第二章 竜騎士の卵たち
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竜騎士。普通の騎士と並ぶ空専用戦闘士。巨大な竜の背に乗り、大空を翔けながら敵軍に突っ込みその手に持つ剣を振るう。国に定められた空の領土を守る大事な職業だ。
竜騎士・騎士養成学校で学ぶことによってその資格は与えられるのだが、その訓練は実に厳しいものだった。日常的に寮というものに縛り付けられ、街に外出してよいのは午後九時までと決まっている。そして起床時間は毎朝四時という、慣れない間は日中の知識学授業での居眠りが日常茶飯事になってしまうほどだった。
「ふああああ」
「なんだよ寝不足か。そんなので今日の実技試験大丈夫かよ」
この学校での友人の一人である
「心配は無用だよ。俺は実技だけが取り柄だからな」
そう得意げに言って、自分の中の不安を無理矢理引き剥がす。
今日は三カ月の成果が試される学期末実技試験の日だった。数日後には雲雀の苦手な知識学試験も待っている。
「まあ、確かにお前実技だけはいつもずば抜けて成績いいよな。俺はどちらかと言うと知識学の方が得意だから、正直不安だぜ」
そう言って蓮太が溜息を吐く。
蓮太は確かに実技より知識学の方が得意そうだった。運動能力と正しい判断力を必要とする実技よりは、知識と記憶力を必要とする知識学の方が、彼の性格的にも体力的にも合っているように感じる。
「大丈夫だって。いざとなったら首輪にしがみ付いているだけでも点は取れるんだから」
雲雀は励ますつもりでその言葉を蓮太に向かって言う。
実際のところ、それだけで点は取れるが霞ほどの点だ。なんの足しにもならない。空を華麗に舞い飛んだり、終了の笛が鳴るまで修練剣を使って敵と剣を交えたりすることで大きな点数を得ることができるのだ。勿論、勝敗も点数に影響は出るが。
だがそもそも首輪にしがみつくのは良いが、相方である竜と意思の疎通が出来ずに地面から一ミリも浮かび上がらないでいると赤点は確実である。
「はは。それは確かにな」
蓮太が苦笑いした。雲雀は蓮太に話したくてうずうずしていた話題に変える。
「それよりさ、聞いてくれよ。俺、昨日でっかい竜を見たんだ」
「でっかい竜?」
雲雀の言葉を鸚鵡返しする蓮太。
「そう、でっかい竜。大型の竜だよ。大人の」
雲雀は目を輝かせながら昨日見た竜の話をする。
緑色の大きな竜。でも雲雀は昨日竜と同じくして出会った華士のことは一言も話さなかった。彼に限らず、他の人に話してしまうのは何だか惜しい気がした。それに、おそらく蓮太は竜以外の話には興味を持たないだろう。
華士という存在が、都市伝説のようなものだったからだ。
「マジか。すげーけど、お前もしかして森に入ったのか」
顔をしかめながら、蓮太が雲雀に聞く。
「入ったけど、ほんの入り口だから」
「そうか。ならいいんだ。奥まで行くのは禁止されてるからな」
そう、森の奥。つまり竜人族が生活している村がある場所には、一般的に人族は立ち入り禁止である。例外として都市の偉い人は何か重要なことがあれば立ち入りを許されている。まったく不公平だと雲雀は思う。竜人族は人族の街で働くことを許されているのに、人族は竜人族の村で働くどころか、立ち入りさえ許されていないのだ。
それは大昔に交わした契約のためと言うが、竜人族側は自分たちの民族を守りたかっただけのように思えるのだ。
発展を重視する人族に対し、竜人族は古き良き文化を大事にしている。と言うことだろうか。
「まったく、何で実技の時って中型の竜何だろうな。俺たちはもっと大きな竜に乗りたいのに」
「それはお前、行き成り大型竜に乗るのは危ないからだろうな。だから中型竜で練習させられているんだろう」
雲雀は蓮太のわかりきっている説明に溜息を吐く。
理解はしている。だが、それでも大型竜への憧れはすぐにはなくならないものだ。きっと皆そうなのだろう。でなければ竜騎士なんてものは目指さない。竜騎士が空を翔けるその姿は、オーロラより神秘的でテレビのイケメンと言われている俳優よりかっこいい。
「まあ、お前が大型に憧れるのもわかるけど――」
蓮太が言葉を続けようとした時だった。
「なになにー? なんの話ー?」
雲雀は後ろから突然、誰かに飛びつかれた。声と、雲雀の腹部に回された手の位置で、それが誰なのかはすぐにわかった。
「ルリ!」
雲雀は驚いた顔をしてその少女の顔を見下ろす。雲雀の身長の半分の背丈をした子どものような容姿のこの少女、ルリ・ヒ・シイナは雲雀の学内限りの相方である。
竜騎士科には二つほどクラスがあり、人族のクラスと竜人族のクラスというふうに別れているのだ。
授業のカリキュラムには竜人との交流時間も入っており、自分の乗る竜の相方を作ることが決められている。つまり、交流することによって仲良くなれば自然に相方を決められるが、交流が上手くいかず相方がなかなか決まらない者は、指導官によって適当に余り者同士で組まされるのだ。
ルリと雲雀が相方になったのもその交流がきっかけだった。ルリは明るい子どものような竜人族の娘で、竜騎士の竜になるために人間の街に出てきたと言う。最初は雲雀も竜人の誰かと話をすることに緊張と戸惑いを有し、蓮太と二人でその場に立ち尽くしていたのだが、そこに話し掛けてきたのがルリだった。
雲雀たちはすぐに打ち解けた。
ルリの交友関係が広いせいで他の竜人とも交流をしたが、やはり雲雀にはルリしかいないと思い相方を申し込んだら、あっさりと承諾してくれた。それからはずっとルリが雲雀の相方である。
「こいつがでっかい竜を見たっていう話をしてたんだよ」
蓮太がルリに向かって言う。
「でっかい竜ー? 私よりでかいの」
そう言ってルリが上目づかいで雲雀に向かって首を傾げてくる。
高い所で結んである二つのおさげが揺れるのを見ると、雲雀はルリに向かって頷いた。
「比べ物にならないくらいな」
「じゃあ私よりもっと大人の竜なのか。いいな。雲雀はその竜に乗りたいの」
「ああ、乗りたいね」
ルリの問いに、雲雀は迷いなく答える。きっとルリも雲雀の気持ちをわかっているだろう。少しだけ拗ねたような顔を見せたが、すぐにいつもの笑顔で「私も早く大きくなるね!」と言って、駆け足で去って行った。すぐにまた試験で顔を合わせるのだが。
「あーあ。お前は酷い奴だな」
蓮太が急に顔をしかめながら言った。
「え?」
雲雀は再び足を運びながら首を傾げる。
「ルリちゃんの気持ちわかってんだろう。それなのに、でかい竜のことばっかり考えて。少しはルリちゃんのことも考えてやったらどうなんだ? 世話になっているわけだし」
「ルリのことも考えているよ。一応」
「一応?」
蓮太が雲雀に疑いの視線を送ってくる。
雲雀は右手の人差し指で頬を掻いた。自分でも本当はわかっているのだ。ルリは多分、自分が中型竜であることを気にしている。
「そ、そういうお前はどうなんだよ」
「俺か? 俺も勿論考えてるよ。相方のこと。俺はお前みたいに夢見がちな人間じゃないし。ちゃんと現実の相方と向き合ってるつもりだよ」
時折、蓮太がとても大人びて見えるときがある。否、雲雀が子どもなだけなのかもしれない。ルリの気持ちを察していながら、それでも大型に憧れる気持ちは止められないのだから。
「とにかく。お前はもっと現実見た方がいいって」
蓮太がそう言って、雲雀の背中を思いきり叩いた。気合を入れたつもりなのだろうが、思いのほかダメージがきつく、気合が入るどころか気が滅入りそうになった。
「いてえよ」
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