第26話:あの人に復讐してもいいですか?
「……あっ。やぁっ……」
部屋に響く甘く切ない声色。
「八雲先輩、八雲先輩、先輩……」
思わぬ形でファーストキスを奪われてしまった。
和奏は自室で思い返しながら悶絶する。
「ついに先輩とキスしちゃった」
夢のようだがこれは現実だ。
六年の歳月を経た片思い。
恋い焦がれて想い続けていた相手とのキス。
「私の唇……まだ、先輩の唇の感触を覚えてるよ」
初めて唇が触れ合った瞬間、和奏は一瞬何をされたのかが分からなかった。
だけど、キスをされたのだと知った時には胸の高鳴りが止まらなかった。
「これって、つまりそういうことだよね?」
嫌いな相手にキスなどしない。
それは八雲が自分を想ってくれているという証でもある。
恥ずかしさで顔が自然と赤くなってしまうのを止められない。
「もうっ、八雲先輩~っ。大好きだぁ!」
思い溢れすぎて暴走する。
自室で彼の名前を叫んでいると、
「うっさいなぁ! お前、ヤるならもっと静かにヤれよ」
先ほどからの和奏の声に隣の部屋から苦情を言いにやってきた。
ベッドに座り、八雲の写真を眺めながらひとり身もだえしている妹を見て、浩太は「あれ?」と意外そうな顔をするのだった。
てっきり、別の何かをしているのだと思い込んでいたのに。
「……って、何もしてないし。ちゃんとパジャマも着てる」
「何を想像してたの? ていうか、してたらどうしてくれるの。ノックもせずに女の子の部屋に入ってこないで。変態はさっさと消えてください」
「お前が八雲って連呼してるからだろうが。いつもする声がうるさいんだよ」
「お兄ちゃんよりはマシです! エロい動画はイヤホンつけて見て。音漏れうるさい。あと、何で無駄に外人さんばかり。そっち系か、この変態め」
隣同士の部屋、そういう系の悩みは兄妹共通の悩みでもある。
不満気な浩太を睨みつける和奏は、
「こっちは今、幸せの絶頂にいるの。私の幸せを邪魔しないで」
「妄想女子? お前の妄想はいつも過激だからなぁ」
「違うし! 現実の話です。えへへ、ついに私、先輩とキスしちゃった」
予想外の発言に彼は「げっ」と顔を引きつらせて、
「まさか? ホントに? 事故とかハプニングじゃなくて?」
「可愛い発言と共にキスされました。もう私たちはラブラブなのよ」
「マジかよ!? なぜ、俺が放課後にお仕置きされた後にそんな展開に?」
過去を暴露されて、妹にボコられて、八雲に蹴り飛ばされて。
ひどい目にあわされた後の数時間で何が二人の間にあったのか。
それを知りたい浩太だった。
「要約すると、貴方の二股した相手である那智先輩に会いに行ったら、八雲先輩が口撃でフルボッコにされてしまって。その後に彼女の本性を伝えに彩萌先輩に会いに行くと、余計なお世話だと彼女に大嫌い宣言された可哀想すぎる八雲先輩です」
「……おー、同情しかないな」
「元凶が何を言いますか。原因であるお兄ちゃんをどうにかしちゃうかもね?」
「お、俺が悪いのか? もう勘弁してくれよ」
浩太も巻き添えをくらい、過去の恋愛で散々な目にあわされている。
人は自らの行いの結果からは逃げられないのだ。
それを後悔しながら片膝つきながら、彼はうなる。
「八雲には謝るしかできない。でもさぁ、那智の性格を考えたら会いに行った方が悪いと思わないか? アイツ、すげぇ性格に難があるんだぜ」
「二股してた人がよく言う」
「……俺が言うのもアレですが。ホントに口が悪いんだよ」
「それは私も思った」
八雲がフルボッコにされている間、和奏はあえて何も言わなかった。
彼らの問題に口を挟む真似はしたくなかったからだ。
それでも好きな相手が罵詈雑言の嵐をぶつけられるのを我慢できず。
フラストレーションが溜まりまくっていたのだ。
人間、言い返せなかった時ほど、倍返しに言い返したくなるものである。
「那智先輩の性格の悪さには呆れるけどね。お兄ちゃん程度の男に裏切られたくらいで、愛情不振にならなくても。世の中、もっと素敵な男の子はいるのに」
「おい、言い方があるだろうが!」
「こんな最低男じゃなくても、世界にはもっと素敵な男の子がいるのに!」
「二回も言いやがった!? ひどい妹だぜ」
和奏から最低男呼ばわりされて凹む。
さり気に妹からの悪口には傷つく。
「うぅ、ちくしょう。人が言い返せないからと好き放題に言いやがって」
「でも、あの那智先輩って人がムカつくのは同意。先輩に対してひどい真似をして許せない。どうにかしてやりたいなぁ、と思うのだけども?」
「……どうにかって具体的には?」
「もう二度と先輩に向かって暴言を吐く気力もなくなるように、心を折りまくってやりたい気分です。知らないかもしれないけど、私は怒ったら結構怖いよ?」
「知ってるよ。ていうか、心を折るって物騒な発言はやめて」
今にも飛びかかりそうな勢いの妹をなだめる。
和奏は嫉妬深く、憎しみを抱いた相手を徹底的に追い込むタイプだ。
「だって、浮気はされた方が悪いとか言うんだもん。お兄ちゃんも同じセリフを言ってたら、私は本気で粛清するけどいい?」
「そこまで言った覚えはありません。なので何もしないで。ごめんなさい」
「……よかった。ホント、あの人を何とか一泡吹かせてあげたい。泣いて先輩に謝罪するくらいに。どうすればいいかな。どうすれば心が折れるかな?」
「怖いわ。ホント、お前って執着心が半端ないよな。いろんな意味でさ」
和奏の執着心は恋愛だけではない。
憎しみに対しても当然のように執着心がある。
「だって、先輩にあれだけひどい事を言ったんだよ? 当然の報いじゃない」
「当然って、ほぼお前の私怨だろうが」
「ふんっ。で、何かいい策はないの? あの人の弱みとか?」
「……弱みと言えば、妹を可愛がってるとか聞いたような」
「知ってる。なるほど、彼女を人質に取って脅せばいいのね?」
「違うわ!? その過激思想をまずやめなさい。ほら、あの八雲の元恋人の前で本性をさらすところを見せるとか? それならどうだ?」
確かに恋人同士の繋がりを断ち切ることはダメージに繋がるだろう。
だが、それは今回の場合は有効打であっても致命傷を与えられるかが問題だ。
「本当に愛し合う仲ならば、効果的だけど。那智先輩の場合、弄んでるだけの可能性も否定できない。彩萌先輩を好きじゃなかったら効果も薄いし。それを含めて何か手はないかと考えてるの」
「もうやめてあげてくれよ。俺もアイツの件では反省してる。お互いに前に進むためにも、ここは許してやってくれ。俺もそろそろ、新しい恋人がほしいわけで」
一応、自分なりにも例の件は思う所があり、反省の意味で恋愛を遠ざけていた。
二股の件では傷つけてしまった那智にも同情的な気持ちもあるが、これ以上は浩太も青春時代を無駄に過ごすつもりはない。
過去を忘れて新しい恋を始めたい、それが望みだ。
「貴方が土下座して反省しても、私達には何の関係もないんだし。それに今さら、恋人なんて作っても……えっ? お兄ちゃん、恋人が欲しいの?」
「意外そうな顔をして言うなよ。さすがに謹慎期間はあけただろう? 可愛い彼女が欲しいですよ。付き合いたいさ、男だもの。そうだ、どなたか、和奏の知り合いでも紹介してもらえたら嬉しいのだが」
「厚顔無恥とはお兄ちゃんのためにある言葉だと思う。そんな都合のいいことを平気で頼む時点で反省なし。ホントに最低な人だなぁ……ん?」
辛辣な言葉を投げかける和奏だが、ふと思い浮かんだコトがあったようで。
にたぁ、と思わず笑みが零れてしまう。
「……そうねぇ。その手もアリかな。お兄ちゃん、ナイスアイデア」
「ん? 俺に彼女を紹介してくれるの?」
「うふふ……お兄ちゃんにも役に立ってもらいましょうか」
「うわぁ、すごい悪人面をしてる妹だ。超怖いんだけど、何を企んでる?」
にこやかに笑いなおして「そんなことないよ」と和奏は否定する。
「その笑顔がうさんくさいわ」
「失礼な。思いついたの。これなら、いけそうな気がする。大丈夫、あの人を徹底的に心ゆくまで、コロコロしちゃうだけよ?」
「だ、ダメだからな? いくら那智がひどい奴でも、コロコロしちゃダメだぞ。物理的にも社会的にも。お兄ちゃんはすごく心配だ」
「二度と立ち直れない心の傷を作ってあげたい。先輩のためにできる私の愛よ」
「そんなもの、愛にするなぁ! お前の愛は極端で過激すぎるんだよ!」
不穏な企みを抱く妹を必死に説得する。
「お兄ちゃん。愛って、その人のためになら何でもしてあげたいと思うでしょ? 許せない人がいる。先輩のために、お仕置きでコロコロしちゃって何が悪いの?」
「真顔言うとめっちゃ怖いから。八雲のためにも平穏な解決をしてやって!」
「やだ。先輩にあれだけひどい事を言ったんだもん。一生かけても後悔させてあげるんだ、うふふ」
恋する乙女の怒り。
敵に回してはいけない相手を敵に回してしまった。
ある意味で、那智にとって人生で一番の危機が近づいているのだった――。
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