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序章

1961年 バチカンにて

1961年12月 バチカン−

時のローマ教皇アンジェロ・ロンカッリ:ヨハネ23世は、79歳のゆったりとした足取りで、枢機卿モンティーニを従えて、クリスマスミサの差し迫った慌ただしい道のりをシスティーナ礼拝堂に向かっていた。


この日、システィーナ礼拝堂では、クリスマスの成功を願うオリエントミサが行われるため、各国の司教達が集まっている。


「私は、イタリア人ではあるが、旧来のラテン語のミサは好きじゃなくてね。古臭くて・・・是非、君の代になったなら廃止していただきたいものだ。」


モンティーニはヨハネ23世の飾らない態度と親しみやすさ、ユーモアのセンスを敬愛していた。彼はこの教皇の側にあって、司教とは厳格なだけは務まらないものと学んだ。


さて、システィーナ礼拝堂に近づくと、各国からやってきた大司教、司教達が教皇の元に駆け寄った。


すべての内容は5年前の3月より頻繁に現れていた、神託及び聖痕の発祥事案に対するバチカンの正式表明を求めるものであった。司教達の中には自身が神託を受けたという者もあったが、教皇の言うことは一貫していた。


「すべての事象に惑わされること無く、只、キリストの愛を拡めるため、あなたの役割を全うするのみです。」


システィーナ礼拝堂の控室に着き、教皇は質素で気品の漂う椅子に身を落ち着ける。


「コーヒーなどいかがでしょうか?カプツィオン修道会で流行っている飲み方なんですが、スチームミルクとコーヒーを混ぜたもので、とても体が温まります。本来ならばこういった物も贅沢品だとは思いますが、庶民の暖に一躍買っており、黙認しております。」


冷気に触れ、教皇の体調に気を使ったモンティーニがそう会話を切り出した時だった。北側の窓のペルシャ製の重たいカーテンが大きく閃いた。


「窓が空いておりましたな。これは失敬。」


モンティーニが窓とカーテンを締め切った時、その手に人影が触れた。暗くなった執務室に教皇とモンティーニ以外の三人の影が揺らめく、各々の影には肩口から翼のような物が生えていた。


「大天使だと・・・」モンティーニはそれ以上は、顎が動くのみで声にならない。三人の影のうち、剣を背負った者が一歩前に出た。


「あなた方は我々の啓示を預かりし者達であると認識している、しかしながら世は曲がり人々の心は我々の託宣より離れてしまった。然るべくして、我々はあなた方を始め、人類に、改めて託宣を啓示せねばならない。あなた方は『否』と言うことはでき無い。あなた方の出実が我々と共ににあるからだ。」


アンジェロはゆっくりと立ち上がり、両手を開きながら三つの影に語りかけた。「友人達よ、真理を伝えに来たあなた方を祝福しましょう。ところで、一つだけ、あえてお尋ねしたい事がございます。この託宣はエロヒムのものでしょうか?」


剣を持つ者の顔に狼狽の色が現れる。

「我々を伏して拝すことは容赦したとして、エロヒムの神意を疑うとは!決まっていよう。これは、エロヒ・・・」


「エロヒムのものではない。」剣を持つ者を制して真ん中の一人が割って入った。


「我々は審判を言い渡しに来たのでは無い。もはや、エンリルとエンキにはこの世界の支配権が無い。あなた方が知っている通り、主がアセッションを受けてまもなく2000年を迎える。あなた方は許されていたし、許されたはずであった。少なくとも16年前までは・・・それでよかった。


今、我々は、あなたがたの世界に対しての自身の意向を押し示すことを許されていない。従って、あなた方の内で、自らが "独自で考え、実行し、最善を尽くす者"を選出していただきたい。これが、この度の託宣となる。」


「預言が否定されている・・・」モンティーニは声に漏らしてしまう。


剣を抜こうとする影を制して3つ目の影が口を開く。

「主が、語られた愛においては何の変哲もありません。ただ、あなた方が自ら決めなければいけない時節に達したという事です。」


続けて真ん中の影が言葉を発する。

「既に、大いなる争いの火種はくすぶりだしている。それは我々に元を発する事でもあり、あなた方がよく知っている事でもある。事実、預言がその通り完遂されてしまえば、ありえない程の命が屠られることになる。そんなことは、銀河のルールでは許されていい事ではない。事実エンリルは咎めを受けたのだ。それが主の十字架と引き換えに、人類だけでなく我々も許しを被った。


だがしかし、人類の傲慢は銀河のルールとしては許しがたい領域に達してしまった。しかし、エンリルとエンキは人類への干渉を罰せられた存在だ。


・・・既に時間がない。あなたがたには聞き入れていただかねばならない。あなた方は "独自で考え、実行し、最善を尽くす者" を選出し、彼にこの剣を携えさせて欲しい。そこまでが、今の時点の、あなたがたへの託宣になる。」


真ん中の影はモンティーニに鞘に納められた剣を渡した。


「よろしいか?これから10年の時を経てはいけません。速やかに、しかし、思慮深く選出してください。いずれ、また来ます。」


そう言い残すと影達は消えた。



モンティーニは鞘から剣を抜こうとしたが、いっこうに抜けなかった。

アンジェロは彼に言った「正しく選出された者でなくては抜け無いという事です。」


「もはや、私の命の日も短いのにも関わらず、飛んだ託宣を受けたものです。仕方が無い、私はこれから2年、寝る間を惜しんで、あなたに私が知りうる限りの全てを話しましょう。私が話し終え、然る後、世界中を周り、彼らの言う"独自で考え、実行し、最善を尽くす者" を探さなければいけません。」


そう言い終えると、ヨハネ23世は

「めっきり冷えましたな、先ほど教えていただいた"カプツィーノ"をいただきたいのですが、よろしいですか?」


「教皇、恐ろしくは無かったのですか?」モンティーニは訊いた。


「大天使は言ったではないですか?『主が、語られた愛においては何の変哲も無い』と。これは、キリスト教者にとってはこの上無いプレゼントですよ。」


そう言って、二人はカプチーノコーヒーを啜った。

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