三十八「勇者絶命」

 ……何が起きているかアタシにはわからない。

 アサタンに光の塊が直撃して雪煙が舞いあがった。

 その後、何も無かったかのようにアサタンは立っていた。

 だけど、どこか様子がおかしい。


 「…….プロテゴ……インチャントファーマス……クルシュセス……ネビュラ……チェルマ」


 アタシには理解出来ない単語をただ、黙々と呟いている。

 血に塗れて、立つのもやっとのはずなのに。左足だって折れている。

 なのに、アサタンは平然として立っている。

 先の攻撃で死んだと思っていたのに。

 アタシが作った毛皮のコートに包んだ二人には見せられる代物じゃない。


 「なんなの……あの異様なまでの禍々しい魔力の高まりは」


 アサタンは前髪で目元が隠れてしまっているが目の前の悪魔を捉えている事だけはわかる。

 むしろ、それ以外を見ていないようにも見える。

 すると、アサタンは左の人差し指を逆の手のひらに向ける。


 「ウィルド、ルッカス、ショルト、ファブル、ダリレル」


 一つ、唱えるごとに手のひらに翠、蒼、黄、紅、紫の光の玉が鎮座する。

 その五つの玉はゆっくりから段々と速度を上げて一つの輪になった。


 「ラルバーン」


 そう唱えると目の前の瀕死な悪魔に向かって輪が飛んでいった。


 「うぐぁぁあ!」


 絶叫に違い悲鳴。

 毛皮のコートの中から恐怖からの怯えてが伝わってくる。

 アタシ自身、アサタンに恐怖を覚えている。

 唆しの悪魔は首にアサタンの魔法の輪が絡まる。まるで服従の印、首輪のように。


 「あがっ! かひゅっ」


 その首輪は強制的に高度を少し上げ、悪魔に首吊りをさせていた。

 こんな非道的な戦い方……らしくない。


 「はぁっ! はぁはぁ……」


 悪魔は突然のことに忘れていたが、自身の翼を広げて空中に羽ばたき、息をする。

 だが、それを見たアサタンは無表情のまま魔法で翼を撃ち抜いた。


 「ショルト」


 「あぁ! うっぐぅ!」


 悪魔はまた首に自重がかかり恐ろしく苦しそうに悶えている。

 後ろにいる悪魔の兄も必死になって首輪を外そうとするが、魔法の塊であるそれは兄の影の手を触れるだけで簡単に破壊した。


 「アサタン! もうやめて!」


 アタシはいつの間にか叫んでいた。

 自分でもこんなに冷静だと思っているのに。

 どうしてか、叫ばずにはいられなかった。


 アサタンはこちらを見るが何も言わず、何も見ていない。

 そんな無表情でアタシを見た。

 それに対し、アタシの心は簡単に圧し折られた。


 「ワムバーン。オー、ロッケス」


 地面から岩壁が一枚出てきて、首輪はその岩にめり込んだ。

 そこから、その首輪は四つ新たな輪を作り、両手首と両足首を固定した。

 貫かれた翼からは鮮血が流れ、地の雪は真っ赤に染め上げられていた。


 「はぁ……はぁは、がふっ……やるじゃないかアサヒ……」


 悪魔は死期を悟ったのか余裕を見せ始めた。

 だけど、アサタンはすぐに殺さなかった。

 あくまで悪魔を見せしめにしていた。


 「あぁ! っつ、ふっ」


 悪魔の白肌をアサタンは異様に長い爪だけで切り裂いていく。

 腕に一本の切り傷が出来て、アサタンは血を舐める。


 「……純血は弱い」


 そうアサタンが呟くと、悪魔はアサタンを睨んだ。

 未だ、アサタンの表情は何一つとて変わらない。


 「ぺっ! ……へっ、どうだい穢される気分は」


 悪魔はアサタンに唾を吐きかけた。

 だけどアサタンはその唾を手で拭い、舐めとった。

 図らずも悪魔のように。そんな雰囲気がアサタンからは立ち込めていた。


 「……邪魔」


 アサタンが一言だけ呟くと、後ろの影を握り、圧殺した。

 元々、実体がない兄を一握りで消滅させた。

 さらさらと砂のように影が分解していく最中、最後に妹の悪魔の頰を撫でる。

 しかし、涙は拭えどそこには無情にも何も残らなかった。


 「お兄ちゃん……っく!」


 悪魔は怒りを燃やしてアサタンを睨んでいる。

 けれど、何一つだって出来やしない。

 生かすも殺すもアサタン次第になってしまったからだ。


 「憎いか」


 「ニクイ!」


 歯をくいしばる。


 「悔しいか」


 「クヤシイ!」


 岩壁を殴る。


 「殺したいか」


 「コロス!」


 アサタンに頭突きする。

 けれど、アサタンは痛がる素振りすら見せず、そのまま近づいた頭を髪を掴んで自在に操る。

 その運転手は耳元で何やら囁いたようだ。


 「いただきます」


 「アガァァァ!!」


 悪魔の首筋に喰らいつくアサタン。

 まるで、吸血鬼そのもの。

 だけど、すぐに離れてまた、頭を掴む。


 「俺は吸血鬼なんかじゃねぇよ。……ドレイン」


 アサタンの掴んだ手のひらは怪しく光る。

 すると、悪魔は悶え苦しみ始めた。

 あの、魔力の流れは……ドレイン?

 それだけじゃない。最初からおかしい。

 アサタンとラフィーちゃんは純人間なはず。

 なのに、なぜ。

 アサタンは魔法を使っているのか。


 「っ〜〜〜あ」


 悪魔の中で糸が切れたかのように全身から力が抜けていた。

 そして、悪魔は青白く輝き始めた。

 この光り方は魔物を倒した時と同じに見える。


 「……負けちゃったね。まぁ、これも悪魔の運命さ。……じゃあ次は仲間として一緒に冒険しようよ。アサヒ」


 悪魔はガラスの割れる音とともに消えてしまった。

 足元には何も残っていない。


 「…………っ」


 アサタンも糸が切れたように地面に倒れる。

 左足は変な方向に向いていて、全身に血がベットリと付いている。

 激戦の後は静かなものだ。

 アタシは燃え盛った感情と冷たく鎮座し続ける感情がせめぎ合っていて、すぐにアサタンに近寄る気になれなかった。

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