アキコサマが聞いてくれる

@accessallareas

第1話

 



 すべては恋が悪いのだ。


   *


 浦方朱妃うらかたあけひは恋をした。相手の名前はれんという。朱妃が好きな靴屋・ゲラニオールの店員だった。

 その店で取り扱っている靴はすべて本革で、値も張る。だから、コンビニのアルバイトしか収入源がない高校生の朱妃は、店に通うためにいつも苦労していた。


 朱妃は頑張っていたと、わたしは思う。


 靴を買うのは月に一足と決めて、あとは手入れの仕方を質問しに行ったり、靴クリームや靴ひもを細々と買ったりと、なにかしら理由をつけては、店に通っていた。

 そんなとき、ひとりで行くのは不安だからといって、朱妃は必ずクラスメイトのわたしを誘うのだった。

 わたしは冒険したくないタイプだ。服装も、ヘアスタイルも、シンプルでいい。オシャレだと思われなくていい。同じショートの髪型を何年も続けているし、私服は黒かグレーと決めている。だから、根本的に朱妃の気持ちや行動がわからないことが多かった。


 わたしの友達は、なんともなやつであった。


 顔の輪郭りんかくにコンプレックスがある朱妃は、髪をロングにしてカバーしようとしていたのだが、それがかえって彼女のくせ毛を目立たせることになってしまっていた。

 あと、買い物が下手な朱妃はいつも直感で服を買ってしまうので、すでに持っている服との組み合わせがうまくいかず、私服はいつも出来の悪いパッチワークみたいだった。


 それから、いつもゲラニオールで買った真新しいブーツや、ローファーを履いていて、革が固くて足が痛い痛いと言っていた。一緒に歩いていると、朱妃が痛みのあまり立ち止まってしまうこともよくあった。革が自分の足に馴染む前に新しい靴を買ってしまうので、朱妃の足はいつも痛いままだったのだ。すでに履ききれない程の靴を持っているのに、それでも、朱妃は翌月になれば新しい靴をゲラニオールで購入していた。そんなときわたしは、心の底から朱妃のことを不憫ふびんに思っていたように記憶している。


 わたしの血は冷たい。

 朱妃の恋が実るとは、とうてい、思っていなかった。

 なぜならこの蓮という男、悪意もなければ善意もない、といった人間で、実に気前よく優しい言葉を並べるのだが、その言葉からはまったく心が感じられない。朱妃への対応も当たり障りの無い言葉を並べているみたいで、ほんとうに吐き気がした。結局のところ、朱妃は蓮の――、


 顔が好きなんでしょう?


 そんなふうに、朱妃を問いつめたことがあった。

 朱妃はあからさまに表情を険しくし、悪い? と開き直った。その語気の強さに「あっちへ行け」と両手で突き飛ばされたかのような衝撃を、わたしは覚えた。

 それで、諦めた。朱妃をなだめたり、止めたりすることは無理なのだと、理解した。


 傷つくまで待とう。わたしはそう決めた。

 いつか朱妃が傷ついた時に、わたしがそばにいればいいじゃないか、それにもしかしたら、なにかがぴったり上手くいって、朱妃の恋は成就するかもしれない、わたしの取り越し苦労という事になるかもしれない。


 ――甘い考えだった。

 実際には、事態は納まる気配を見せる事なく進み続け、ある時点でまったく気味の悪い方向へと転がり、いまだ止まらないままだ。

 なぜこうなってしまったのだろう?

 振り返るに、すべては――すべては恋が悪いのだ。

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