五十二「やはり一人じゃ危ない子」

 「ふぁぁ〜……眠い。もう、お兄ちゃんどこ?」


 私は落下した兄を探すために洞窟探検をしている。

 さっきまでは3人で行動していたのだが分かれ道が丁度三本伸びていたので一人ずつ別れたのだ。

 私は真ん中の道を選んだ。

 特に理由はないけど正面突破の気持ちで行こう。

 私はしばらく歩いていると薄気味悪い空間に出た。

 さっきまでは鉱石達が様々な光を織り成して幻想的だったのが、今では光も少なく、水の滴る音がやけに物騒だ。


 「ラフィーちゃんはお化けは苦手なんだけどな」


 実はそうでもない。

 なんとなく、そういう弱いキャラを演じていれば何かしらの得があるかもしれないと思い、昔からそうやって嘘をついている。

 お兄ちゃんが守ってくれるしね。

 まぁ、今はそのお兄ちゃんがいないんだけど。


 「……なんだろコレ」


 私は空間の真ん中に綺麗な丸みを帯びた鉱石のようなものを拾った。

 すると、どこからともなく私のお腹を殴りつける何かがきた。


 「ゴフッ! ……ぐぇ」


 急な圧に私の華奢な身体は耐えきれず、胃液と血が混じったものを口から吐き出す。

 私は気絶しそうな頭を無理やり叩いて耐える。

 そうして、目の前に現れたのは


 「ギヒヒッ、若ぇ女だ。しかもクッセェ匂いがプンプンするぜ!」


 禍々しい尻尾に刺々しい羽。

 間違いない、目の前にいるのは悪魔だ。

 ……この状況はかなりマズイ。

 皮肉にも私には戦闘能力はない。

 死期が見えてしまった。


 「あ、貴方は一体?……ゲホッ!」


 「ギヒヒッ、あんま喋んなよ。死ぬぜ? ギャヒヒヒヒ! 俺かァ? 俺はなぁ……破壊の悪魔、アスモデウス様だ。魔王妃に仕える最強の悪魔。……残念だったな!」


 悪魔は私の頭を掴んで耳元で囁く。

 アスモデウス……聞いたことがある。

 各地で破壊行動を繰り返す、悪魔らしい悪魔。

 そんな奴がなんでこんな所に?


 「おっとぉ? なーんでここにいるか不思議そうな顔をしてんなぁ! いいぜ、教えてやる。魔王妃様はなぁ、綺麗な宝石が大好きなんだ。ちっと俺様の勘違いで宝石じゃなく鉱石の洞窟に来ちまったがな。それでも、そいつなら許してくれそうじゃねぇか?」


 先程私が拾った鉱石を指差す。

 この鉱石は渡してはいけない。

 そう直感が訴えている。

 鉱石は暖かく、私の手にすっぽりと収まって、丸いのにしっかりと握れる。

 まるで、私の元にいたいと訴えかけるように。


 「……けれどなぁ、そんなものどうでもいい。テメェが一番になっちまったからな」


 私が一番?

 何故、私なのか。

 人間の国の辺境で生まれた力なき女。

 そんな者に目移りする魔王妃ではないと思うんだけど。


 「……生き残りは処せよ。言い付けでな。けれど、テメェは特に特別だ。他の有象無象とは匂いが違い過ぎる。俺様は鼻が効くからな。わかるぜ」


 生き残り……?

 そういえば近くにあるノースドの国では半人半獣で構成されているから純人間は珍しく、それを殺せと言われているのかも?


 「私、ノースドの人間じゃないよ?」


 「たりめぇだろ!! ……テメェは人間じゃねぇよ。あーあ、ルドブンが居てくれればな。眠らせて持ってったんだけど……悪りぃな。ちと、手荒だぜ?」


 私は人間じゃない?

 そう、考えた瞬間、意識を刈り取るための尻尾は私の頭を地面に埋めた。

 けれど、私もただでやられる程のお人好しじゃない。

 しっかり、舌を噛んでダウンを防ぐ。


 「チッ! 今ので気絶出来てりゃあ楽だったのにな。無駄な抵抗は嫌いじゃないぜ? 無駄だからな。痛ぶり続けれるじゃねぇか。先に壊れんなよ? ギヒヒ!」


 悪魔は私のうなじを腕一つで掴み、私の身体ごと空中に持ち上げた。

 そして手放され、空中から地面に私の身体は落ちる。

 その瞬間にお腹に蹴りを入れられて、私の身体は壁まで吹っ飛ぶ。

 正直、言うことを聞いても自由にならない身体を自分の物と思えない。

 そんな感覚に駆られてしまった。


 「ギヒヒッ! さすが、さすがだぜ……壊れねぇ。壊れねぇよ! ギャヒヒヒヒ!」


 悪魔は歩行せず、水平に浮かんで移動してくる。

 私は睨みを利かせる事しか出来ない。


 「んぁ? いい面ァになったじゃねぇか。そうだ、憎め。そして、反撃しろ。じゃねぇとつまらねぇよ」


 悪魔は欠伸をしながら私の目の前に無防備に立つ。

 私は血だらけになりながらも立ち上がり、反撃を入れる。


 「うぁぁ!」


 「へっ!」


 全力の右フックは悪魔の手のひらで止められる。

 そこからは私の連撃。

 左、右足、回し蹴り、右、左のフェイント、右。

 されど、悪魔は自身の手一つで私の攻撃を捌く。


 「あー、つまんね。あーきた」


 悪魔がそう言うと、私が繰り出したキックを掴み、私を持ち上げた。


 「……折られるとメチャメチャウザい場所って知ってるか?」


 「は?」


 私の聞き返しも空に舞う。

 悪魔は満面の笑みで答えた。


 「足の甲には小さい骨が沢山あって、折られるとすげぇ痛いんだ……よ!」


 「あああああぁぁぁ!!!」


 同時に掴まれた足を両手で粉砕される。

 痛みで喉が勝手に叫ぶ。

 そして地面に落とされるが、その衝撃よりも数段足の方が痛い。

 押さえて痛がりたいが、触るだけで痛い。

 私は芋虫のように悶える事しかできない。


 「後は……簡単な所を攻めてやるよ。まずは肋骨」


 「ごはっ!」


 寝ている私の胸に指が突き刺さる。

 その衝撃でどこかの骨が砕けた。

 同時にその骨は肺を貫通し、気胸が出来た肺はその役割を果たしてくれず、息が苦しい。


 「ま、右の肺は流れで潰れちまったが、左はあるし充分だろ。次。…….鎖骨」


 そう言うと首元にデコピンをされる。

 人間が行う可愛いものじゃない。

 まさしく、骨を折る攻撃と化した。


 「ぁぁぁぁはっ!」


 空気の漏れる音で絶叫が禁止される。

 私はオモチャにされている。

 そんな事考えたくないのに、それくらいの力の差。

 赤子と大人。それに近い。


 「さて、もう動けねぇだろ。これ以上はやめとけ。死ぬだけだ。……さて、連れて帰りますか」


 「……どこ、に?」


 「決まってんだろ。魔王城。ほれ、おぶったるから動くなよ」


 そう言って悪魔は私を背中に乗せる。

 私は最後の力を振り絞って一枚の紙を地面に落とした。

 なんとかバレなかったのは光明。

 気付いて、お兄ちゃん。

 私は揺れる背中で気を失った。

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