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シーン8

 

 

 

 

 

 

 夢の中でも君に会えてよかった。

 夢で会えるだけでよかった。

 

 君の事が僕の全てだった。

 

 君の笑顔の為なら、僕は世界を敵に回してもいい。

 

 また会おう、壬空。

 

 覚えていて、君の理想的な彼氏。

 

 九十九 元は君の事を永遠に愛している______

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃん。

 私のお姉ちゃん。

 

 大好きな私のお姉ちゃん。

 

 私のせいだよ。

 私のせい。

 

 私が望んでしまったから。

 永遠に姉妹だいたいと、月に願ってしまったから。

 世界は表情を変えたの。

 

 妄想の妹の分際で。

 お姉ちゃんと何時までも一緒にいたいと願ってしまったから。

 

 世界は崩壊をはじめたの。

 

 

 私のせい。

 私のせい。

 

 でもね、お姉ちゃん。

 壬空お姉ちゃん。

 

 私は決意したよ。

 

 私は初めて自分の意思で願ったから。

 

 自分の意思で、もうひとつ願うよ。

 

 お姉ちゃん。

 

 私を消して、現実に戻ってよ______

 

 

 

 

 

 

 

 初めて乗る蒸気機関車は、空へと飛び立った。

 目の前の空を線路に、土を撃ち破り、地獄を抜けて、ホニャラララを抜けて・・・

 

 私は、再び地表へと上がった。

 

 『後は頼んだよ、ナオミンさん。壬空のことを。』

 

 『はい。』

 

 私を座席に下ろした九十九さん。

 私の涙を手で拭き取り、私にキスをして。

 

 こう言った。

 

 『現実で待ってるよ壬空・・・』 

 

 九十九さんがホームで手をふるのを眺めながら、私とナオミンさんを乗せた機関車は、浮き上がった。

 

 遥か宇宙に浮かぶ船を目指して・・・

 

 「ねえ、壬空ちゃん。これをあげる。」

 

 私が朧気に外の景色を眺めていると、ナオミンさんは私の膝に1本の包丁を置いた。

 

 「聖剣・エクスカリバー。土星人を滅ぼし、現実へと貴女を導く神の剣・・・・・・貴女にあげる。」

 

 「・・・私がこの場で手首を切ると思わないの?」

 

 私はその包丁を手に取り、手首に当てた。

 それでもナオミンさんは私を止めず、ただ私の目を見て

 

 「例え、夢でも。壬空ちゃんと一緒に旅できて私は楽しかったよ。

 例え私が幻でも、私は生きれたよ、貴女のお陰で。

 ありがとう壬空ちゃん、宜しくね壬空ちゃん。

 私は貴女にどこまでも着いていくからね。」

 

 ズルい、ズルいズルいズルい・・・

 

 私に優しくしないでよ。

 私を惑わさないでよ。

 

 私は包丁を握りしめ、泣いた。

 声をあげて、私たちしか乗らない客席に私の声がこだまする。

 

 その私の背をただ、ナオミンさんは擦り続けた。

 

 雲を抜けた空は、1面の蒼。

 何もいない空を見ることもなく、私は包丁を握りながら涙をこぼし続けた。

 

 「・・・もうすぐ着くよ。壬空ちゃん。

 英枝ちゃんのところへ・・・貴女の大事な妹のところへ。」

 

 「私に、妹なんていない・・・」

 

 「そうだね、現実にはいない。

 でも今は夢の中・・・彼女は実在してるよ。貴女の夢の中で・・・貴女を想い、貴女を愛し、貴女を慕う妹が。

 貴女が助けに来るのを待ってるよ・・・」

 

 「・・・英枝。」

 

 意味がないこと。

 私がこのまま機関車に乗り、土星人を刺し殺して英枝を救ったとしても・・・

 

 どうせ消えてしまう。

 失ってしまう。

 永遠に。

 

 私の大事な英枝、私の片割れ。私の心。

 

 そこまでわかっているのに。

 私は包丁を自分の身体に突き立てられなかった。

 

 「泣いてる・・・・・・聞こえる・・・」

 

 「うん・・・」

 

 「英枝の・・・・・・私の妹が泣いてる・・・・・・」

 

 「うん・・・」

 

 「私を・・・こんな私を・・・・・・待ってくれてる・・・」

 

 「うん・・・」

 

 「知ってるのに・・・私が貴女を消してしまうこと・・・・・・知ってるのに・・・」

 

 「うん、うん・・・」

 

 「どうしてなの・・・? 貴女はどうして私を待ってるの?」


 顔を上げて、窓から外を見た。

 機関車は大気圏を突破して、宇宙へと飛び出た所だった。

 

 綺麗な星。

 独りで泣いてた私を照らしてくれていた星たち。

 

 その星の中に、大きなゴボウが浮いている。

 

 私を壊した、生命体。

 私を犯した、生命体。

 

 それに突き立てる刃を握り直した。

 

 ___助けて・・・お姉ちゃん___

 

 「・・・・・・うん。」

 

 ___英枝を・・・・・・お姉ちゃんの妹___

 

 「・・・・・・いいの?」

 

 自分に問いかけるように、

 聞こえてくる声に問いかける。

 

 ___大好きだよ、お姉ちゃん・・・・・・信じてるよ___

 

 『私を助けて』

 

 わかったよ。

 英枝。

 わかったよ。

 英枝。

 

 今、会いに行くよ______

 

 

 

 

 

 

 

 

 音楽が聞こえる。

 

 ス○ッツの『恋する○人』

 

 私が唯一残した母との記憶。

 

 母に連れられて観に行った演劇で流れていた曲。

 

 主人公は剣を片手に、敵をバッタバッタと倒していく。

 

 「突入するよ! 捕まって! 壬空ちゃん!」

 

 『まもなく、宇宙船___宇宙船___まもなく___父親___父親___』

 

 土星人の宇宙船を覆うバリアーへと機関車がぶつかる。

 大きく揺れる車内。

 

 ___行こう___

 

 私は揺れ動く車内で立ち上がった。

 

 『終わらせよう』

 

 聖剣・エクスカリバーを手に持ち。

 

 「入った! 来るよ! 奴等が! 」

 

 ナオミンさんも立ち上がった。

 私と共に。

 

 私を支えるように。

 

 連れ添うように・・・・・・

 

 トゥットゥ、トゥットゥトゥン。トゥットゥトゥ、トゥン。

 

 頭でアラートと音楽が鳴り響く。

 

 侵入者! 侵入者!

 

 ___試されている狂った星の上___

 

 ___自分で考えろ___

 

 ___変わりたいと何度思ったか___

 

 ___妄想だけでなく___

 

 ああ、私にピッタリ。

 初瀬川壬空にも。

 長谷川美空にも。

 

 「・・・いまっ! 走るんだ!」

 

 ドジャブリの雨の様にレーザー光線が降り注ぐ。

 

 明日、筋肉痛になるほどに私はがむしゃらに飛び出した、走った。振るった、突き刺した、聖剣を!

 土星人から吹き出した赤い液体で目も前が見えなくなっても。

 

 英枝のために、英枝のために!

 

 例え消えてしまうとして。

 意味のないことでも。

 

 私自身を止められない。

 

 「英枝! 英枝! 英枝! 英枝ぇぇっ!!!!!」

 

 矛盾だらけだね。

 現実が嫌で潜った夢の中。

 その夢を自分の手で壊そうとしている。

 

 いいや!

 私は生まれ変わったんだ。

 赤子に!

 居なくなった母の胎内に!

 

 この夢は私の胎動!

 

 生まれ変わるために私は剣を突き立てる!

 

 もう一度、現実を生きるために!

 

 私に与えられた試錬! 死錬!

 

 勝とう、父に。

 見よう、空。

 

 美空になろう。

 

 私の心の炎は誰にも消せない!

 誰にも渡さない!

 

 消えてない、私の生命の炎。

 出会おう、私と歩いてくれる人に。

 

 今まで押し殺してきた心を解放しよう!

 

 英枝のために!

 自分のために!

 

 何でもやる、生きるために。

 私らしく、私になるために。もう一度。

 

 意味なんて、理由なんて後で考えればいい!

 

 だって!

 

 生きてるってそうゆうことでしょう!! 

 

 『美空。何だそれ? ______俺を殺すのか?

 

 俺を______

 

 父親を______』

 

 

 「ああ! 殺す! 私を種付けてくれてありがとう!

 さよなら! お父さん! 私は生まれ変わる!!」

 

 そして、私は土星人に包丁を突き立てた______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊の音が聞こえる。

 宇宙船が、世界が______

 

 

 「お姉ちゃん・・・」

 

 「・・・お待たせ、英枝・・・」

 

 

 抱き締めた。

 牢獄に囚われていた英枝を。

 

 壊れる宇宙船の牢獄で。

 

 「ごめんなさい! ・・・ごめんなさい! ・・・私のために・・・」

 

 「・・・いいの、いいんだよ・・・英枝・・・」


 私が決めたこと。

 私が選んだことだから。

 

 血まみれの私の胸で、ただただ泣きじゃくる英枝、私の妹・・・

 

 『爆発まで___あと1分』

 

 世界が滅ぶまで、あとそれだけ。

 

 英枝を抱き締めていられるのも・・・

 

 「お姉ちゃん・・・?」

 

 身体が動かなくなった。

 

 決めた筈なのに。

 決意した筈なのに。

 

 英枝を手放せない。

 

 終わりの時は近づく。

 1秒1秒が永遠に感じられるほどに。

 

 この胸の中の温もりを抱き締め続けていたいと______

 

 「ありがとう・・・お姉ちゃん・・・」

 

 温もりが離れた。

 英枝が私を突き飛ばした。

 

 「えっ・・・英枝!」

 

 崩れた床に落ち、私はとこしえの闇へと落ちていく。

 

 「・・・私はいるよ、お姉ちゃんの中に。何時までも・・・・・・何時までも・・・・・・」

 

 「待って! 英枝! 行かないで! 英枝!」

 

 揺らいだ心を投影するように、突き飛ばされた私はその場に止まる。

 

 伸ばしても届かない距離にいる英枝に手を差し出しながら。

 

 「会いに来て・・・お姉ちゃん。

 また・・・・・・私と姉妹になってよ・・・

 待ってるから・・・・・・ずっと・・・ずっと・・・」

 

 「さよなら、お姉ちゃん・・・大好きだよ。」

 

 英枝は消えていった。

 

 光に包まれて。

 

 妖精たちに連れられて______

 

 「壬空ちゃん!」

 

 宙に漂う私にナオミンさんの声が届いた。

 

 「今から空けるよ! 現実への扉!」

 

 1面の闇の空間、宇宙空間。

 

 目の前には、黄色い月。

 

 その月目掛けて、1本のミサイルが突撃した。

 

 ありがとう、ナオミンさん。

 

 ありがとう、英枝______

 

 

 

 

 

 

 

 ___愛してる、壬空___

 

 私の身体は一羽の大きな揚羽蝶に掬われた。

 壊れた月から1本の光が差し込む。

 

 その光の先へと蝶は私を乗せていってくれる。

 

 「ありがとう・・・・・・お母さん。

 

 私も・・・・・・愛してるよ・・・」

   

 

 

  

 

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