六十五「吸収、無血、喪失」

 「……お前とももう終わりにしたいんだが?」


 「ふふ、なら……殺しなさいな。もっとも、今の貴方なら出来るかも。くらいだけど」


 魔王妃はゆらゆらと余裕に揺れて嘲笑う。

 俺は大見得を切った割には足も一本折れているし、剣だって使い物にならない。

 けれど、どこか力が湧いてきて。

 自身は途絶える事はなかった。


 「……どうすっかなぁ……」


 『ヘダブリ。唱えて』


 途方に暮れて呆れていると内側から誰かが話しかけた。

 そういえば、こいつとも気がついていないだけでずっと一緒だったんだな……なら、信じるぜ。魔力さん。

 俺は想像の限り魔力を高めて唱えるのだ。


 「ヘダブリ!」


 唱えると、剣に光が集う。

 やがて、一本の光に形が整う。


 「アタシいらないじゃん……」


 どこかで溜息が聞こえたが、俺の手元には強き光を形にした剣が。

 魔法の武器、属性は光だぜ。


 「……アタシも出来るわよ? ルッカス。けど、紛い物。貴方は、本当に……楽しませてくれるわねぇ!」


 魔王妃は氷の剣を作り上げた。

 けれど、指で弾くと氷は砕ける。

 俺の剣に破片が当たると、その破片は消え失せた。

 ……俺、フォースとか使えないんだけど。

 まるでビームサーベルのような剣を魔王妃へ向ける。


 「……今の俺は負ける気がしねぇな」


 「……全くよ。まさか両立させるとはね。……もしかしてあのクソ女とルシフが?」


 「おいおい、人様の母さんをクソ女呼ばわりとは。まぁ、正解。けど、そんなことは関係ない。お前は死ぬ運命だからな」


 「ふふっ! やれよ勇者アサヒ!」


 俺は幻影の翼を広げて、全力で前へ突き進む。

 すると、魔王妃すら反応できない速度で背後を取っていた。


 「……セーブは難しい。な!」


 俺は魔王妃の虚を突いて光の横薙ぎ一閃。

 魔王妃の腕が空中に放り投げられる。

 ぼとり、肉塊が汚らしい音を立てて地面に落ちた。

 すると、無い腕を伸ばして、落ちた腕を指して魔王妃が言うのだ。


 「……ねぇ、それ、私の腕。……あぁ、あぁ! アァァァ!!」


 魔王妃は喪失感なのか、痛みからなのか、突如叫び始めた。

 まるで子供が癇癪を起こしたように、泣いて、喚いて、醜かった。

 しかしどこか人間味を感じさせてきた。

 腕の断面を遠巻きに眺めると焼き切られているようで、ますますビームサーベル感が出てきた。


 「だからこそ出血もねぇってか。……エグい武器だな……死ねぇ!」


 俺は右上から斜めに、左下から真上に、左下から右下に。

 残った手足を奪い去る。


 「……私の、美しい、足、手。……あぁ。あぁあ。ああああ!」


 肉ダルマになった魔王妃は駄々をこねるように身体を蠢かせている。

 俺は我に戻ると心が痛ましくなってしまい、トドメを躊躇ってしまう。


 「……ユルサナイ。殺す。コロシ、テヤル」


 魔王妃の瞳が魔物のように鋭くなって、言葉すらもあやふやになっていた。

 俺は一体、何を求めているのだろうか。

 たしかに彼女を殺すことで平和が齎される。二分の一程度は。

 だけど、だからこそ、殺す必要はないのではないか?

 平和的解決は……?


 『殺すべきだよ』


 俺の翼が揺らめく。

 胸の奥にドロドロとした何かが渦巻いていて気持ちが悪い。


 「……こうなっちゃ魔王妃も赤子同然ってな……くそ! なんでだよ、ぐすっ!」


 俺は泣き喚く魔王妃を見て涙が出てきた。

 情などかけてやる必要なんざないのに。

 

 「……貴方は私に勝った。膨大な力を以ってして。だから、潔く殺すべき。相手への敬意を持つべき。そうでしょう? 勇者様?」


 魔王妃は死ぬのが怖くないのか、晴れやかな泣き顔をこちらへ向けていた。

 俺は、アサヒは。

 やらなきゃいけないと思った。


 「……謝んねぇぞ」


 「当たり前でしょう」


 「……痛くしないからな?」


 「もう、痛みなんてないわ」


 「……ごめん」


 「謝ってるじゃないの」


 「……っう!」


 俺は一息で魔王妃の首を撥ねる。しっかりと目を開けて。

 それが礼儀だと思ったから。


 首を飛ばされた手足のない胴体は少しだけ反応すると、もう動かなくて。

 飛んだ頭は少し笑うと俺の顔をめがけて飛んできた。


 「……魔王の力を得ている者の鉄則。忘れないで」


 ふと、何かを呟いた空前の灯火に唇を奪われたと思うと、重力に則って頭は落ちてしまう。

 そこからは何も起きなかった。

 何一つ、起きてやくれなかった。

 虚無と空虚が辺り一面に広がっていた。


 ぷらぷらと右足の骨を確認しても折れていて。

 魔王妃が死ぬのと同時に砕けた命の氷時計はサラサラと粉になっていて。

 三人を拘束していた板氷も急速に溶けて無くなっていく。


 「……これじゃあどっちが勝ったかわからないよ」


 ラフィーの悲しそうな声は誰の耳にも入ってくれなかった。

 けれど、もう一つの声は絶対に脳から離れなくて。


 『悪魔は死なないわ。だから、またこの世界のどこかで。そして、次は仲間として。いつか、貴方と一緒に戦いたいわ』


 

 

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