codename:ghost 新天連討伐篇

@mumyou

第1話 新世界に望み託す者

1・新たなる天上の世界へ


 かつてはカザフスタンともウズベキスタンとも呼ばれた、アジアと中東の境界線とも呼べるカスピ海東岸地区たるこの地域から大国家が消えてから久しい。もともと栄華を極めた土地柄ではなかったが、それでもng歴に入ってからの繁栄期では大いに栄えた。しかし祭りの時期が過ぎた後に残ったものは、自然を破壊してまで求めた高層建築の残骸と、この地で生きることを諦めた人々の痕跡のみである。


「南部タスパンの化学薬品工場の事故は実によろしくないことだな。ここは棄てられた地ゆえ神気取りの先進国連合の輩の目も届きにくいが、さすがにあれでは目を引いてしまうだろう。予定を早めねばならんぞ、ボルツァーノ司教?」


 エンゲルズ……言語によっては「天使」の意味を持つその地に築かれた新天連本部の一室に集まった幹部たちは、それぞれが新天連の司教と大司教たちである。タスパンの化学薬品工場を任されていたボルツァーノ司教は、眼前の鋭い眼光を放つ教皇ベルーナの寛大な処置に感謝するも、次に失敗すれば命がないことをよく知っている。


「我らはこの穢れた世界を脱し、新たな高みに至る。神にも人にも、そして世界にも見棄てられた者たちを導けるのは、新たな世界にあるべき神と……その代行者たる我々だけなのだ。みな、心せよ!異教徒共の妨害を許してはならん。必ずや入り込むであろう密偵の類は誰一人として生かさず、絶対に始末するのだ。よいな!!」


「「新たなる世界の天上に名を連ねし者たちのために!!」」


 最後に斉唱されたのは「新天連」とのあだ名になった由来でもある教義で、彼ら自身は自分たちのことを「教団」としか呼んでいない。人類が宗教を持ってから数千年ほど経過しても人類は救われず、それどころか多くの国も人も滅びを迎えた。目先のことだけを考えひたすらに繁栄の道を歩んだ結果、宗教が大きな力を持つ国ですら他者を救うことを美徳とはしなくなった。他者を救い平和や平等を追求した結果が、地球という惑星に対して人類のキャパシティオーバーを起こしてしまったのだ。それを指摘された時、高い理想を抱き強く成就を信じていたものほど残虐になってしまう。


「我らは、もう神もその代弁者も信じはせぬ。我らが信じるのは、ただあり続けたいと願う人々の純粋な願いのみよ。見ておれ、神気取りの拝金主義者共めが……」


 教皇ベルーナはN.E.Uへの移民を拒否され、命も育たなくなった地での生活を余儀なくされた一族の出である。はるか昔、頼みもしないのに宗教を押し付け、言語も文化も勝手に染め上げておきながら世界が連合国家樹立の流れに傾くと、彼らはいともあっさり自分たちを切り棄てた。世界も助けようと思えばいくらでも助けることはできたはずだが、助けようとはしない。世界に人が溢れすぎたのが助けない理由だというが、そのくせ自分たちで命を断つことはしないことに棄てられた人々の怒りや不満が募っており、それはさながら噴火寸前のマグマのように熱く煮え滾っていたのだ。


(増えすぎた人が死ぬべきであるなら、世界中すべての者が等しく死に向かうべきなのだ。先進国連合同盟の生まれだから永らえ、それ以外の出自の者は死ぬべきだなどという身勝手な理屈は絶対に許さん。死ぬならば、奴らもすべて道連れよ……)


 それはもう教えでも何でもなく、ただの私怨に近い。だが、人が増えすぎたのも先を考えずに乱開発して地球を破壊したのも、そのすべてを自分たちがしたことではないのだ。なのになぜ、自分たちだけが責任を取らなければならないのか。そういった疑問がいつしか「先進国連合同盟は他者に責任を押し付け生存を目論む集団」という見方に変貌していき、彼ら棄てられた者にとっての巨悪になっていった。


「すでに天へ至る道は見えた。あとはその道を安全に進むための保険を用意するのみである。分かっておるな、ボルツァーノ司教よ?」


 こののち、各連合より送り込まれた諜報員は警戒を強めた新天連の手により次々と処分され、彼らの目的が何であるかを知ることはできなかった。しかしng歴303年も終わりが見え始めた11月19日、G.B.PとN.E.U合同チームがついに新天連本部より情報を持ち帰ることに成功する。その内容を共同会議の場で目にした両連合の指導部は強い衝撃を受け、両連合だけで判断することは不可能との結論に至ったのである。



 11月26日、先進国連合同盟は緊急首脳会議を行う。議題は入手された新天連の計画に対してのものであったが、その計画を聞いた出席者の誰もが言葉を失うほど強烈なものだった。


「つまり彼らの言う「天」とは、月のことであると。地球で見棄てられたからここを離れ月で生きるというのは、合理的と申してよいのかどうか」


 W.P.I.U現代表・桑原晃良の付き添いで出席した外交防衛大臣ジョージ=半兵衛=花形もその計画には驚きを隠せない。確かに宇宙開発が禁止される前年までは月面開発計画も進められていたが、その月面開発用の資材を積んだはずのロケットに兵を積んでマイクロウェーブ発電施設の占拠を目論んだことが、宇宙に向けて飛翔体を発射することを禁じられたそもそもの要因である。歴史に埋もれた月面開発をいまさら継続するつもりなのかと、多くの者にとってそれは困惑するほかない話なのだ。


「問題は、奴らが撃墜を防ぐために考えたという方法だ。人にとって有害な新型ウィルスを満載し、ロケットを撃墜しようものなら全世界の人間も道連れだなどと……」


「まともではないことくらい分かっていたつもりだが、これはもう根本から認識を改めねばな。奴らはまともだよ。我らとは生きている世界が違うだけだ」


 G.B.PとN.E.Uの出席者たちはそう語るが、千年以上も前の話とは言え新天連を生み出したのはお前らの植民地主義だろうが……とジョージは思わずにいられない。今それを言ったところでどうにもならないから口には出さないが、問題の発生源に対して距離的にも歴史的にも近い両連合に重荷を背負わせてやろうというのが、W.P.I.UやN.A.Uの代表として出席した者たちで暗黙のうちに成立した思惑であった。


「事態はもはや看過し得ぬところにまで至ってしまった。ロケットの発射後に撃墜することはできるが、そのためにはロケットにウィルス兵器を積ませるわけにはいかんのだ。打ち上げが成功した後にばら撒かんとの保証もないのだから、生産工場なり貯蔵施設なりを破壊しなければならない。当連合は連合同盟軍派遣を提案する!」


 この結論に至るであろうことは誰でも予想はついたので、問題は「誰が最初に言い出すのか」というところにあった。今回は地形的に陸続きで、領土的には隣接していないとはいえ万が一の事態があれば真っ先に被害を被るであろうN.E.Uがそれを求める形となる。同盟軍のため戦費の過剰負担こそないが、やはり率先して多くの部隊を拠出するべきだとの流れ、あるいは忖度とでも言うべき力が働くものである。


「我がN.E.Uの軍で北と西は抑えよう。G.B.Pは我がN.E.Uを抜けられるので西南方面から、N.A.UおよびW.P.I.Uは南方および東方からの進軍をお願いしたいと考えておる。R.S.TやC.C.C、I.O.Tなど近隣の大連合にも協力か静観を要請するが、連中がこの機会をどう考えるかは分からぬし裏で繋がっている可能性もある。それらの連合に近い部隊は十分な注意を徹底させてもらいたい」


 N.A.UはG.B.P所属であるオーストラリア経由でインド洋を北上し、中東沿岸部の諸国に通行許可をもらう形で現地入りすることが決まった。先進国連合同盟には静止軌道の衛星から得られる電源が健在で、もはや化石燃料の需要はないも同然となってから久しく、この地域に大国の思惑が絡むことはなくなった。だがそれと同時に資本は引き上げられ、紛争が起きて燃料の供給に悪影響が出ても生活に影響が出ないため争いを止めようと関与する必要もなくなった結果、宗派戦争が絶えることなく続く不毛の地と化している。そして皮肉なことに、かつては忌み嫌った大国の軍が「通過あるいは駐留する期間だけ報復を恐れ戦闘が停止される」ようになっているのだ。


「外務防衛大臣、我が連合も早急に派遣部隊の編成と輸送手段の検討を。I.O.Tに通行許可を取るのが最短ルートであろうが、その場合C.C.Cへの刺激となる可能性もあるからな。そのあたりも計算に入れてベターな案を頼むぞ」


 桑原晃良代表が「ベストの案」と言わなかったのは、そのようなものが存在しないことを知っていたからである。I.O.Tことインド洋連合の協力を得てインド方面から陸路を北西に進むのが距離的に最短で、空路の使用許可も下りればさらに素早い展開も可能なのだが、敵対しているC.C.Cの動向次第では作戦エリア到達前に偶発戦闘が行われる可能性もある。かといってN.A.Uのように中東方面から北上するのは比較的安全だがW.P.I.Uの担当エリアを考えるとやや遠回りで、友好的なI.O.T領を使っての補給線確保ができないという問題もあった。


「至急、各方面との調整を行います。ただ追加予算の額により派遣部隊の規模が決定されますゆえ、取り急ぎ臨時連合会議にて審議いただきたく存じます」


 桑原代表は頷いたが、潤沢な予算が回されることはないことを覚悟している。実際問題として新天連の行為は地球人類すべての脅威なのだが、発生源がW.P.I.Uからはあまりに遠く、別世界での出来事に見えてしまう。これでは気前よく金も出ない。


(となると、戦いが金儲けに繋がる連中に出させるしかないのか。まったく軍産複合体というやつは、人が経済活動を続ける限り消えないのかもしれん。人が本能のまま争い続けるのを止めるような進化が、突然変異でもいいからもたらされぬ限り……)


 この後W.P.I.Uの臨時会議にて新天連殲滅部隊の派遣が決定され、同時に軍事関連企業からの臨時徴収案も可決される。ただし軍事関連企業からも支出に見合う相応の見返りが求められ、政権もそれを拒否することはできなかったのである。


「……パラオ基地に連絡を。次世代機の実戦データ収集および機体構成技術売り出しのため、I.C.C.Wには美人局を頼むと伝えろ。それにしても、またあいつなのか」


 軍事関連企業からの要望は「新型機Venusの性能を世界に示す」こと。これにより機体制作に関わった企業の存在価値を上昇させ、関連技術や株式の高額売却を目論んだのである。人は経済活動なしに生きていける時代ではないにしても、世界の危機に対してこの行動は神経を疑うというか、逞しすぎる商魂に呆れざるを得ない。


(おそらくあの子は政治に呆れるのだろう。だがな、呆れて諦めるだけでは何も変わりはしないのだ。真に変えたいと望むならば、こちらに戻るしかないのだよ!)


 ジョージ=半兵衛の胸中は政治を忌み嫌い、そして自ら選び進んだ軍で酷使される息子のことで満たされた。彼は軍に進んだ息子が現実を目の当たりにし、それを変えるためには政治の力が必要だと悟る日が来ると信じて自由を認めたのだが、最終的な結果だけを見ればそれは果たされる。しかし途中の過程においては困難な道程が待っており、彼がそれを知り得たならば今回の派兵に反対したことだろう。もっとも、未来を知る術がないからこそ「I.C.C.W出動準備」の報はパラオ基地に伝えられる。



2・欲望の闇に輝く星々


「つまり今回はVenusの性能調査と誇示が主目的ゆえ、私は指揮に徹し戦うなと。若者だけを戦場に立たせ、老いぼれは安全圏で指を銜えて見ていろと申されるのか。上層部のご命令は心に留めておきますが、現地では現場指揮官の判断で臨機応変に対処させていただきますことは、あらかじめご了承のほどを。では、失礼いたします」


 花形=ルーファス=弥兵衛は一通りの挨拶を済ませるとケネス少将の部屋から退出するが、不機嫌であることは誰の目にも明らかである。その「若者だけに戦わせろ」という命令にはケネス少将も思うところはあったが、軍高官としても、そして本土勤務が近い身としても逆らうわけにはいかず、弥兵衛にしてみれば唯々諾々とそのしょうもない命令に従ったケネス少将すらも「政治屋の手下め」という印象は拭えない。実際のところは、弥兵衛が思うほど政治家にべったりというわけでもなかったが。


「英雄殿は上層部からの命令にさぞ不満のようですな。その気持ちは分からぬでもありませんが、あの口ぶりから察するに「現場判断」を連発しますぞ。度が過ぎれば少将の本土勤務や退役前の経歴に響きますが、このまま行かせてしまっても?」


 副官のカーマイン大佐が、弥兵衛の手により勢いよく閉じられた扉を見やりながらケネス少将に確認する。彼らにしても本土の商売人たちが新商品を宣伝したいがためにVenusだけを戦わせようと目論んでいることは悟っており、弥兵衛と同じくこの上ない不快感に包まれてはいるが、みな軍の「組織人」であることを止められない立場にある。懲戒免職も辞さず、というスタンスで物事に臨める人間は少数派なのだ。


「仕方あるまい。私とてもう少し若く、何より才があれば彼のように振舞えたかもしれぬが、もう60近い軍人しかやってこなかった男がいまクビになる勇気はない。ならばせめて、才気煥発な者の邪魔だけはせんようにするさ。しかし彼も学生の頃は自分のことにしか興味がないというか、他者に興味を示さなかったものだがなあ……」


 軍大学時代に弥兵衛を教えたこともあるケネス少将の記憶には、ここまで他人のことで動く人間だったという記憶はない。与えられた課題なり役割を淡々とこなし、興味のない科目なり作業には可能な限り手を抜く。特に希望する進路もなく、そのため何かに打ち込むこともないという、まるで空気のような学生だった。彼がghostというコードネームを名乗った際は、思わず「言い得て妙なり!」と唸ったものである。


「ハロンの一件でもI.O.Tへの援軍でも、花形中佐は率先して危地に立ったそうですからな。部下の陰に隠れて後ろから偉そうに指図するだけというのは我慢ならんのでしょう。彼自身が後方からの無謀な指示によりあの地獄を見たのですから」


 もう4年前にもなるベトナム地区ハロン市に於ける偶発戦闘、通称furlong事件は海水浄化プラントを建設するW.P.I.U建設隊の護衛を務めるW.P.I.U護衛部と、それの奪取を目論むC.C.C部隊との間で繰り広げられたが、それはW.P.I.U内の世論を反C.C.Cにまとめ上げ政権支持率の上昇を狙うための陰謀であった。有力政治家の一人でもある花形=ジョージ=半兵衛の息子である弥兵衛の戦死は、ジョージ=半兵衛の同情票となって一気に代表の座にも手が届かん……というのが一件を企んだ者たちの筋書きだったが、弥兵衛のみが生き残るという(計画立案者にとっては)最悪の結果となり計画は頓挫した。


「あの当時に軍上層部で政治家と無縁だったのは木村中将くらいだ。それがfurlong事件の陰謀が明るみに出たことで、一気に将官の依願退職者も続出したというわけだ。懲戒では退職金も年金も出んからな。本来なら私もよくて准将止まりのはずが、こうして才に見合わぬ階級を授かってしまったのは皮肉でしかない。教官時代に手を焼いた彼のおかげでこうなったというのだから、まったく人生という奴は……」


 過去に思いを馳せるケネス少将の横顔を見ながら、カーマイン大佐も思いを同じくするように頷く。当時は少佐だったカーマインは輸送船リトルホープの船長を務めており、味方である葉山(当時)中佐にシージャックまがいの暴挙を起こされるという不運な経験をするも、ハロンの地獄を生き延びた「英雄」と建設隊を本土まで運ぶという栄誉に授かり、まだ40になったばかりで大佐にまで昇進している。


「私たちは、彼に退役後の年金支給額を引き上げてもらった恩がありますからな。上層部から受けるであろう多少のお叱りくらいは甘受するということで?」


 カーマイン大佐の言に、ケネス少将は一言「そうだ」と返した。弥兵衛にもそれを打ち明ければ「上層部の言いなり。あれは犬みたいなもの」という、誤解に基づく酷評はされずに済んだだろう。だが面と向かって言うのも照れ臭く、何より「褒めても調子に乗せる」との思いが強かったので、ついにその真意が伝わることはなかった。



「さて。噂などを聞いた者もいるだろうが、我々は先進国連合同盟の一員として新天連討伐作戦に参加する運びとなった。上層部はこれを暁星の実戦データを得る絶好の機会と考えたようで、私にすら可能な限り戦場に立つなとの指令が出ている。私が暁星を駆るなら話は別なのだろうが、今さら乗機を変えてもいい結果には……な」


 弥兵衛はそう説明したが、I.C.C.Wのメンバーに伝えていない事情もある。完全量産モデルのロールアウトから早3か月となるが、いまだにコックピットブロック周辺の謎は解明されておらず、万全を期すためにも触れずにおきたいところなのだ。


「オッサンは流行に疎いもんだからな。Venusに合わないことをそう気にすることぁないだろ。それより俺たち6人だけじゃ2小隊が関の山って思うんだが、これだと数が足りなくねぇか。他の連合にも示しがつかないだろ?」


 レックス=オオミヤ少尉の言は上官に対して著しく不適切な物言いだったが、それについて弥兵衛はとがめだてすることはなかった。理由の一つは弥兵衛が咎めなくても柊雪穂少尉なりマリア=ラダー少尉の報復「口撃」が始まるからで、もう一つは口火を切るレックスの発言が隊員間での議論開始の合図となっていたからである。上官の前だからといって委縮してまともに議論もせず、その結果ただ指示を待ち遂行するだけの兵よりは、口が過ぎるくらいのほうが好感が持てたのである。


「数に関しては追加情報がある。本土に残って教導員となった皆の教え子うち、機種転換訓練で実戦に耐えうる成績を残した者たちが10人ほどと、追加の暁星が9機こちらに合流する手筈となっているから問題はない。ただ、彼らは実戦に出たこともあるが暁星の扱いは新米、逆に諸君らは暁星の扱いには一日の長こそあれど実戦には出たことがないという、いかにもThe・混成部隊という点が問題だな。腕に自信があるからといって尊大に振舞ってくれるなよ。特にレックス=オオミヤ、君は要注意だ」


 自分も戦場に立って指揮すればそれも大した問題にはならず、戦況が少しでも悪化すれば「現場判断」でそうするつもりではあるが、最初から介入ありきで行動するわけにもいかない。それに彼らだけで済ませられるなら、それが一番なのだ。


「諸君らには2部隊で行動する状況と、3部隊に分かれる状況に備え役割分担を考えてもらおうか。と言っても、基本は育成科時代の分け方でいいのだろうが」


 こうして新たな派遣部隊のチーム分けが完了する。A~Cの3チーム2機に追加の9機を3機ずつ振り分け5機1チームとし、柊雪穂少尉と中原忠博曹長が入るポジションセンターAチーム、レックス=オオミヤ少尉と小杉流奈曹長のポジションフロントB、そしてマリア=ラダー少尉とエルウッド=アサン曹長が入ったポジションリアCチームが基本の編成となった。


「さて、あとは諸君らのコードネームか。W.P.I.Uデータベース内に重複がなければある程度の自由は認められているが、あまりに呼びにくいものとイメージにかけ離れているものは却下される。例えばレックス=オオミヤがコードネーム・Serene(静謐)などと言いだしたら全力で阻止することとなるだろうな。他連合の兵にもその名で呼ばれることを踏まえ、各自で熟慮し後悔しないものを申請するように」


 先ほどオッサン呼ばわりされたことの意趣返しをさらっと済ませ、パイロットブリーフィングは終了となった。それにしても……と弥兵衛はVenusの格納庫で足を止め、その端正ながらも疾風型よりはるかに逞しい機体を見上げつつ考えに耽る。


(商人どもはこの遠征がプロモーション活動に繋がると考えているようだが、なぜそう思えるのだろうか。国家ですらない狂信者どもの集団がまともな大戦力を保持しているはずもなく、交戦があったとしても「一方的な展開となり見せ場など回ってはこない」との結論に至るのが普通なはずなのだがな。どうもfurlong事件の時と似たようなキナ臭いものを感じてしまうのは、私が疑り深い性質になったからかね……?)


 この漠然とした違和感が後に形と成して現れる時、I.C.C.W混成派遣部隊は窮地に陥ることとなる。しかし未来を知らぬ若者たちは自身のコードネーム決めに苦悩しながらも、出撃の日を待ちわびていた。彼らは実戦経験こそないが厳しく鍛えられた精兵たちであり、その実力に疑いはない。ただ彼らのうち幾人かは死に誘われ、その原因を作り出したのが「敵ではない」ことに気付くのはまだ先のことである。



「各自のコードネームに関して、いい案が浮かばないから私に一任したいと……それが皆の総意なのか?」


「はい!……こう言うのもなんですが、私たちがお互いで考えたものを披露しあったところ大半の意見にケチが付いてしまいまして。何かいい方法はないかと考えた結果ここは中佐にお任せするのがいいのではないかとの結論に至りました!」


 I.C.C.Wのパイロット代表として柊雪穂が訪ねてきた用件は、各員のコードネーム選びについての相談であった。聞けば「自分自身に持っているイメージ」と「他人が自分に抱いていたイメージ」に差異があり、お互いが「そんな呼び方できるわけがない」との言い合いになったのだという。


「私はいつの間にやら保育士にでも転職していたらしい。まさかそのような理由で頼られることになろうと……いや、用件は理解した。各自に合いそうなものを考えておくから、下らぬ諍いはよせと皆に伝えておいてくれ」


 思わず愚痴がこぼれてしまった弥兵衛がすぐに要請を受諾したのは、I.C.C.Wでもメンバーのまとめ役を担ってくれている彼女の気苦労も考えてのことである。もっともあまりストレスを溜め過ぎたまま爆発されると、彼女へ軽口を叩いた際に護身術の犠牲になりそうな空気の読めない部下が一人いたからでもあるが、とにかく負担になるようなことの代役を務めるのも上司の務めなのだ。


(そういえば今の私はghost、その前はanemone's、さらにその前は……何であったかまるで思い出せないな。忘れるくらいだから思い入れも記憶に残る事象もなかったことは間違いないが、彼らはどうなるのだろう。忘れ得ぬ名となるのか、それとも二度と呼ばれることもない結末となってしまうのか。できれば後者は避けたいがね)


 彼らにとっては初めての戦場で呼ばれる名で、もしかしたらそれが最後に呼ばれる名前かも知れない。頼みを引き受けた際は早急に決めてしまおうと考えた弥兵衛も、それなりに韻を踏んだ言霊の加護も得られそうな名を考えていた。もし子供が生まれたら、親はこういった気持ちなのだろうかと思いつつ。


「よし、ではコードネームを記入した編成表を投影するぞ。必要なら各自でデータを持って行ってくれ。あと、この件に関して異論反論はいっさい受け付けない。仮に気に食わぬものだったとしても、重要なことを他人任せにした己を呪うのだな」


チームA fertility小隊

小隊長  柊雪穂少尉  codename:snow bloom

隊長補佐 中原忠博曹長 codename:gold plains

他フィリピン地区選抜員3名


チームB  starry sky小隊

小隊長  レックス=オオミヤ少尉 codename:meteoric swarm

隊長補佐 小杉流奈曹長      codename:crescent moon

他パラオ地区・日本地区選抜員3名


チームC ultramarine小隊

小隊長  マリア=ラダー少尉   codename:mariana deep

隊長補佐 エルウッド=アサン曹長 codename:oceanographer

他マリアナ地区選抜員3名


 各小隊には小隊長の出身地にちなみ、Aには豊穣の大地、Bには輝く星空、Cには群青の大海の名を冠した。お忍びでサイパンを訪れたがために「存在するがいないようなものだからghostでいいか」という理由で付けたcodenameに比べれば、よほど真面目に考えられたものだけに隊員たちの受けもおおむね好評のようである。


「さて、もう我々で行える準備はこれで完了だ。5日後に到着する補充要員たちの合流後、すぐに機体や装備品の積載を行い出港となるだろう。しばらくは特殊潜航艇の中で地上には立てないから、大地へ名残を惜しんでおくといい。では明日から3日を自由行動とする。刻限までに戻れるなら基地を出ての帰省も許可しよう。そのような特例が許されるほど危険な任務であることを、皆には覚悟しておいてもらいたい」


 W.P.I.Uは西太平洋に位置する島嶼国が集まって結成された連合という特性上、通常は海という防壁を越えて侵入してきた敵を討つ、いわば自軍に有利なホームゲームでの戦闘が多い。軍事訓練もそれに合わせたものが多く、広大な大陸部での戦闘には高い適性を持たないのが、日本だった時期も含めた旧来からの伝統でもある。特に敵地や、そこまで厳しい目が向けられない中立地ですら万全の休息を取るのは慣れが必要であり、おそらくは「本来の実力が出せないがために死亡した」という隊員も出てくるのだろう。ホームではないというだけで、こうも不利になるのだ。


(今回は何人が生きて帰れるだろうか。単純に眼前の敵との戦いで死ぬなら、それは軍人としての運命だったと納得することはできる。だが味方であるはずの輩が何かしら画策した結果が死では、それこそghostにでもなってしまうのだろう。ハロンでは誰も残せなかった。インドでも多くが斃れた。その後悔を繰り返さぬためにできることは、何があるのか……)


 かつての戦いより高い身分と優れた装備。加えて新兵器のために訓練された兵と、さらには友軍も含めた圧倒的戦力差がある。状況だけで見れば過去のどの戦いよりも楽な展開になるはずなのだが、弥兵衛の心は落ち着かなかった。死線を潜り抜けた戦士の直感とでも言うべきものが、この戦いは事前の予測ほど簡単に終わらないだろうと告げているからだ。そしてその予測は、的中してしまうこととなる。


 ng歴303年12月8日、W.P.I.Uパラオ基地より第二特殊潜航艇艦群が出港する。旗艦の大型潜航艇billows型を始め、潜水型輸送艦に満載されたコマンド・ウォーカーは最新型のVenusモデル、暁星型が15機という大戦力を投入しての作戦参加であった。

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