貴重な男性お護りします【♀♂♀】ときドキ『婚活』~あべこべ世界と美少年~

タッカー

第1章 着任します!男性保護特務警護官

プロローグ 男性保護特務警護官

 ここはとある宇宙のとある惑星のとある国。


 ――そして、男性の比率が人口の五%未満というヘンテコな世界である。

 はっきり言って、女性にとってたまったものじゃない世の中だ。

 周りを見渡しても、女、女、女! と女性だらけ。なんせ単純計算で、人が百人集まっても男性は五人以下となる。


 彼氏は? 旦那は? いやいや、なんですかそのアルティメットレア? とまあ、男一人をゲットしたいと思っても、冗談にならない悪夢の競争率を誇る世界なのだ。

 そんな世の女性にとって貴重で大切な男性は、種の存続上を理由に保護対象となっている。

 女性が守護まもらねばならぬ存在なのである。


 保護と言えば聞こえはいいが、『このままだと人類滅んじゃうよ』と理由が理由なので、男性には多くの義務が設けられていたりする。

 例えば、強制一夫多妻制――最低三人の女性と二十五歳までに結婚しなければらない。

 例えば、遺伝子提供――遺伝子バンクへの精液提供を一定年齢まで続けなければならない。などだ。


 当然、男女の立場も違う。一言で表すなら極端な男女逆転現象。

 男性は狩られる側なのである(性的に)……うん、もう色々ダメなんじゃないかな? この世界。



 ◇◆◇



 さて、都市部にあたるであろう街並みの中を、黒のセダン車が走っている。

 いや、たまに蛇行するなど怪しい動きをしている。

 運転席に座っているのは女性、助手席に座っているのは男性だ。


「うーん。やっぱ、街並みは僕の世界とほとんど変わらないですね」


 そう口を開いたのは学生服姿の男性。

 見たところ年齢は高校生くらい。少し幼げで、中性的な顔立ちの美少年だ。

 彼の名前は『神崎かんざき朝日あさひ』。偶然にもこの世界に迷い込んでしまった日本人である。


「そっか、うん。それは良かった」


 対して、独特な口調で返事をするダークグレーのスーツ姿の女性。

 彼女の名前は『寝待ねまち深夜子みやこ』。ミディアムストレートの黒髪に整った顔立ちだが、目つきがきつくて怖い美人。と言った感じだ。

 現在、神崎朝日の身辺警護を担当をしている警護官である。

 

「えっ、良かった? どういう意味――って、みっ、深夜子さん。なんで僕を見てるんですかっ!? 運転っ、前っ、前を見て運転してください。はみ出ます! このままだと対向車線にはみ出ちゃいますよ!」


 聞き返す途中で、違和感に気付いた朝日があわてて叫ぶ。車が明らかに蛇行している。

 見れば運転中にも関わらず、深夜子の視線は前ではなく朝日に向けて一直線であった。


「はっ、うわったあああ!? し、失礼っ、話しかけて貰うと嬉しくて、無意識に意識が朝日君に釘付け。むう、反省。頑張れあたし」

 状況を認識したようで、深夜子はあたふたとしながらハンドルを握り直す。

「ええ……だ、大丈夫なんですか?」


 なんですか、そのよそ見の原因? と理解に苦しむが、どうやら男性じぶんとの会話は優先度マックスだったらしい。

 さすがは男性比率五%未満の世界の女性。

 

「集中。運転に集中。目標をセンターに……あっ、え、えーと。まあ、朝日君に違和感がないのは重要。精神的負担が少くてすむ」

 今度は何やらぶつぶつ独り言かと思えば、深夜子の口から続きの話が飛び出してきた。

 どうにも落ち着かない彼女に心配は尽きないが、流れで会話に応じる。

「あー、そうですね。確かにそうかも知れません。――ところで、あの……深夜子さん。ちょっと僕、のどが渇いてしまって……」

「ふえっ、そっ、それは大変! うん。じゃ、近くのコンビニにすぐよる。むしろ大至急」

 何が大変なの? そんなに大した事を言ったつもりでは無かった朝日だが、深夜子は過剰な反応を見せた。

「いや……そんなに急がなくても大丈夫ですけど……ははは」

 乾いた笑いが漏れる。そう、やはりここは男性比率五%未満の世界。とにかく男性には甘いようだ……。


 数百メートル進んだところで、コンビニらしき看板が見えてくる。

 車はそのまま駐車場へと入り、朝日はなんとなく周りを見渡した。都市部だけあって歩行者も多い。コンビニに出入りする客も多い。

 しかし、店員も、客も、行き来する通行人すらも、女性のみ・・・・で男性は一人も見当たらない。

 車の窓越しの風景に、やはり自分は異世界にいるのだと少しだけ意識をするが、まずは買い物だ。


「じゃあ僕、先に店で飲み物選んでますね」

「ん。らじゃ」


 そう言って車を降り、朝日はスタスタとコンビニへと向う。

 そのあまりの自然体ぶりに、深夜子もついつい流れで返事をして、彼を見送って――いい訳がない!!


「はうっ? …………んのおおおおおおおおっ! あっ、あああ、朝日君。ダッ、ダメええええええっ、ここ特区・・じゃないから!」

 えらいこっちゃ! この世界で、彼ほどの美少年がコンビニに一人で入る行為が何を意味するのか。

 それを考えただけで、深夜子の背筋は凍り、心臓は口から飛び出しそうになった。

 とにかく追いかけねば。エンジンを止める間も惜しみ、運転席のドアを蹴破らんばかりに開け広げる。


「ぐえへっ!?」


 が、しかし! 焦る気持ちを嘲笑うかのように、深夜子の首と腰周りに猛烈な衝撃が返ってきた。

 なんたる不覚。外すのを忘れていたシートベルトが、勢いのまま身体に食い込んでいる。

 見れば、すでに店内へと入ってしまった朝日の姿。

「こっ、ここここれは、ヤバばばばば――」

 全身の血の気が引いていくのを感じる深夜子であった。



◇◆◇



 店内に入った途端。入り口近くで一人の女性が「こんな美少年見たことない!」と目をひん剥いて声を上げた。

 店内の女性の視線が、一斉に自分に集まったのを朝日は感じる。


 まるで、吸い寄せられるように女性たちが集まって声をかけてくる。

「ちょっと君、何か欲しいの? よし、じゃあ、お姉さんが買ってあげるから。いっしょにお茶しない? いや、しよ? ね、しちゃおう? むしろシちゃおう!」

 一人。

「ねえねえ、君どこから来たの? 一人? めちゃくちゃかわいいね、というか天使だよね? 抱きしめていい? いいよね?」

 二人。

「ヤバいよ。これはヤバいよ。この子ほんとヤバいよ。なんでもしてあげるからお姉さんの家に来ない? いや、そうだ連れて帰ろう! うん。そうしよう!」 

 三人。


 次から次へ、控えめに言って頭がおかしいと思えるアプローチが飛び交う。困惑する間もなく、女性たちに囲まれてしまった。

 逃げようにも人数は増え続け、隙間もない。さもすれば襲われかねない空気が漂う。


「え? その……ぼ、僕は……あの――」朝日はなんとも言えない寒気を感じた。


 ついには完全に包囲され、恐怖から反射的に目を閉じて身をすくめる。それから、――数秒経過するが……何も起きない。


「………………? えっ!?」


 そっと目を開けば、一番近くにいた二人の女性が白目をいて、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちている最中だった。

 その後ろから現れたのは、引きちぎれたシートベルトを身体に巻き付け、手刀を放ったポーズで息を切らせている深夜子。

 ところでシートベルトは人の力で引きちぎれるものでしたっけ? と、考える余裕など今の朝日にはない。


「はぁっ、はぁっ……ふうっ、ふうっ……あ、あたしは男性保護だんせいほご特務警護官とくむけいごかんの寝待深夜子。朝ひ――この男性に手を出したらダメ。対暴女法の適用で排除確定」


 息を整え、すっと右の手刀を伸ばし、右足を軽く上げてビシリと深夜子がポーズを決めている。

 朝日の素人目にも、構え自体は堂に入ったものに感じられるが、絡まっているシートベルトが実に残念さをかもし出している。


「ちいっ、やっぱり警護官がついてたのね?」

「いや、コイツ一人ならなんとかなるんじゃないの?」

「そうよね……こんな可愛い男の子を前に、対暴女法が――――なんぼのもんじゃーい!」


 それでも、数人の女性が数を頼りに深夜子へ襲いかかった。


「ほわっちゃあ」


 しかし一閃! 超速の蹴りが彼女らのあごをあっさりと捉えた。

 朝日は驚きに息を飲む。今、深夜子が蹴りを放った瞬間を目で追うことができなかったのだ。

 気の抜けるかけ声とは正反対の凄まじい蹴り技。

 どうやらこの世界の女性たちの身体能力は、朝日の常識を遥かに超えているようだ。



◇◆◇ 



 一人、また一人。意識を手放しバタバタと倒れ、目の前に積み上がった暴女たちを深夜子は見下ろす。

 これは……決まったな。暴女に怯えた可憐な美少年を救った完璧なシチュエーション。

 軽くスーツの埃を払いながら、きっと感動しているであろう朝日に視線を向けた――。


『深夜子さんカッコイイ! 素敵! っちゃう!(ぽっ)』

『ふっ……朝日君。男の子がそんなはしたないことをいっちゃダメ(キラリーン)』

『結婚しよ!』

『いいですとも!』


 ――処女特有の妄想。コンマ数秒で病的な妄想を描きつつ、深夜子は現実世界に帰還する。


「ふっ……大丈夫だった? 朝日君。あたしがカッコよすぎて――あれ?」

「あっ……ああ……ご、ごめんなさい。深夜子さん……僕、僕」

 目の前の美少年は顔を真っ青にして涙目。おまけに腰も抜かしていた。あらら。

「ちょおおおおおおっ!? あ、朝日君? あ、ああああ、あたしは淑女。それはもう伝説のスーパー淑女! うえっ? そ、その姿勢で後ずさらないで、泣かないで……こ、怖くないよ。あたし怖くない。あっ、そうだ、かくし芸! あたしかくし芸するから――」



 圧倒的な女性比率が原因となり、男性を対象としたストーカー行為に性的暴行。果ては拉致、監禁など。女性たちによる性犯罪が社会問題の一つとなっている。

 

 ――ご覧の通り、この世界で男性に身辺警護は必須である。


 男性保護特務警護官【Male protective special guard officer】通称Mapsマップス


 Mapsは国家行政機関の一つ『男性保護省』の直下組織。

 つまるところ国家公務員の身で男性警護が任務の(女性的に)パーフェクトにしてエクセレントな職業である。

 公務員ゆえの法的な制限はあれど、任務内容は男性と生活を共にすることが多い。自然と彼らの信頼を得ることが可能だ。


 男日照りという言葉すら生ぬるいこの世界で、たくましく生き抜いている女性たちが、その好機を逃すはずがない。

 男性の同意が得られたならば、それすなわち生涯男性警護ゴールインとなるのだ。



 ――これは男性警護こんかつにいそしむ寝待深夜子ら男性保護特務警護官たちと、この世界に迷い込んでしまった美少年、神崎朝日の物語である。

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