十六「妖艶の悪魔」

 馬車の中は案外快適で、腰やケツが痛くなるような問題はない。それに、結構広めなので横になって伸びる事も出来るから長時間の移動も問題ナシだ。


 ……そろそろお気付きの人もいるだろうが、そう。俺は目的地を設定していない。

 どーこ向かってんでしょうねぇ……


 「なぁ、ラフィー。そういや今どこ向かってんだ?」


 俺が知らないのを知らないようにラフィーはかなり驚いてる様子。

 いや、教えてくれてないからね?


 「お兄ちゃん……次は『水の都ロハス』に向かうんだよ? 大丈夫? 聞いてた?」


 「いや、教えてもらってないけど??」


 つか、そっちで話進めてるんですね、最年長としての威厳なんてなかったのだ……

 つか、水の都か……なんか綺麗な雰囲気がしてるな。オラ、ワクワクすっぞ。


 「えぇ……スミスさんが3人じゃ心細いから水の都にいる『エルフ』を仲間にしたら? って昨日の夜言ってたんだよね」


 エ……エルフ?!もしかして、あのエルフ?

 よし。やったぜ。

 エルフは可愛い。そう相場は決まっているのだ。男の子は可愛い子が大好きなのだ。

 俺だって可愛い子大好きだもん。仲間にするなら可愛くて美しいエルフは旅の当初から決めていた。

 ほら、エルフなら魔法使えると思うからそれを言い訳として2人を説得しよう。そうしよう。


 「お兄ちゃん……鼻の下伸びてるけど……エルフに欲情してるの? ちょっと引いたんだけど」


 ごめんなさい許してください。ラフィー様が一番でごぜぇやす。

 エルフが何人増えようと心に決めた妹がいるのだ。ダイジョーブ博士でございます。


 「んで、それだけじゃねぇんだろ? 態々水の都を選んだ理由は。仲間だけならドオブでもう1人探せばいいもんな」


 その質問に不意をつかれたのか、ラフィーは感心している様子だった。


 「さらっと流したけど……お兄ちゃん、頭良くなった? 正解だよ。水の都で強くなろう作戦だよ!」


 「は?」


 「だーかーら! 水の都ロハスでは秘められた力の解放。これが出来るんだよ」


 えっ何そのラスボス前にある強化イベント的なのは。つか、秘められた力って厨二心くすぐられるなぁ!


 「へぇ、具体的には?」


 「それは私も知らないけど……噂では水に映った自分が〜とかどうとか」


 酷く曖昧じゃないですか……まぁ、ラフィーは他の国に行く事自体少ないのだろう。


 すると、馬車が急停止した。

 俺とラフィーは慣性の法則さんにより、体のバランスを崩す。


 「わぁあ」


 ラフィーと俺は重なっていた。

 どちらかと言うとラフィーが乗ってきたイメージ。

 顔の距離は超近い。

 それこそ息がかかる距離。

 驚いて変な声出しちゃったけど、ここはクールに行こう。ビークール!


 「大丈夫かラフィー? 怪我ねぇか?」


 うむ、完璧だ。

 妹との距離が近づいて喜んでいる変態だと察されたら心が折れるからな。

 声をかけたはずのラフィーは顔を真っ赤にしていた。

 A.顔を張られる

 B.大声で叫ばれる

 C.恥ずかしがる

 さて、どれでくる?


 「ぐぅ」


 正解はD.寝る、でした。

 ええぇぇ?! なんでだよぉぉ!

 普通この短期間で寝れるはずねぇだろうが! 何々、恥ずかしがったら寝ちゃう的な? もしくは頭打って気絶した? なら顔は赤くならねぇよ!


 なんてラフィーにツッコミを入れていたが、馬車の様子も気になってラフィーを横にして、ナビィに声をかける。


 「おい、ナビィ! 何があった?」


 されど、返事は返ってこなかった。

 替わりに、ギシリ。何かが俺らのいるキャビンへ侵入しようとして、足をかけた。


 ふと、直感できた。コイツはヤバイ。

 ……逃げねば。いや、こいつらを置いて? それは、ダメだ。誰だ……

 俺がどうすれば切り抜けれるか考えていると、冷ややかな声が空気の凍らせた。


 「逃げても無駄よ。馬も可愛い子ちゃんもみーんな眠らせちゃったもの」


 妖艶なまでに、妖艶を着飾っている。

 冷徹かつ気怠げな目は、こちらまで心を失いそうなまでに。

 ピンクの髪が一本一本揺れるほど、さらさらとした長髪。

 ミカさんに負けない程の膨よかな胸囲。

 なのに末端は細く、俺が少し力を入れただけで折れそうなほど。

 実に女性らしい。そんな人間が乗り込んできた。


 「誰だお前は!」


 「あらぁ。あんまり声を荒げないでちょうだい? 煩い人は嫌いなの」


 目の前の女は俺の唇に人差し指を当て、声を下げろと言ってきた。

 この状況、ヤバイ。

 この世界で俺の歳上らしい歳上の女性に軽くあしらわれる。

 あ、ミカさんはノーカンで。


 「何が目的だ……」


 すると、目の前の女性は自身の頬に手を当ててトントンと何回も軽く叩きながら考えている様子だった。


 「目的……目的は、そうねぇ。貴方に会いにきた。それだけで良くないかしら?」


 俺に会いにきた?待て。俺はこんな美しい女性と会ったことはない。もしかしたら前回の俺の知り合いかもしれない。

 だが、それならば俺以外のメンバーに危害を加える必要はない。


 「俺に会いにきたって……誰だよ」


 女性は自分の指を咥えて、唾液をたっぷり染み込ませた後、俺の口へ無理矢理突っ込んできた。

 女性の指は俺の口の中では大人しく、俺にしゃぶられるのを待っているようだった。


 「私は……悪魔、かしら? 貴方達に言わせれば」


 そう言った妖艶の悪魔は俺の口から指を引き抜き、また自身の口へ持っていく。


 「ふふ、怯えてるのね。可愛い。食べちゃいたいわ」


 俺は命の危険とは違った恐ろしさに震えていた。

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