第二話 おれ
山上聡子を籠絡するのは、容易い。
先日の図書室の一件で、おれは確信した。あの女はおれの言動に不快感を覚えながらも、その行為をもたらした張本人に自分から謝罪する始末。たとえ精神的にはおれを拒絶していようと、いざ本格的に事に及んだとして、友達のいない、クラスでも孤立しがちな聡子が誰に相談できよう。これからどうやって聡子を堕としていこうかと思案すると、おれは笑いを堪えずにはいられない。
聡子に関しては、4月のクラス替えからずっと目をつけていた。聡子の二つ隣の席になったおれは、なんとなく彼女の方を見ていた。彼女は本を読んでいたが、同時に、彼女の右目だけはおれを見つめていた。思い過ごしかも知れない。そう考え、時間を置いて再度彼女の方に視線をやると、彼女の右目だけは変わらずおれを見ていたのだった。明くる日も、また明くる日も、おれはちらと彼女を見やる。そのたびに彼女の右目は、おれを見つめていたのだった。
「おはよう」
聡子に話しかける。そうだ。先の一件で気にすることなどなにもない。
聡子は信じられないといった顔つきでこちらを見て、すぐに視線を外す。この女、他人の顔を真っ直ぐ見られないようだ。
「今日、一緒に帰らない?聡子ちゃんの家、駅前でしょ。おれも同じ方向なんだよね」
分かりやすい奴だ。奥歯を噛み締めている。抑えようとしても口元が緩んでしまう。この手の女は、押せば押すだけ引く。引いた分スペースを詰めるだけで、与し易い。
「決まりだね」
聡子は目を伏せている。磨かれたオニキスのような黒髪が小刻みに揺れている。結局、聡子は一言も話さなかったが、それは拒絶もしなかったということだ。他者を思い通りに操る充足感は得られた。踵を返し、聡子の机を去る。あの女は、おれの背中をどんな目で見送っているのだろうか。想像するだけで顔がにやけてしまう。
やはり、恋愛というやつは、この上なく楽しい。
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