夜明け、飛んでゆく龍を見ていた
泡科
序章 ヴォイス騎士団、再び
EP1.再会
長期休暇が近いせいだろうか。外はまだ明るいというのに、酒場の中は騒がしかった。その中で、一人静かに本を読む青年がいた。彼が読んでいる本は魔術に関する本であり、その中でも黒魔法と呼ばれる攻撃に特化した魔法に関する本だ。そのうえ、その本は高度な魔術の計算式が書かれていて、魔術師でない者には解読すら難しいものだった。何やらとても気難しそうな顔をしてわざわざ居酒屋で本を読む彼を、周りの人々は好奇の目で見るが、彼はその視線を気にすることもなく、本を読むことに集中していた。
彼の名はエルヴィン・ブラウン。通称ヴィン。歳は二十二歳。彼は今日、ここに集まるはずの仲間を三十分前から待っていた。ちなみに今は集合時間の十分前。もうそろそろ、仲間たちが来てもいい時間だ。
目の端に移った見覚えのある人影にヴィンはふと顔を上げ、読みかけの本に栞を挟んで閉じた。
「やっぱりヴィンは早いね。」
後ろからにっこりと笑った女性が語りかける。
「貴女方が遅いだけですよ。まあ、フィネ、貴女が最初に来るとは思っていませんでしたが」
銀色に光る一つにくくった髪を、邪魔そうに後ろにやりながらヴィンは苦笑した。
「でもまだみんな来てないんでしょ?あんたのことだから、どうせ今日も三十分くらい前からここの席に座っていたとしか思えない。みんな時間にルーズなのに、昔からそういうところだけは変わらないよね」
ご明察、と笑うヴィンの隣の椅子に女性は腰掛けた。この女性の名前はフィーネ・エレット。普段はフィネと呼ばれている。弓と剣の使い手であり、身長もかなり高い。少し長めの前髪を横に流し、フィネは運ばれてきた水を飲み干す。
「で、ヘクトくんはどうしたんです?」
ヴィンがメガネを少し押し上げる。
「あれ?まだ来てないってことは…」
フィネがあたりを見渡すが、ヴィンのいうヘクトらしき人物は見当たらない。
「また厄介ごとですか…。姉弟なのに一緒に来なかったのですか?」
「それがさあ、用事があるとか言って先に行くって家でちゃってさ」
「なるほど」
ヴィンが少し頭をかく。ヘクトが厄介ごとに巻き込まれたとしたら他の仲間も厄介事に遭遇した可能性が高い。そう思いながら二人はイスから立ち上がった。もともとヴィンの分のコーヒーしか頼んでないため、そこまでの値段ではなかった。忙しいようで、誰もいないレジに代金と注文票を置いて外に出る。
「まあ、あの子たちのことだし、そんなに心配はしなくてもいいと思うけど…」
そこまで口にしたところでフィネは口を閉ざした。背後からの異様な気配。幾度となく感じてきた人間とは少し質の違う殺気だ。
無言でフィネが背中のクロスボウに手を伸ばし、瞬間的にヴィンの背後に近づいてきた黒い影に向かって矢をつがえ撃った。直後、小さなうめき声と共に、ドサッと黒い影が倒れた音がし、よく見ると人に似ているが明らかに人ではないものが地面に転がる。フィネたちにとっては見慣れた敵であり、この世界では主にグラッジと呼ばれる人造人間だった。
「わー…これと会ったの超久しぶりじゃない?」
フィネが露骨に棒読みで嫌そうに言う。
「フィネさん、そんな明らかに嫌そうな声出すものじゃありませんよ」
「えー、だって嫌じゃない?これがいるってことは、シュヴァルツが動き始めた証拠じゃない」
「仕方のないことです。それより、ヘクト君たちの安全確認が先でしょう」
グラッジの意識がないことを確認して消滅魔法をかけ、ヴィンが早足で歩き始める。あんな小物に仲間がやられるとは二人とも思ってはいなかったが、万一ということがある。質より量で来られたら、それだけ勝つのは難しくなる。
先ほどの気配もまだ文句を言いたげにしているフィネと共に、ヴィンはもう一つの集合場所の方向へと向かった。
***
突然、携帯送受信機の着信音が鳴った。
「誰かと思えばヴィンか…何があった?」
自分の部下からの受信に声が強張る。ヴィンは必要最低限以外ほとんど連絡をよこさない男だ。そんなヴィンからの連絡ということは向こうで何かが起こったということだ。
「アル、面倒なことになりました。そこにルーもいますね?」
ヴィンの確認に、アルと呼ばれた男性は一緒にいた少女、ルーを見た。
「ああ、ここにいる。必要ならスピーカーに切り替えるが?」
「お願いします。では、状況を説明しますね」
ヴィンからの話で一通り状況を把握した二人の顔になんともいえない色が浮かぶ。
「まあ、ある程度のことは予想できていたがこんなに早いとは…なぁ…」
眉をひそめるアルの横でルーがその言葉に同意した。
「だよね、ここまで早いとなると今後の行動も…アル?」
ルーが話しかけて突然言葉を切る。後方から少し感じる異様な気配。気づかれないようにしているつもりだろうが、殺気もちらほらと混ざっている時点で無駄な努力だ。
「ヴィン、都合が悪くなった。後でまた連絡する」
そう一言告げてアルが連絡を切った。
「そこにいるのは分かっている。要件はなんだ?」
がさがさと茂みが動く。出できた敵はざっと数えて十人程度。その中に人間も何人か混ざっている。俺たちも随分となめられたものだな。そう思いつつ、アルが剣に手を伸ばした…瞬間、手首に鋭い痛みが走る。若干の火薬のにおいと、腕に残る魔法痕。おそらく魔法銃の弾が腕を掠ったのだろう。
「動かないでもらおうか。アルノルト・ヴォイス、ルーツィエ・アイク…だな。武器を捨ててこちらに来てもらおう。怪しい動きを見せれば…分かっているな」
ビルの屋上に視線をやり、人間の男の口の両端が吊り上る。屋上からは金属らしい鈍い光が見えた。恐らく魔法銃で狙っているとでも言いたいのだろう。
きちんと情報が伝わっていないのか、それとも余程思い上がった奴らなのか。向こうの態度を見る限りでは負ける気がしなかった。
「安心しろ、俺たちは怪しい動きなんて見せないさ」
アルの言葉に、男が鼻で笑った…その顔に、勢いよく飛びかかった少年の膝がめり込んだ。少年がその反動で華麗にバック中を決め、アルの前に着地する。
「囮、お疲れ様っす!」
少年がさわやかな笑顔でアルにそう告げ、その場でルーのローキックを食らった。
「お疲れ様っす―じゃないでしょ、このバカ!誰がいつ囮になったっていうのよ」
「お前に言われたかなんてねぇよチビ!俺はお前におやつ食べられたことまだ忘れてないんだからな!」
「私とだったらアルまで巻き込まないでよ!だいたい十年も前のこと持ち出すなんて器の小さい男ね、私より年上なくせに中身は随分とオコチャマなのね」
「中身がどうであろうと関係ないだろ。どうせ戦いになったら俺には勝てねぇんだろうしな」
「へぇ、いいじゃない、やってみなさいよ」
「ルー、ヤン、二人ともいい加減にしたら?」
一発触発しそうな二人に別の男性が声をかける。
「あちらさんがコケにされてるって騒ぎ立ててるし…」
確かに男性の言うとおり向こう側を見ると既に武器を出して戦おうとするものの、男性の防御結界によって弾き返されているのがよく見える。
「なにより、それ以上何かやらかすつもりならヘクトがキレるんじゃないか?」
アルの言葉にヘクトと呼ばれた青年が笑い、二人の表情が一瞬で凍る。
「まあ、その前にこいつらどうにかしなきゃだよね」
ヘクトがそう告げた瞬間、何かを目でとらえたアルの表情が変わった。
「ヘクト!高度防御結界だ、急げ!」
アルのめったに聞くことのない怒鳴り声にヘクトが素早く反応して防御結界を張る。結界を張って3秒数えないうちに、突然それは降ってきた。
頭上から降り注ぐ金属独特の鈍い光。それが次々とグラッジに突き刺さり、ガスが漏れるような音を立てながら消えてゆく。地面には大量の矢が突き刺さっており、ちりぢりになった宝石がきらきらと光っていた。
「おいフィネ、これやるときは合図しろって毎回毎回何度言わせれば分かるんだ」
思わずアルが頭を抱える。
「でも合図しなくてもわかったでしょ?結果オーライってやつじゃん」
「そういう問題じゃないだろ」
さらにアルが頭を抱える。こいつが筋金入りのバカなのはいつまでたっても変わらないな。
意図せず漫才と化している空気の後ろで、かすかなうめき声がしたのをヴィンは聞き逃さなかった。
「アル、人間が混じってたんですか?」
「ああ。攻撃すんのがめんどくさいからとりあえず放っておいた。聞き出しはお前がやるだろ?」
ヴィンが軽くため息をつく。
「仕方ないですね…」
軽くヴィンが男の首をつかみ、こちらに顔を見えるようにする。
「おはようございます。グラッジはすべていなくなりましたよ」
にっこりとした笑顔の裏に黒いものが見え隠れする。男が思わずヒィッと声を上げた。
「さて、じっくりと教えていただきましょう。貴方達の目的は?」
「…し…知っててもしゃべるもんか」
男の言葉にヴィンのめがねがギラッと光る。
「なんですって?もう一度おっしゃってください、よく聞こえませんでした」
また男が短く悲鳴を上げた。
「わかりました、しゃべります!しゃべります!だから命だけは勘弁してください」
「大の男が命乞いですか、みっともない」
冷たい声が返ってくる。もうどうも言おうがなかった。
「ヴィン、いじめるの楽しいのは分かるけど時間の無駄よ」
くすくすと笑いながらルーが言う。男にはこの少女も悪魔に見えたに違いないだろう。
「で、目的は?」
ルーが男に詰め寄る。
「お…大いなるシュヴァルツ帝国が完全に復活するんだ。だからその手始めにルミナの偵察にきたんだ」
シュヴァルツ帝国の完全復活。その言葉にヴィンが眉をひそめる。
「そこでお前らを見つけて手柄でも立てて帰ろうと…」
男の語尾に発砲音が重なり、男が顔を引きつらせ、口を歪ませたまま黙る。アルがヤンのホルダーに収めてあった魔法銃を抜き、発砲したのだ。
「今の情報、間違いないだろうな」
アルが魔法銃を構えたまま男に問う。
「も、もちろんでございます」
「…そうか」
ヴィンがそのまま黙ってしまったアルに耳打ちで相談を入れた。アルが頷いたのを確認し、ヴィンがすかさず次の質問をする。
「シュヴァルツ帝国の目的は?」
ヴィンの問いに男はすぐには答えなかった。
「…すべての世界の侵略と統一だ」
その言葉にヴィンが腕を組んで少し考える。
「アル、こいつ役に立ちませんよ」
スパッと言い放った言葉が男の心にぐっさりと刺さった音が聞こえた気がした。あまりの言い方に穏やかな性格のヘクトが苦笑いをする。
「なんだと…!?」
男が我に返り叫んだ瞬間だった。キィンという金属音によく似た音が響いた。
「みんな、離れなさい!」
すぐさまヴィンが叫ぶ。全員が指示に従い、後ろに三歩ほど下がった瞬間だった。男がいた場所が突然爆発したのだ。さきほどまでそこにいたはずの男の姿は見えず、焦げたにおいと地面に飛び散った血だけが残っていた。
「これは…後味の悪い…」
袖で鼻を覆いながらヴィンが言う。
「シュヴァルツの典型的なやり方だ。要らないものは切り捨てる。まさかここまでとは思っていなかったが…」
「いや、シュバヴァルツはここまでやりますよ。現に俺はこういうケースで殺された人たちを嫌というほど見てきた。友達も、兄貴も、こうやってシュヴァルツに殺されたんだ」
アルの言葉にヤンが吐き捨てるように言い切る。シン…と無言がその場に流れた。
「とりあえず、ここで話していても仕方がありません。場所を変えましょう」
先ほどの酒場の方向へ歩き出すヴィンの後をアル、ヘクト、ルーと順番に歩き始める。とにかくこの後味の悪さを、早く洗い流したかった。
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