スリープウォーク

めぞうなぎ

スリープウォーク

夜は寝られない。昔のギリシアの将軍のように、夜道へ散歩に出る。


住宅とブロック塀が立ち並び、変哲のない道路を当てどもなくふらふらと徘徊する。そういえば、家から出る時に財布や携帯電話を持って出なかった。こんな時間帯に外を出歩いていたら、職務質問に遭う可能性もないではない。身分証明の一つでも持ってきておくんだった。


着地点のない思考が、変に冴えた頭の中を回り、路上の『トマレ』の文字を見て雲散霧消する。カーブミラーの背が高いな、と思った。


自動販売機が光っている。運試しのルーレットが『7777』で点滅していて、直前に誰かがもう一本の幸運に恵まれたようだ。一人で一本だけ飲みたいときには、少々お節介なシステムな気もするが。


足早に通り過ぎようとした時、唐突に「なぁ」という声がした。ぴたりと足を止めてしまう。


――気のせいか?


再び体重を前方に移そうとすると、やはり「なぁなぁ」という呼びかけが聞こえる。私は首を左に向ける。


「なぁなぁなぁ」


自販機に声かけされていた。


「どうして自動販売機が――喋るんだよ」


「だから、さっきからあんたに声をかけていたじゃあないか――777、なぁなぁなぁってな」


「あれ、そういう意味だったんだ」


「なぁなぁ、ちょっと小耳に挟んでほしいのだけれど」


心なしか自販機が前傾している、ように見える。機械に心はないだろう。


「お前、年上と年下、どっちが好み?」


「僕は――年下かなあ」


「俺はどっちもオッケー。見て見て、その証拠に新旧どっちの紙幣も使えるでしょ」


札が飲み込まれる部分のライトがぴかぴかしている。そういうことだと、そういうものなのだろうか。


「ただな、俺も年食っちまって、最近はもっぱら年下の新しい紙幣しか入ってこんのよ。大人になっちまったな――って思うぜ」


それはきっと紙幣の世代交代があらかた進んでしまったからだと思うし、機体情報が印字されたステッカーは製造年が今年だと言っている。


こういうのは、生ぬるい目で見守ってあげるのが正解なんだと思う。自販機が生きているか生きていないか、その判断をぬるく手抜きで済ます。


「じゃ、じゃ、次の質問な」


自販機は、フィボナッチ数列をデジタル表示しながら続ける。


「俺って、あったか~い人に見える、それともつめた~い人に見える?」


そもそもが人ではない――というのは無粋に過ぎるのだろう。清涼飲料水のような、彼に(彼女に?)マッチする答えを返してやれればいいのだが。


「それじゃあ――君の中に入っているあったか~い飲み物と、つめた~い飲料を全部混ぜ合わせて、最終的な温冷で君の人柄を決めてみようじゃないか」


「なるほど、そいつはクレバーな提案だ兄弟。礼と言っちゃあなんだが、持ってけ」


ルーレットが『3911』に点灯し、釣銭部分からころりと十円玉が転がってきた。実にささやかだ。欲を言えば札が欲しかったところだけれど、こんなところで色気を出しても仕方がない。おそらく、末尾の『11』は『!!』ということなのだろう。


ひとついいことをしたような気分になり、別れを告げた。


僕を見送ったその後ろで、しばらくごうんごうんがちゃこがちゃこという騒音がしていたが、じきにショートする一際大きな音が響いて何も聞こえなくなった。きっと、中で商品が詰まるか、容器が破損して中身が漏れ、電気系統を濡らしでもしたのだろう。


ベンダーマシンは大変だ。


真心から、そう思った。

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スリープウォーク めぞうなぎ @mezounagi

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