康は国が細心の注意を払って管理をしている。

 男性健康診断は国家の重要行事の一つ。一月、四月、七月、十月の年四回実施される。

 もちろん男性の健康診断受診は絶対の義務。特殊保護対象である朝日も対象だ。とは言ってもこれは・・・問題ではない。


 問題なのは深夜子たちの想定外に同梱されていた包み『提出用精液採取キット』の存在。

 現在、朝日の待遇は特定文化圏外国人、かつ、特殊保護対象だ。国から多数の福祉補償を受けてはいるが、おおよそ一年間は国民男性としての義務はほとんど発生しないはずなのだ。


 すぐに矢地を通じて、男性保護省のしかるべき部署に猛クレームを入れた。――のだが、回答は『うえからのお達しだ』の一点張りだった。

 五月があれこれと交渉するも『じゃ、一回だけ。ね、一回だけだから』と、どこかで聞いたことがある常套句で押しきられてしまう結果とあいなった。


「朝日様の常識感覚からしますと、これ・・はかなり嫌悪感があるものと考えますわ」

「同感。普通の男の人は当たり前って教えられて育ってるけど……朝日君は違う」


 五月、深夜子が文化の違いから危惧を口にする。

 なにせ『精液の提出は義務』という常識がある中で育ち、関連した教育を受けている。この世界の男性たちからですら、不満の声が上がるのだ。

 未婚者であれば母親。既婚者であれば妻たちパートナーがフォローしてうまく立ち回っている世の中。

 精液提出こういった義務が存在しない世界にいた朝日。それを思えば不安は尽きない。


「多分、朝日君にとってはありえない話」

「なんだよ? 朝日ンとこに持っていってたら『幻滅した』とか『変態』とか罵られるかもってか?」

「うん。とにかく――」

 義務ですよと要求するのはよろしくない。と深夜子は主張する。

「それに……あたし朝日君に嫌われたら余裕で死ねる」


 暗い未来を想像したらしく、この世の終わりとばかりの声色でぼそりとつぶやく。目から光も消えている。


「こら深夜子! そうと決まってもないのに絶望してんじゃねえよ! ま、つーかよ。そのまま『はい、よろしく』ってワケにゃあいかねえだろうな」

「そう……ですわね。わたくし言い回し・・・・を考えるべきだと思いますの。朝日様はお優しくて利発な殿方ですから……その、お渡しするにあたってうまく察していただければ――」

 オブラートに包んだ表現で朝日に察して貰おう作戦を五月が提案する。

「なるほどな。その方がかどが立たねぇって奴だな」

「んじゃ、みんなで考える」


 それぞれ自分の考えを口にしながらも、穏やかで優しい性格の朝日を思えば少し大げさな気もしている。

 しかし、職業柄それに関連する事件なども彼女らは知っている。


 過去に一度、ある男性が精液提出を苦に自殺した。との疑惑が持ち上がった。

 もちろん世論を巻き込んで大騒動に発展。ただし、当時の結論はあくまでも疑惑は疑惑であり、真相は判明しないまま闇の中に葬られた。

 そんな記憶についつい不安が頭をよぎり、慎重にならざるを得ない三人なのである。


◇◆◇


 ――テーブルでお茶とお菓子を囲み、三人の話し合いが開始された。


「そうですわね。まず、必要なのは嫌悪感が少なくそれ・・に関連するキーワード。朝日様にうまくお察しいただくための候補を考えましょう」

「えーと、あれか? 『精液を提出してくれ』を別の言葉でうまく言い表せってとこか?」

「んー、言い方を変える?」


 五月の提案に、深夜子と梅が難しい顔を見合せながら首をひねる。

 まあともかく、と三人は話を進めてみるが手探り感が強い。少しばかり沈黙が続いたところで梅が口を開いた。


「ま、あんま深く考えてもしょうがねえよな。こりゃもう適当でいいからよ。かたっぱしから候補上げてくか?」

「それもそうですわね……。それでは、例えばですが『朝日様の遺伝子をおすそ分けしてくださいませ』このような感じでよろしくて?」

「うん。そんな感じ」

「ああ、いいんじゃねえか? どんどんいこうぜ」


 五月の案が皮切りになって、アレだコレだと三人で言い回しの検討がはじまった。

 だが、そう簡単にピンと来るものは出てこない。

 何せどう頑張ったところで、結果すること・・・・は変わらないからだ。


 時間の経過とともに手詰まり感は強くなる。集中力も途切れていく。

 さらには話しているテーマがテーマなので、だんだんと三人のテンションは変な方向へ突き進んでしまった。


 それから一時間が経過したころには――。


「コホン。それでは……ああっ、朝日様のミルクを五月に搾らせてくださいませ」

「ぶぷふっ! ちょっ!? 五月さっきーそれどこのエロゲ?」

「ぎゃはははは! へ、変態かよ?」

 残念。全員テンションがおかしくなっていた。

「朝日君の白いおたまじゃくしをすくいたい。あたし夜店のテクニシャン!」

「くっ……ぷっ……あ、頭悪すぎですわ」

「うひゃはははは! アホだ。アホすぎる!」


 内容がこの世界で言う”女子中学生レベル”の下ネタと化している。

 ここまでくるともう歯止めは効かない。三人とも健全にして健康なうら若き肉食乙女なのだ。


 さらに経過すること一時間――。


「うおおおおおっ! 朝日っ! お前の元気を少しだけ俺に分けてくれ」

「ぷひゃははは! うひっ、う、梅ちゃん、それじゃどっかのインフレバトル漫画」

「それでは、朝日様。おみやげに白い恋び――」

五月さっきー。それ以上いけない」

 商標に関わるものは避けていただきたい。

「じゃあ、あたし本気出す! えーと、朝日君のその半透明で白く濃い粘液は身体の芯を疼かせる甘露であった――」

「完全に官能小説になってんじゃねーか!?」

「うくっ! ぷ……くくく……み、深夜子さん。そ、そそそれは……はひ、はひひひひひ」

「おい、ツボってんじゃねーよ! 五月」

 とまあ、こんな調子で完全に間違った方向でのネタ検討が続く。


 結局さらに一時間が経過して……。


「「「ダメだー(ですわー)!!」」」


 ですよね。


「ど、どどどどどうしてこんなことに……恐ろしいまでに無駄な時間を費やしてしまいましたわ」

「これはまずい。てか、最終案が――」


『やあ、僕と契約して君の元気なおたまじゃくし。おっと、おたまじゃくしと言えば……そう、音符だね。音符と言えばソ、ラ、シのシは白色のシってことさ。さあ大海を泳ぐ億千万の白いおたまじゃくしを掬いだして欲しいんだ』


「――って、どういうこと?」

「俺が聞きたいわ!」

「まずいですわ……これはまずいですわ……どうしますの?」


 さあ、全く案なし策なしの状態。見事に時間だけを浪費してしまった三人は焦りまくる。

 どうする? こうする? ――そしてついには、誰が朝日に伝えるのか『火の点いた爆弾の押し付け合い』と言う名の譲り合いへと移行。

 あっ、どうぞどうぞ。と、情けないやり取りが続くこと数分。


「あああああっ! めんどくせぇ!」


 業を煮やしたのか梅が突然吠えたける。

 さらには『キット』を手に取り立ち上がると、深夜子、五月に向けてビシリと指をさした。


「もういい! 俺がバシッと朝日に頼んで来てやんよ!」

「「!?」」

「ちょっと、大和さん? 突然、どうなされるおつもりですの?」

「そう。梅ちゃんヤケクソはまずい」 

 梅の突発的行動に嫌な予感がよぎった二人はあわててなだめようとする。が、しかし――。

「うっせえ! こんなもんはなぁ。結局のとこストレートに伝えんのが一等はえぇんだっつーの!!」

「あっ、ちょっ、大和さん!?」


 二人が止める間もなく、梅は朝日のいるであろうリビングルームへと走り去ったのであった。


◇◆◇


 さて、こちらはそんな事情など知るよしもない神崎朝日さん。

 最近は『クリーチャーハンター』という携帯ゲームソフトにドハマり中だ。

 日本でも国民的人気の協力プレイが売りのハンティングアクションゲーム。アレにそっくり――いや、この世界版モンハンとでも言うべきゲームである。


 無論、ヘビーゲーマーの深夜子は恐ろしくやり込んでおり、ニューゲームからスタートの朝日は、日々協力プレイで深夜子に手伝って貰いながら遊んでいた。

 このゲーム。複数人で遊ぶ方が効率は良いのだが、ただいまソファーに寝転がって黙々とソロプレイ中だ。


 すると突然、リビングの扉が勢いよく開かれた。

 朝日が驚きに手を止めて目を向けると、そこには物々しい雰囲気な梅。

 これは何事かと考える間もなく、さらには廊下から追いかけて来ているだろう深夜子、五月の声が聞こえてくる。が――。


「おい、朝日!!」


 部屋に入って来るや否や梅が声を張り上げた。


「わああっ!? えっ、梅ちゃんどうかしたの? 僕に何か用かな?」


 その剣幕に事件でもあったのかとドキドキの朝日だ。

 しかし、返事もなしに梅は目の前までズカズカと近寄ってくる。

「え? え?」

 勢いに押され、あたふたとしてしまう。だが、梅はそんな自分にもおかまいなし。

 ソファーの手前で立ち止まると、目を閉じてバッと胸の前に何かのを突き出してきた。これは?

 

 さらに、スウッと大きく息を吸い込んだ梅が……クワッと目を見開いた!


「朝日! お、俺が口でして・・・・やっから――――」

 ん? なんて? とんでもない言葉が朝日の耳に入りかけた瞬間。

「「チェストーッ!!」」


 部屋へと飛び込んで来た深夜子と五月の空中クロスキックが眼前で梅に炸裂した!!


「ぎゃふうっ!?」

「ちょっ、えええええええっ!? う、梅ちゃん? み、深夜子さん、五月さん? いったい何を――うわあっ?」


 突然の事態に何事かと聞こうとしたら、視界を遮るように鼻息あらい深夜子と五月の顔。これはびっくり。


「はあっ、はあっ……あ、朝日様。大変失礼を致しましたわ。ちょっと大和さんは頭が――いえ、体調が悪いみたいですのよ。オホホホホ」

「朝日君は何も聞かなかった。イイネ!」

「…………はい? え?」

 あまりのありさまに朝日は二の句がつげなくなる。その隙に、とばかりに深夜子がダウンした梅を担ぎ上げ――。

「それでは失礼しますわ朝日様。ごきげんよう」

「朝日君。ではさらば、アデュー」

 ――五月とともにそそくさと部屋から退場していった。


「は……はぁ……ど、どうしたんだろ?」


 ただ呆然と見送るしかない朝日であった。

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