第6話 二人目の警護官
「むっはーーーーっ」
深夜子は吐き出した息に熱がこもっているを感じる。朝日は宣言通り本当に強かった。結果は三十五戦して十六勝十九敗、まさかの負け越し。
我を忘れて熱中してしまい、ここまでだろうと終了した時には明け方の午前五時――もう、窓から光が差し込んでいた。まずい。二人目のMaps着任時間まで残り三時間を切ってしまった。
深夜子はあたふたとゲーム機の片付けを済ませ、朝日には時間を気にせずしっかりと睡眠を取るように促す。寝室へ向かうのを見送ってから、自分も寝室へと戻った。
「ふう、朝日君……強い。序盤、中盤、終盤、隙が無かった。でも……次は負けない!」
深夜子は二時間ほど仮眠を取ることにして、そのままベッドへ横になる。が、興奮冷めやらぬとはこのこと。雪辱への決意に満ちあふれた呟きがもれてしまった。ふふふ。
――ゲームの反省をする前に、時間管理の反省をして欲しい物である。
◇◆◇
眠りについてから一時間……いや、三十分も経っていない。深夜子はまどろみの中で、ふと気配を感じて目を覚ます。
何やら右半身にあきらかな
「んなぁっ!? あ、朝日君」
深夜子の右腕にすがるようにして抱きつく朝日の姿があった。
「い、いったい……どうしたの?」
「あ……深夜子さん……」
その問いに、朝日は少し照れた表情を見せる。あらやだ可愛い。
「あ、あの……僕、やっぱり不安で寝れなくて……ダ、ダメだとは思ったんだけど。その……我慢できなくて」
「う、ううん。全然ダメじゃない。むしろ歓迎!」
ウェルカムトゥようこそマイお布団!
「って、いや、そうでなくて。どうしたの朝日君。大丈夫? もしかしてまだ――」
心が辛いのだろうか? ならば慰めてあげなくては。と思った瞬間。
「ふえっ……ちょ、ちょっと、朝日君!?」
右側にあったはずの朝日の上半身が、スッと身体に重なってきた。圧倒的密着感に鼓動が高鳴る。
さらに、朝日は頭を胸の少し上側に左頬を擦りつけるようにあずけ、右手で寝間着の左肩部分をキュッと握り締めてくる。
「ねぇ、深夜子さん……僕、元の世界に帰るのあきらめることにしたよ……」
「えっ、朝日君。突然何を言ってるの?」
切なそうな朝日の口調に胸が締めつけられた。これは動揺なぞしていられない。元気づけてあげなければ!
「そんな簡単に諦めないで。ね、あたしがついてるから」
朝日の頭を優しく撫でながら、慰めの声をかける。
「……ううん、もういい」
「朝日君。どうしたの?」
「僕には深夜子さんが居ればいい!」
寝間着を掴んでいる朝日の手に、少し力が込められたのを感じた。
「えっ!?」
「……だって、僕のこと……守ってくれるんでしょ?」
朝日が胸元で、弱々しい震えるような声で呟く。
「そ、それはもちろん。君はあたしが守る! 何があっても。絶対に!」
驚きよりも、いとおしさが上回る。力強く朝日を抱きしめ、断言した。
「ほんと……じゃあ……僕のこと。一生守ってくれる?」
朝日は上目づかいで潤んだ目を向けてくる。あっ、これはオスの顔ですわ。
「あ、あさひきゅん!」
「えっ?」
一瞬。気がつけば、深夜子は朝日に覆いかぶさっていた。もう、止まらない。
右手を朝日の顔の左側に支えるように置き、左手は朝日の右手に重ねる。そして、指を交互に軽く絡めると――それに朝日も答える。
いつの間にか、しっかりと指を絡めあい、吐息が感じられる距離まで顔は近づいていた。
「深夜子さん、僕……」
ピピピ、ピピピ。ん?
「ふふふ、大丈夫。君のこと一生守ってあげる。じゃあ、その契約料を貰うね」
ピピピ、ピピピ。あれ?
「うん。深夜子さん好き――」
深夜子の手が優しピピ、ピピピ両頬を包みピピピ、朝日ピピその唇をピピピ、ピピピ。あれれ!?
突如、視界が赤く染まり世界が歪んだ。
「ぷひゃぁっ」
いったい何事!? 深夜子がゆっくりと周りを見渡すと、そこは先ほどまでと同じベッドの上だった。
しかし布団を見ても何もない。誰もいない。呆然とする意識をかろうじて保ちながら、音がする方向へ目を向ける。
部屋の扉横、来客を知らせるブザーが点滅して鳴り響いている。時計を見ると時刻は午前八時二十八分であった。
◇◆◇
――わずかに時間は巻き戻る。一方こちらは、深夜子たちMapsが出入りする為の通用門。
ベージュのスーツに身を包んだ女性が
編み込みサイドアップのブラウンヘアー。身長は深夜子よりわずかに高い程度だが、違うのは豊かな胸とひきしまった腰に抜群のボディスタイル。立ち姿もモデル並のきまりっぷりだ。
「あら、おかしい……ですわね。
彼女の記憶では、本日午前八時に勤務先で合流の指示になっていた。手元のタブレットを操作してデータを再確認するが――。
「やはり場所もここで合っていますわよね……どうなってますのかしら?」
彼女の名前は『
少し勝ち気そうだが、非常に整った美しい顔立ち。細い薄赤色フレームのメガネが”仕事ができる女”の雰囲気を引き立てている。
三日前。特殊保護案件を理由に、五月は理不尽な緊急異動命令を受けた。引継もそこそこに、
「特殊案件ということでしたし、本部側の手違い――の可能性はありませんわね。チームリーダーがすでに着任されてるはずですのに……まさか!? 何かトラブルでも」
五月の頭に嫌な予感が横切った。もう幾度となく鳴らしたであろう呼び鈴を再度連打する。本来であれば
焦る気持ちを押さえながら反応を待つのであった。
◇◆◇
――さて、それもそのはず。冒頭の通りだ。
その深夜子はというと、ちょうど五月の連打するブザー音に反応して目覚めたところだ。
もそもそと布団から頭を出し、這いずるようにベッドを降りて床に転がる。そして音も無く、ふらりと幽鬼のように立ち上がり、ただでさえ悪い目つきに殺気をまとわせて歩き始めた。
「ううー! せっかくのー……せっかくのー……」
ぶつぶつと呟きながら、部屋の扉横にあるセキュリティボタンを操作して通用門の施錠を解除する。通話応答はせず。そのまま無言でフラフラと部屋を出ていく深夜子だった……。
◇◆◇
ピー……ガチャ。
呼び鈴の前にいる五月から少し左側にある扉。通用門の施錠ランプが赤から青に変わり、ロックが解除された音が響いた。
「良かった。やはり誰かいらしたのですね……。あっ、急ぎませんと!」
五月は急ぎ通用門を開けて、小走りで玄関へ向かう。当然、トラブルがあった可能性も考慮する。スタンガン機能付き特殊警棒を腰のベルトポーチから取りだし、不測の事態に備えておく。
玄関にたどり着き、ノックをする……も反応はない。ここは慎重に。五月はゆっくりと扉のノブに手をかけ、軽く力を込めて引く。どうやら施錠はされていないようだ。
「……失礼……しますわ」
念のため、音がたたないよう静かに扉を開ける。控えめに声をかけながら中へ足を踏み入れた。
玄関内を見回すが、灯りがついてない上に建物の位置関係から、日当たりが悪くてかなり薄暗い。明るい外との明暗差で視界がとても悪い。五月はクッと目を凝らす。
(人の気配がありませんわね。どういうことですの? ……いえ、ここはともかく)
「誰かいらっしゃいませんの。
五月が声をあげた瞬間であった。暗さに慣れてきた目に飛び込んできたのは、玄関の奥からフラりと現れた人影。言葉が悲鳴に変わった。
それもやむ無し。それは幽鬼のように
後で冷静に考えれば、イコール
「何者!? 貴女、なんの目的でここに居ますのっ?」
不審者である。
ガチリッ! とスタンガン警棒を伸ばして臨戦体勢を取る。威嚇のため、放電スイッチを押して先端の電極にスパークも走らせた。
「せ、せっかく……あと少しで……」
重苦しい呟き。
「くっ、それ以上近寄らないで下さいませ。最終警告ですわよ!」
予想外の反応に五月は焦る。もはや仕方ない、こちらから先制攻撃を――。
「……あさひ、朝日君と……」
「――えっ? 朝日君。……あ、さひ……あれ? 確か……」
突然、不審者の口から記憶に新しい名前が聞こえた。
さらに、次に耳に入ってきた言葉は……。
「あさひきゅんと、ちゅーできるトコだったのにーっ!!」
「「…………」」
「ちゅー…………ちゅう? はいいいいいいいいいっ!?」
五月の想像遥か斜め上なものであった。
「ちゅうって……いったい何を――はっ、しまっ!」
まずい。動揺のあまり完全無防備に。どす黒い波動をまとった
「めっ、さーーつ!」
「いやああああああああっ」
飛びつかれ密着状態になったかと思えば、最悪なことにあっさりマウントを取られる。
あれ……もしかして相当の手練? そんな五月の思考もすぐに途切れる。目の前で両手をワキワキとさせている
「コノウラミハラサデオクベキカ! ふしゃーっ!」
「きゃあああああああああああ!」
そう、夢のような夢から強制的に現実へと引き戻されてしまった深夜子。その怒りと悲しみは、寝起き状態も手伝って復讐の獣と化させるには十分であったのだ!
「うみゃみゃみゃみゃーーーーっ!」
「ひえええええええええええっ!?」
ということで、深夜子が五月は本日着任のMapsであると気がつくまでの約十分間。
不毛なキャットファイトが繰り広げられたのである。
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