第8話:綺麗な百合にはトゲがある?


 昼食を取ろうと食堂へ行き、お気に入りのハヤシライスを購入した。

 お値段の割には安っぽさを感じない一品だ。

 窓際にはお一人様用の席が並んでいる。

 いわゆる“ぼっち飯”を楽しむ方専用の席である。

 お弁当の友人が多い八雲は食事を一人でとることが多い。

 ひとつだけ空いていた席に座ろうとした八雲を待っていたのは、


「……げっ。嫌な奴にあったぜ」

「なによぉ。人の顔を見て嫌そうにするのはやめてよ、やっくん?」

「嫌そうな顔をするのは当然だろうが。この変態女」


 先に座っていたのは、彼の元恋人。

 佐崎彩萌(ささき あやめ)だった。

 ショートカットの茶髪が似合う、可愛らしい少女である。


「変態って言わないで。アヤは、真の愛に目覚めただけ」


 自分の事をアヤと呼ぶ、あざと可愛さが八雲としては逆に気に入っていた。

 しかし、それはもう過去の事だ。

 今は中身も百合属性まっしぐらな方面に。

 八雲はため息をわざとらしくつきながら、


「性的マイノリティなんて周囲に理解されにくいのが現状だろう」

「障害があればあるほど燃え上がる。恋愛の基本だと思うの」

「そんなのは普通の恋愛をしてる奴のセリフだ」


 周囲を見渡すも、空いてる席がそこしかなく、仕方なく座る。

 隣り合う席を元恋人が座る微妙な光景。

 彩萌は気にせず、カルボナーラを口にしていた。

 フォークでくるくると回して、美味しそうに食べる。


「えー、アヤも普通でしょ?」

「どこがだよ。女と女が付き合うのは普通とは言わない。この百合女」

「はぁ。これだから、世界の狭い男の子って。今の時代に乗り遅れてるわ」

「理解できるか」


 肩をすくめて「ホント、やっくんは口が悪い」とたしなめられる。

 元恋人も破局して数週間、顔を合わせれば悪態をつきあう関係だ。

 同級生であるものの、同じクラスでなかったことだけが唯一の救いだった。


「例の相手は?」

「今日は委員会があるとかで、別行動」

「さいですか」

「まさか、ぼっち席でやっくんと会うとはねぇ」

「ぼっち席っていうな。そこに座る俺がぼっちみたいじゃないか」

「やっくんの友達がお弁当派だっていうのは知ってるし。でも、元々、友達だって少ないから“ぼっち”なのは変わらないんじゃないの?」

「……そんなことないやい」


 事実をつかれてちょっと辛い八雲だった。

 八雲が彩萌と付き合っていたのは三ヵ月もなかった。

 高校一年の春休み中に友人を介して知りあい、付き合い始めた。

 何度もデートを重ねたし、お互いに愛し合っていたつもりだった。

 しかし、何の不幸か、彩萌は同じ部活の女子生徒と恋に落ちた。


『ごめんねぇ。アヤ、他に好きな子ができたの』

『……他の男か? 誰なんだよ、それは?』

『同じ部活の子なの。彼女が好きになっちゃった。もうやっくんを愛せない』

『は? お、女だと?』


 あの時の衝撃を八雲はいまだに忘れられずにいる。

 当時、彩萌と八雲の関係は悪くなく、むしろ良好だった。

 彼女も男としては八雲を愛していたし、彼に問題があったわけではない。

 運命の悪戯さえなければ、彼らの関係は今も継続していたはずだ。


――好きな女にフラれるのは何度体験しても辛い。


 それが間違った方向に行ってしまったのならなおさらだ。


――何がどう間違えたら女に女を寝取られるのか分からんが。


 お互い、好きあっていた過去を今はどう思ってるのか。

 それを聞く気はないが複雑な心境ではある。

 黙々とスプーンでハヤシライスを食べ続けていたが、


「周囲に隠れて、こそこそと付き合ってるようだな」


 何となく、彩萌に対してそんな言葉が口から出た。

 なんだかんだで、気になるものは気になるのだ。


「うん。やっくんは誰かに話したりしてない?」

「そんな女と付き合ってたなんて知られたら俺も恥ずかしくて死にそうだ」

「ひどいっ、言い方に気を付けてよぉ」


 彩萌はぷいっと八雲から視線を逸らす。

 

「……好きなものは好きなの。そこに理由なんてない」

「愛さえあれば性別すら超えるとか、マジでありえねぇ」

「今となっては男と付き合うよりもいいよ。すごく気が楽だもん。安全日とか危険日だとか考えなくても愛し合うことも楽しむこともできるもん」

「お、お前……まさか、そっちの方面まで?」


――やることもやってるって……こいつらガチ百合かぁ!?


 彼女の発言に八雲は顔を青ざめさせる。

 そんな彼を面白がるように「どうでしょう?」と嘲笑う。

 

「……いや、何も話さなくていいや、うん」


 真実であろうがなかろうが、どちらにしても食事がまずくなる会話だ。

 八雲はあえて追求せずに、コップの水を飲もうとする。


「あの子って、意外とすごくエッチなの。油断してたら、すぐに襲われちゃって」

「話すなよ!? そんなこと、聞いてない」

「昨日だって、ダメだっていうのに、屋上で……」

「お願いだから聞かせないでください」


 思わず水を吹き出しそうになるのを我慢する。


――お前ら、屋上で何をしてたんだよ?


 何が悲しくてそんな元カノの情事を聞かされなくてはいけないのか。

 ハヤシライスを食べ終わり、さっさと席を立ちたい八雲だった。


「えー、聞いてよ。惚気(のろけ)られる相手がいなくて」

「そんなものを元カレに話すな!? しかも、お前は裏切った方だぞ」


 とことん、八雲は女運が悪いと自負する。


「しょうがないじゃん。やっくんよりもあの子の方がアヤの好みだったんだもん」

「やめろぉ。俺とそいつを比べるな」

「あの子、どちらかと言えば猫系女子なところがあって。自由気ままで気分屋なワガママなの。そういう所に振り回されてる自分が嫌いじゃない」


 彼女はほんのりと頬を染めて囁いた。


――無駄に可愛い顔をしてるんじゃねぇよ、変態女。


 未だに微妙な未練が残ってる八雲はそんな顔を見せられると複雑だった。


「でさぁ、アヤってやっくんも知ってる通りにドMじゃない」

「……まぁな」


 彩萌は気質的にはM気質なところがある。


「あの子って、恋愛になると乱暴にしてくるの。めちゃくちゃにされてしまうのが、たまらなくて。もう、ダメです。アヤ、あの子色に染められてるかも」

「元カレ相手によく言えるな。勝手にされてしまえ」

「普段、強気なくせに、ふたりっきりだとすごくエッチな顔をするのよ。そういうギャップも可愛いって思えるんだ。アヤはそういう所が好きなの」

「リアル百合の“事情”も“情事”も聞きたくねぇよ」


 相変わらずの彩萌の性癖にドン引きする。

 付き合っていれば相手に合わせることも必要になる。

 八雲にはその何かが足りていなかったのかもしれない。


「……やっくんってさ、優しすぎるんだよね」

「あん?」

「プレイの最中も、優しすぎて物足りないっていうか。もう少し乱暴にされるのがアヤの好みでもあって、そういう所があの子とやっくんの差って感じ」

「本気でやめろぉ!? 俺が百合女に負けた気がするじゃないかぁ」


 敗北感にさいなまれ、頭を抱えて机にぶつけたくなる。


――あれか。俺、本気でそいつに彩萌をネトラれたのか。


 自分よりも相手がいいと言われることに傷つく。

 男として彼女を満足させられなかったことが敗因など聞きたくもなかった。


――比べられて、負けたことが腹立たしい。ちくしょうっ。


 男としての自信も何もかもをなくしそうだった。

 精神的に追い込まれて、ぐったりとしていると、、


「アヤは、やっくんのこと嫌いじゃなかったよ」

「……浮気女め。いい加減なことを言うな」

「裏切ったのはアヤだけど、嫌いじゃなかったのは本当の話」


 ふたりの関係はすでに終わっている。

 今さらどうにもならないことを八雲は思い知っていた。

 彼女の“心”はもうすでに彼にはない。


「彩萌、お前は……」


 八雲の言葉を遮るように、甘ったるい声が耳元に響く。


「――八雲先輩♪」


 不意打ちにドキッとする彼が振り向くと、


「こんなところにいたんですね?」


 と、可愛く微笑む少女の姿。


「スト子?」

「だからぁ、和奏ですってば。先輩のいけず」


 そういって拗ねると唇を尖らせる。

 彼女は八雲の身体にわざとらしく抱きついて、


「先輩ってば、私に対して意地悪ばかりするんですから」


 まるで、彩萌に対して、見せつけるようだった。

 思わぬ彼女の登場に彩萌も困惑気味で、


「えっと、どなた?」

「こいつは……」


 何と説明していいものか、素直に迷う。

 八雲に付きまとう、ストーカー女子。

 正直に言えば、その一言に尽きる。


「八雲先輩の新しい彼女ですよ、元恋人さん」


 だが、和奏は八雲に抱きついたまま、そんな言葉を言い放つのだった――。

 

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