第15話 真実の言葉(前編)
キリエラに到着して2日目。ティアナの体調は、すっかり良くなっていた。しかし、昨晩のやりとりが影響してか、朝食中の三人は、終始無言だった。
(重い…重たすぎる…)
三人がそれぞれ、お互いの目を見ることができなかった。その均衡を破ったのはジャベルだった。
「えっと…ティアナ…さん?体調が…良くなって…その、良かったですね」
「あ…はい。ありがとうございます…ゆ…勇者様」
そこからは再び、箸と食器が当たる音しか聞こえなくなった。
「ご馳走様…」
リアナは先に食事を済ませると、部屋へ戻って行った。すると…。
「なんだい。喧嘩でもしたんかい?若いお方」
振り向くと、そこには配膳係のおばちゃんが立っていた。
「あ…いえ、そんなわけではないのですが…」
ジャベルがタジタジになっている間に、ティアナも食事を済ませたようだった。
「ご馳走様でした。それでは勇者様。作戦会議をこの後行います」
「あ…はい。すぐに行きます」
ティアナも部屋へ戻って行った。
「噂に聞く二股かい?それとも、どっちも彼女かい?」
「いや…あの…旅の…仲間で、二人は姉妹なのです」
そう聞くと、おばちゃんトークは続く。
「なるほどー。姉妹で一人の男をねぇ…そうかい。そうかい…あたしの若い頃はねぇ―――でね―――なのよ。」
「すいませんーん、注文いいですかー」
「はーい。今、行くよ。それじゃね。若いの。楽しみなさい。」
(そんなんじゃないって…)
ジャベルはようやく食事を済ませて、部屋へ戻るのだった。
「昨晩遅くですが、今回の目的地である山の方角で、大きな魔力を検知しました。」
「お
「はい。それもかつてないほど巨大なものです。」
部屋に戻ったジャベル。そこでは既に作戦会議が始まっていた。
「あ…勇者様。遅かったようですが、何かございましたか?」
「いえ…、あー。ちょっと話掛けられまして…」
「そう…ですか」
「ジャベちゃんも来たし…初めから説明しましょうか」
どこかよそよそしい二人に、ジャベルも少し気を遣いながら話を続ける。説明によると、昨晩、ティアナの魔力探知に大きな反応があり、その反応地点が今回の目的地の方角だと言う。
「なるほど…魔法陣がある…と言うことは、そこから魔神クラスが生まれもおかしくないのでは?」
「いえ、あの魔法陣による自然発生は、低級の魔物がほとんどです。」
「では…意図的に召還された可能性が高い…と?」
ティアナは頷く。
「はい。ですので、こちらも万全の体制で行かなければなりません」
早速、三人は町で装備を整える。リアナは一番レベルが低いため、装備可能な防具の中で、一番防御に優れた品を用意しようとジャベルが勧めるが、リアナは防御よりも見た目重視の装備を選んでいる様子。
ジャベルも剣以外に、いざというときのための短剣を購入。ティアナも何やら装備を物色している。
「ティアナさんはどんな装備を…?」
ジャベルがティアナの様子を見に行くと、そこには胸が
「ゆ…勇者様。ど…どうでしょうか」
「ぶはっ」
ジャベルは思わず顔を赤らめてしまった。
(まずい、完全に二人とも臨戦態勢だ…)
「い…いいんじゃない…かな」
ジャベルは笑顔で答えると、ティアナも実は恥ずかしいらしく、ちょっぴり顔が赤くなっていた。それを見ているリアナは少し不満げな顔をしている。
(さすがお
リアナはその小さな手を、自分の胸に当てて思った。
―――準備の整った三人は、現地へ向かい出発した。南西に平地を進むと、山の手前で既にモンスターが出現してくる。
「当たり…ですね。」
「そのようです。勇者様。」
ジャベルとティアナは武器を構える。それを見て、リアナも武器を構えるが、その手は少し震えていた。
「リアナ…あまり無理をなさらずとも、良いのですよ」
「いえ…やります!」
モンスターの中に獣系がいないので、リアナのスキルは使えなかった。しかし、相手がモンスターでもリアナには少し
(二人とも…いつもこんな戦いをしてたんだ…)
リアナは、次々にモンスターを倒していくジャベルを見て、自分の無力さを改めて痛感する。ジャベルはそんなリアナを見て思う。
(俺も…昔あんなだったなー)
と、立ち尽くしているリアナの背後からモンスターが迫る。
「危ない!!」
間一髪ジャベルが盾になり、リアナは無事だったが、ジャベルの右腕に軽く血が滲んだ。
「ご…ごめんなさ…」
リアナの言葉よりも先に、ティアナが即座に回復魔法をかける。
「平気さこれくらい。」
とジャベルは笑顔でリアナに返す。ジャベルを回復しつつ、ティアナがリアナに近づく。
「どうしたのですかリアナ。先のレベル上げの際は、全然平気でしたのに…」
「…うん。あの時は…その目的(母への復讐)があったから…かもしれないけど…今は…怖い…怖いの。」
「…リアナ…。」
リアナは小刻みに震えていた。その間に回復を終えたジャベルが、最後のモンスターを倒していた。
「はぁはぁ…殲滅、終わりました。」
「ご苦労様です。勇者様。」
ジャベルもリアナの元へやってきた。
「勇者様、リアナを今回の作戦から外す事を進言します」
「…ティアナさん…」
「…お
ティアナの発言に、しばらく沈黙が続く。しかし、ジャベルは首を振った。
「リアナ…お前は私を元気づけてくれた。そして、ティアナさんに負けないと宣言したね」
「…はい。」
「ならば、今更ここで引くなんてできないよな」
「―――っ!」
ジャベルの言葉に、リアナは両手を強く握る。
「まけ…たくない」
「そうだ。負けるなリアナ!」
「勇者様…。勇者様はどちらを応援していらっしゃいますのか…」
底抜けにお人好しなジャベルに、ティアナは少し呆れ顔だった。そこからのリアナは積極的にモンスターへ立ち向かった。まだ少し慣れない部分はあったが、確実に成長していると、ジャベルは感じていた。
そしてついに、一行は『聖地』と呼ばれる山の麓に辿り着いた。麓からも山頂の神殿は目視で確認ができた。
「なんだよ…あれ」
神殿には黒い霧か煙のような
「あれは上位魔族が発する、魔力の霧かと思います」
魔力霧と呼ばれるその霧は、低レベルの人間が近づくだけで死に至る可能性のある毒の霧。ジャベルとティアナならまだ耐えられるが…。
「私の事は気にしないで…」
「しかし、ここはモンスターも多い。今更置いていくわけにはいかないよ」
リアナも自覚している。自分が足手まといになる事を…。
「では…私がここで結界を張りましょう…」
「はい。お
ティアナはリアナの周囲に結界を張る。それはある程度のレベルを持つモンスターなら、抜けることができないものだった。
「行きましょう…。リアナ、結界の効果が切れるまでには必ず戻ります!」
「うん。待ってる。」
ジャベルとティアナは山頂へ向かって行った。
「お
リアナは二人の無事を祈るのだった。
―――しばらくはモンスターとの戦闘と山登りの繰り返しだった。そしてようやく目の前に神殿が見えてきた。中からは魔力霧が噴き出し、麓から感じた気配をより強く感じさせる。
「あそこか…」
「はい。神殿自体は、硬い岩盤を削って作ったもので、それほど広くはないと聞いております」
二人はゆっくりと神殿内部へ侵入する。ティアナの魔法で罠を警戒しつつ、互いに周囲を見回しながら進んでいく。
すると、奥から人影が見える。
「―――っつ!!!」
それは、巨大な牛頭のモンスターだった。
「ゴーシール・シャシャ。ですね」
すると、何やらうめき声が聞こえる…。
「ぅぅぅ…ぁぁぁぁ」
「わ…た‥‥し…は‥‥お…だ…ぞ」
ジャベルはモンスターを指差す。
「ティアナさん。あいつの体、見てください!」
よく見ると、ゴーシールの胴体に、人間が二人。まるで融合しているような形で張り付いていた。
「恐らく、召還に失敗し、取り込まれたものと推測されます」
「ちょ…ティアナさん。私も一応召還とかできるんですから、怖いこと言わないでください。」
「勇者様、本来の召還術は、主と下僕の心が一つになって初めて成功するものです。無理矢理呼び出された場合、必ずしも言う事を聞くとは限らないからです。」
「なるほど…。では、あの二人はいったい…」
「わかりません…。しかし、強制召還を試みるところをみると、魔術師の心得がある事は間違いありません」
ジャベルは剣を構える。
「あいつを倒さないと、魔法陣は壊せない…と言うわけですね」
「そのようでございます。」
すると、モンスターに取り込まれた顔の一つが、二人を見て驚きの顔をしている。
「あ…た…ま…は…。あなた…様…は…」
ジャベルは言葉の続きが気になったが、自身でも倒せるか不明なモンスター相手に、まずは集中して攻撃を仕掛ける。
「でやぁ!!」
ジャベルはモンスター足元を切りつける。足元を負傷させれば、相手の機動力に大きく影響するからだ。しかし、皮膚に届く前に、何らかの防御が働き、押し戻される。
「かってぇ!!いや、弾かれたって言うのが正解かなー」
「勇者様、闇雲に斬りつけても効果は薄いようです」
「分かってる…ならばっ!」
「目覚めよ!!俺の力!我が魔法力を以て、我が刃とならん!」
以前、ジャベルが使用した
「これで…どうだ!!」
すると、光の刃はモンスターの魔法防御をも切り裂き、最初の攻撃では傷一つ付かなかったモンスターの足に傷を負わせる。
たまらず膝をつくモンスター。そこに追い打ちで、ジャベルの
ジャベルがダメージを与えた部分は、絶えず回復魔法がかかっているのか、徐々に塞がってくる。
「くっそー。回復力も早いのか…ならば、それ以上にダメージを与える!!」
ジャベルは素早い動きでモンスターに次々とダメージを重ねていく。そして呼吸を整えるため、ジャベルが一旦後ろに下がったとき、ジャベルの頭に直接、聞いた事の無い声が聞こえてきた。
(…ろ…し…てく…れ…)
(誰だ…!?俺の頭の直接話しかけるやつは…)
ジャベルは周囲を見渡すが、人の気配は無い。
(ころ…して…くれ…)
(まさか…)
ジャベルは目の前の敵をよく見る。すると、取り込まれた人間の一人から、涙が出ているように見える。
(私は…この国の元大臣…。)
「どうかなさいましたか?勇者様」
異変を感じたティアナが、ジャベルに近づく。どうやら、ティアナには聞こえていないようだった。
(どうか…私の願いを…)
「勇者様!?」
ジャベルは耳から聞こえるティアナの声と、頭に直接話しかけてくる元大臣を名乗る声との間で、板挟み状態になってしまう。
(どうする…、どう答える…)
果たして、ジャベルの答えは…。
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