The Mannequin
ひげおじさん
The Mannequin
冥とした闇夜に、燦々としたクリスマスのイルミネーションが輝きを放つ。
光は暗闇の中で輝いている。だが、闇は光を理解しなかった。
今日は神の誕生を記念する日であるが、もはや初めの意図は形骸化し。男女のつがいが巷を圧倒する記念日となっている。街はクリスマスを謳歌する人々の声でにぎわい、幻想的な享楽が全てを支配していた。
その光景をちらりと一瞥する二人の乙女。彼女たちの面貌は、羨望と嫉妬、諦念で曇りを帯びている。
「どこもかしこも人ばっかりね。それに和気あいあいとしたカップルの群れ・・・・。私たちみたく、非リア充にとっては肩身の狭い祝日だわ」
和子はふうと白いため息を吐く。
「私も今年こそはいい男を捕まえるって思ってたんだけどな~。高身長・高学歴・高収入のね」
泉は「高」を強調して、指を一、二、三と広げる。
「また、泉の3K病が始まったわね。そんなうまい具合に三拍子が揃った美男子は、私たちみたいな残り物には期待できないわよ」
和子はわざとらしく肩をすくめる。
和子も泉も、二十の半ばを超えていた・・・・そろそろ落ち着くところに落ち着きたいと、心から願う歳頃だ。
「やっぱり、私の顔がよくないのかな~。最近はお肌のツヤも曲がり角で、毎日が小じわとの戦争だし。身体も徐々にだけど、若い頃のハリツヤが失われているのよね~」
泉は人差し指で、ほうれい線を引っ張る。
一生を美しくありたいと思う女性の気持ちは、時の経過によって裏切られてゆく。
「だから今日は、某有名人もご用達だって噂のエステサロンに行くことにしたんでしょ?まぁ、クリスマスをよそに、私たちはエステというのも侘しい話よね。
今日くらいしか仕事の休みがとれないというのも、身も蓋もない滑稽談だわ。
えーと、確か。ここを曲がって突き当りの・・・・」
和子はスマホの画面をタップしながら、現在地と地図情報を交互に眺める。
「ああなんだ。すぐ目の前だったわ」
彼女の口から独白が漏れ出す。
二人の眼前には、クリスマスで活気づく*瀟洒な表通りとは裏腹に、魔女でも住んでいるのではないかと怪しむほどの、うら寂れた館が門を構えていた。
庭の植物は雑草に覆いつくされ、微かに薔薇の形状を留めた低木が、僅かに生脈を保っている。屋敷には蔦がミミズのように這い。ひびの入った窓ガラスからは、燈火の一筋さえない。
人の気配が全くしない。今日は休みだとHPを閲覧したときには載っていなかった。
また、玄関と思われる表札には簡素な文字で「The Mannequin」と綴られている。場所を間違えたわけでもなさそうだ。
「なんだか・・・・趣のあるところね。お化け屋敷みたい」
泉が、屋敷の庭園に一歩踏み出す。
「ねえ、もしかして今日は事情があって、休みなんじゃないの?」
一方で和子は、館に入るのを躊躇していた。
明らかに、この屋敷内には陰気なものが立ち込めている。不気味な*霏々朦々とした漆黒の霧が、土地一面に充満しているようだ。
「まあ、そんときはそんときでしょ。一応、お店がやってるかどうかだけ、確認してみてもいいんじゃない?」
泉はズカズカと庭を横切り、呼び鈴を鳴らす。
・・・・しかし、呼び鈴から音は生じない。
「あれー、鳴らないよー」
彼女はそれでも、未練がましく何度もボタンを押した。
「ほら、子供じゃないんだから止めなさいってば。失礼じゃない」
和子は眉をひそめる。
泉の行動は、貞淑であるべきアラサーの淑女としては、些か品性に欠けていた。
まあ、でもそれが泉なのよね。
和子は胸の裡で思った。
友達付き合いが長いと、相手の嫌な部分も、多少は目をつぶって黙認できるものだ。
・・・・・しかし、人様の迷惑になるようなことがあれば、叱咤の一言二言は繰り出さねばなるまい。
「あっ、なんだ。開いてるじゃん」
泉はドアノブをひねる。
いともたやすく、気味の悪い威圧感を放っていたドアが開扉された。
「おっじゃましまーす!」
館内の様子を一切確かめずに、泉はドアの中に吸い込まれてゆく。
「ちょっと、本当に都合が悪かったらどうするの?」
和子の文句は、泉の耳に入らなかったようだ。
ドタドタと、館内に侵入する泉の足音が聞こえてくる。
「本当に、泉は自分勝手なんだから」
和子は呆れ混じりに呟いた。
*瀟洒 すっきりと洒落ている様子。
*霏々 雪や雨が絶え間なく降るさま
*朦々 霧、煙などが立ち込めるさま。霏々朦々と書き連ねることによって、絶え間なく霧が立ち込めている様。という意味になるのではないかと存じます。
・・・・・難しい言葉ばかりを使ってすみません。
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