シャツの形状を考える

シャツの形状を考える

「新しいＴシャツの形を考えたい」

「それは物理的な意味ですか」

「まあ造形的な意味でね」

「Ｔって言っちゃってる時点でもう失敗ではないでしょうか？」

「じゃあ仕切りなおそう。新しいシャツの形を考えたい」

「考えてればいいじゃないですか。僕は別の仕事があるんですよ」

「まあ待て。そう焦らずとも、お前の興味を引くことを俺はひとつならず持っている」

「僕の興味を神社の子供籤みたいに軽々しく引かないでください」

「アルファベットを先頭から順にみていくと、最初にヒットする衣類として妥当な形がＣだろう」

「冗談きついですよ」

「心配ない、サイズ展開はＬＬからを考えている」

「どこに目を向けてるんですか」

「どうしてお前のこめかみを見ていることが分かったんだ!?」

「そんなところ見てたんですか？　僕が言っているのは市場の話なんですけど。フォルムがＣって……どんな胴長でも着こなせないでしょう」

「ビタミンＣ含有をウリにして売り出せないかな」

「どうして普段着にビタミンを求めるんですか」

「じゃあＩか？」

「袖を出す場所が確保できてないじゃないですか」

「『手軽に簀巻き気分Ｉシャツ』」

「購買意欲が微塵も喚起されませんね」

「『恵方巻がないときにピッタリ！　海苔巻きのきもちＩシャツ』」

「季節ものにしちゃったら商機が限られますけどいいんですか」

「『もう貝の時代は終わり！　これからは私は棒になりたいＩシャツ』」

「地球が何回生まれ変わってもそんなトレンドは来ないでしょうね」

「『長音伸ばし棒のタイプミスに！　校正用Ｉシャツ』」

「衣類なんですか？　便利ガジェットなんですか？」

「お前は反論ばかりで建設的な対案を出してこないな」

「元々の提案が非建設的に過ぎるからですよ」

「お前、あれだぞ、テトリスだったら棒はご褒美だろうが」

「シャツとテトリスが同居する可能性はこの場合限りなく０に近い無です」

「はっきりナシって言えばいいじゃん」

「それ言ったら先輩傷付くじゃないですか」

「意外と優しい後輩だった」

「シャツの提案もナシですけど、先輩は鞭撻を仰ぐ先達としてもナシです」

「愛がないな」

「いいじゃないですか、作ったＩシャツ着て部屋の隅っこでうずくまっててくださいよ。手も足も出ないほど粉微塵に先輩の心折りますよ。折り目が二度ととれないくらい灼熱に熱したアイロンで礼儀を仕込みますよ」

「怖い、この後輩怖い！」

「分かったらさっさと僕のデスクの上からどいてくれませんか」

「はい……」

「Ｃ――Ｉ――ん？」

「どうしたんですか後輩さん。喉が渇きましたか、それともお茶汲んできましょうか？」

「『ＩＣシャツ』」

「交通系ＩＣカードを煎餅代わりに食すなんて、いやあ流石だな――」

「Ｔシャツの実際の形って、ルーズなＣに極太のＩをくっつけたような形してませんか？」

「え――。あ、本当だ」

「新しい形ではないですけど、新奇な呼び方として提唱してみてもいいかもしれませんね」

「後輩よ――」

「なんですか先輩」

「ＩＣカードの着せ替えお洋服セットとかどうかな？」

「パスモやnanacoを猫可愛がりしている人がいるかどうかは知りませんが、時勢的にありえなくはないですね。ペット用の服やスマートフォンケースはすこぶる膾炙していますし。ところで、人の話聞いてましたか」

「よーし、ハイレグとかバニーガールとか作っちゃうぞー！」

「聞いてないですね」

「アドバイスありがとう後輩！　いいアイディアが出たぞ！　お礼に、自販機の120円の飲み物どれでも奢ってやろう！」

「本当に感謝してますか？」

「でもお前釣銭くすねそうだから、小銭で120円丁度しか渡してやんない」

「してなさそうですね」

「別に飲み物にこだわることはないぞ？　コンビニでパンとか買っても俺は怒らないからな？」

「そういう所を気に掛ける時点で先輩は相当小さいですよ」

ＸＳくらいですね。

10円玉12枚を受け取った僕は、自分の席を立って飲み物を買いに廊下に出た。

毎日毎日珍奇な先輩だ。背後で早速「パンダ作ろうパンダ！　女の子にウケよう！」と一人で盛り上がっている。

nanacoにパンダの着せ替えセットを取り付けたところを想像して、おかしくて笑った。