むかしピーターパンだったひとたちの話

@canaffu

01 ブーケ


「ねえねえ奈栖ちゃん」


 まきるは帰ってくるなり楽しそうに声をかけた。


「おかえりー。如何したの、やけに機嫌が良いね?」


 相変わらず自宅も真っ青なくつろぎようでパソコンをカタカタやっていた彼女も、その声のあまりの喜びように顔をあげた。


「ねえ見て、薔薇」

「え?」


 まきるが、ばさっと何やら花束じみたものを取り出す。

 どうしたのこれ、と赤い花を彼女は困惑しつつも受け取った。


「なんかわかんないけど、綺麗だなあって見てたらくれた」

「どういうこと」

「こっから俺のバ先行く道にさ、庭のある一軒家があって。そこでこれ育ててたらしい。元々あった木で、家主のおばさんも何の花か知らなかったらしいけどね。

 薔薇みたいでかわいいな、って思ってみてたら、丁度出てきた家主さんがちょっと持っていく?って声かけてくれて」

「何それマダムキラーじゃん」

「マダムキラーってちょっと響きがかっこいいね」

「わかる」


 へえ、ほんとに薔薇みたいだなあ。

 そんなことを言いながら、奈栖もそれを眺める。


「リボンかけてくれたのは家主さんだよ」

「そっか」


 花摘んで喜ぶとはなんという女子力。

 っていうかもう女子って言うか少女力みたいな感じじゃん。

 奈栖はほほえましくそんなことを想いながら、なんの気なしにその花の本数を数えてみる。




 ――――12本、か。



 これは故意なんだろうか。

 ちょっと思ってみて、おかしくなった。


 12本の"薔薇"の、意味。

 彼女が当時調べたところによると、それは"付き合ってください"、だとか"日増しに愛が強くなる"だとかの意味を持っているらしいと記されていた。

 後者はともかく、前者だとしたら、彼は相当ひねくれていることになるなあ。

 そんなことを想いながら、奈栖は一本を引き抜いた。


「とげ、無いんだね」

「みたいだね」

「手を怪我している心配はしなくてよさそうだね」


 よかったよかった、なんて言って、彼女は薔薇モドキに目をやるふりをしながら目を伏せて、抜き取ったその薔薇の一本をそっとまきるの胸ポケットに挿す。

 丁度、今日は白シャツ少年をやっていたのである。


「――――!!!!」


 彼と同じような色をしたその花を受け取った彼は、酷く驚いたように瞠目する。

 あぁ、やっぱり知ってたんだ。

 そう確信して、奈栖は笑った。


「……ちょ、ちょっと待って…?」


 ぱ、と彼は右手で顔を覆う。そして、照れた様に俯いた。


「待つよ?」

「いや…待って、そんなんずるいじゃん…」


 そっちで来ると思わなかった、と心底参ったような声音で、彼は項垂れている。

 だって、薔薇だといったのはまきるだから。

 奈栖は悪びれもせず、笑っていた。


「唐突な花束!って結構今日俺勝ちかなーって思ったのに」

「うん?それはもう勝ちだと思うよ?びっくりしたもん。すぱだりじゃん」

「だめ……!結局俺が完膚なきまでに打ち負かされてるからやっぱり今日も奈栖ちゃんの勝ち…!」

「まじで?やったぁ」


 思ってるんだかいないんだか、みたいな声音で言って奈栖は立ちあがる。

 これ、花瓶になりそうなのにいれておいた方がいいよねえ。

 そんなことを言いながら、食器棚を物色してみた。


「…奈栖ちゃん」

「はぁい?」

「完敗は完敗だけど!しかと奈栖ちゃんの"お返事"受け取ったからね、俺」

「えー?うん、そうだね?」


 分かっていないふり、なんて白々しい声を出しながら奈栖はくすくすと笑った。

 惚れたら負けだ、と言うし、惚れていることをもしも否定することになるくらいなら勝たなくてもいいのだけれど。

 そんなことを思っているまきるでも、やっぱり男としてたまにはきゅん!なんて効果音を奈栖に出させたい気持ちもある訳で。


 これでもだめか、なんて自分以上によっぽど惚れざるを得ない返し方をした奈栖にどことなく悔しい様な、それでいてどことなく嬉しい様な気持ちを抱えつつ、まきるもやっとのことで顔をあげた。


「いつもこれ以上ないくらい惚れてると思ってるのに、こうして時折また惚れさせてくるんだから奈栖ちゃんって怖いよねえ」

「何いってるの?そんな事よりどれがいいか分かんないからまきるやって」

「あ、はぁい」


 はやく、と手を招いた奈栖に逆らうことなく、まきるも食器棚を漁りに立ち上がる。


 俺にも奈栖ちゃんにも。

 どうせ自分たちはこのまま結婚するのだろう、なんていう予感があるから。

 まだまだ正式な"プロポーズ"なんてする気はないのだけれど。

 それでも、やっぱりちょっと、戯れだとしても。

 さっきの返しは、惚れるしかないよなぁ。


 胸に、一輪さしたまま。

 同じ様な赤を揺らしながら。

 彼はそんなことを思って、苦笑にもにた微笑みを零すのだった。



end.

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