三十九「正しい選択」

 ……どこだここは?

 ふわふわと浮いている感覚で、少し心地良い。

 海の上で波に身体を預けているような、そんな感覚。


 「……って、ホントに浮いてんのかい」


 目を開けると黒い海が一面に広がっていて、空も大地も何もかもが黒だった。

 このまま生暖かい温度を感じて眠っていたい。

 そう考えた頃、やっと自分のすべき事を思い出す。


 「……って! 確か俺、ルドブンと戦ってて、それで……死んだ?」


 ここが死後の世界と言われても差し支えないような世界。

 安寧。その一言に尽きる。

 けれど、どこか寂しさだって感じる。


 「起きたか、アサヒ」


 聞き覚えのある声がする方を見ると親父が立っていた。

 俺は依然、波に揺られて心を落ち着かせている。


 「……俺死んだの?」


 「さぁ。どう思うかは自分次第だな」


 「ここ、どこ?」


 「さぁ。どこに見える?」


 質問をしてもおうむ返しをする親父に機嫌を悪くしながらも話を進める。


 「海……砂浜? 山が見える。全部黒いけど。そう、見える」


 「そうか……覚えててくれたんだな。父さんちょっと嬉しいぞ」


 きっと家族で出かけた思い出の場所。

 そう言いたいのだろう。

 だが、俺にはこの身体にある記憶はない。

 あるのは現実世界で過ごした日々とこっちに来てからの記憶だけだ。


 「……お前はきちんと俺の血を引いてるよ。安心しろ。俺も安心した。……はぁ、母さんの血はどこへ行ったんやら。あ、ラフィーは母さん似だけどね」


 軽口を叩く親父を遠くで眺める。

 何やら口の大きいグラスを揺らしている。

 中身は黒い液体。

 水だろうか、それともワインだろうか。

 それすらも黒くなっていて、この世界で色が付いているのは俺と親父だけだった。

 

 「……行かなきゃ」


 「どこへ? 今のお前が行っても無駄なんじゃないか? 今の自分に委ねてもいいんじゃないか。父さんはお前の選ぶ道が見たい」


 そう言って、親父は黒の水面に指をさした。

 そこにディスプレイのように映像が映し出される。

 俺は波の上で起き上がって映像を確認する。

 波に揺れる画面には誰かの一人称視点。

 その視線の奥には、先程まで戦っていた悪魔がボロボロになって岩に張り付けになっている事が視認できた。


 「……誰が代わりに?」


 「お前だよ。アサヒ。多重人格……って程でもないがな。言うならばブチギレモード?」


 酷く曖昧な答えにこちらも曖昧にしか考えれず、こちらで整理を続ける。


 「じゃあ、今の俺は?」


 「理性」


 即答をされ、息を飲んだ。

 しかし、そう言われるとそうかも知れない。

 あれが本性なら、今の俺は隠すための理性。

 酷く、正確な答えだろう。


 「じゃあ、あれは俺の本性、本質、本能とでも言うのか?」


 「……強ち間違いでもない。正確には血だよ」


 血。

 ここまで引っ張られると気にもなる点である。

 むしろ、ここで普通の人間だとは考えにくい。

 だって、異世界に帰還したというのだから。

 何かしらの要因がないと突発的過ぎるし、それなら妹とのエンカウントだって必要ない。

 だからこそ、俺の。いや、親父の正体が気になる。


 「……親父は普通の人間じゃない?」


 「ああ。母さんも、ミカさんもな。だから、お前ら二人も普通じゃない」


 じゃあ、何者なのか。


 「俺はーー」


 波が高さを上げて、俺を飲み込む。

 丁度よく大事な所で掻き消される。

 もはや狙ったよねこれ。

 俺は苦しくならない海から顔を上げる。


 「……消えた?」


 親父が立っていたとこにはもう誰も立っていない。

 ただ、親父が着ていた黒のロングコートだけが残されていた。


 『選択肢はいつだって目の前』


 遠くで親父がそう呟いた。

 きっと、このコートを着れば何か起きるのだろう。

 それか、このコートにはすごい力が込められていて、覚醒アサタンになるのかもしれない。

 けれど、だけど。


 「俺は俺だ。与えられるよりもぎ取る。いつだって実力派だよこちとら」


 黒の水面を手ですくって、顔に黒の水をかける。

 気合いは充分だ。


 「こりゃ自論だがな。甘い話ほど気をつけろ。習わなかったか?」


 俺はコートを拾い上げて、波に返す。

 コートは沈んでいって、既にどこへ行ったかわからなくなった。


 「月、あるんだな」


 見上げると蒼白い満月が微笑みかけていた。

 花見でもしてやろうかと思える気分だが、あいにく戦闘途中で放棄中だ。

 アイツらだけ残せば死ぬことは間違いない。

 自身の力を過信しているわけじゃないが、あの状況を打破出来るのは俺だけだ。


 「親父、帰るよ俺。仲間が待ってる。ラフィーが待ってる」


 『それも一つの選択だよ、アサヒ』


 その声と同時に黒が白になっていく


 # # # # # # 


 「おはようお兄ちゃん……」


 目を開けると目の前にラフィーの顔が。

 見上げるこの体勢は。


 「膝枕……悪魔は?」


 俺がまだ闘志を見せると、ラフィーの手によって目隠しされる。


 「え、なになに? ドッキリ?」


 「お兄ちゃんが倒してくれたんだよ。無茶ばっかりして……ごめんね、迷惑かけて」


 悲痛な声に喉の奥が鳴る。

 あの映像は確か俺が戦っている時の映像らしい。

 現在進行形だったからこそ、今は過去形となった映像。

 まぁ、倒せたならいいけど。


 「別に迷惑だなんて思ってないよ……いつかは倒す日がくるし、お前を守るのは兄の宿命だからな」


 「もう、そうやってすぐ無茶するから。……もっと自分を労ってよ」


 「いやいや、割と楽して生きてるからね?」


 「今回の旅だって、私が行かなくても行くつもりだったでしょ」


 ……そんなことないけどなぁ。

 ほら、俺は楽を選びやすい人間だし。


 「それに、いっつも、俺がー、とか。俺ならーだとか。そうやって自分を奮い立たせて無闇に戦ってる。自分本位」


 目を伏せられているのにデコピンをされる。

 優しさのせいで反省させられる。そんな厳しいデコピン。


 「そうやって、誰でも救おうとする。自分は傷ついてもいいって。……陰ながら努力してるのも知ってる。夜中、私達を心配してあまり眠ってないのも知ってる」


 いえ、それはそうでもないですけど。


 「だからね? 頑張った時くらい甘えていいよ?」


 妹の籠絡させられるような甘い声に心鼓を打つ。

 けれど、俺はいつも自分が正しいと思った道を選んで歩いている。

 だから、これも正しいだろう。

 間違いなんて間違ってから考えろよ。


 「お前、ラフィーじゃないよ」

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