第03話 アルカナの洞窟

 朝起きると、ジャベルを待っていたのは酷い痛みだった。それは昨晩食べた『ビッグフットゴート肉』の効果が出て、筋力が上がった副作用の筋肉痛だ。


ジャベル「っつぅ…。痛ってぇ~。マジでこの副作用は何とかしてほしい」


 柔軟運動は、もはやただの気休めに過ぎなかったが、それでもジャベルには動かすしか方法が無かった。魔法による治癒は、傷を癒すものであり、筋肉痛には効果が無いのを知っていたからだ。


ティアナ「おはようございます。勇者様」


 隣の部屋から起きてきたティアナは、ジャベルのに対して肌の色がつやつやしていた。これは昨晩食べた『バジリスクの肉』の効果の表れで、精神力メンタリティの自然消費を抑えるだけでなく、お肌もツルツルの美肌効果もあったためである。


ジャベル「失敗したなぁ、俺もバジリスク肉にすれば良かったかな…」


 ため息をつくジャベルに、ティアナは首を振った。


ティアナ「勇者様、お止めくださった方が良いでしょう。」

ジャベル「なんでよ。効果的には何のデメリットもないだろ?」


 ジャベルが聞くと、ティアナは続けた。


ティアナ「バジリスク肉は、料理されているとはいえ、耐性のあるものが食べないとデメリットを中和できないどころか、きちんとした効果も出ません。勇者様は、耐性を身に着けておりませんので、まだ食すことはできないのです。」


 そう聞いて、ジャベルは背筋を凍らせた。そう、ビッグフットゴートの肉も耐性があれば、筋力アップのみで済んだのである。


ジャベル「まじかぁ…モンスター系の料理には気を付けないとな…」


 ジャベルは肩を落とした。


ティアナ「安心してください。危険な物だったときは、私が止めます。」


 ティアナは冷静に返した。


 朝食を軽く済ませると、二人は旅の準備を始める。この町を訪れた理由は、町の南西部にある洞窟にあった。その洞窟内に、魔王が配置したモンスター召還用魔法陣を破壊すること。

 モンスターを食さなければならない理由は、モンスターの増加によって農業による食料の確保ができないからだ。


ジャベル「ティアナさん、洞窟には入った事があるのですか?」


 ジャベルが尋ねると、ティアナは首を横に振った。


ティアナ「残念ながらありません。勇者様」

ジャベル「そうか…じゃあティアナさんはどうやってそこまで強くなられたん…ん…」


 会話の途中でジャベルの口は、ティアナの指で塞がれた。


ティアナ「勇者様、私にはため口でよろしいのです。それに、かの洞窟探索の経験が無いのは、入る目的が私には無かっただけです。勇者様には目的ソレがあります。その違いです。」


 ジャベルは顔を少し赤くしつつ頷いた。そして、二人は町の武具屋で揃えた新しい装備に身を包む。


 ジャベルは、鉄と銀を混ぜわせた合金『シルバニア』を使った剣、鎧、小手、具足、兜。

 ティアナは、魔力を練り合わせた絹『マジウール』を使ったローブに、シルバニアの胸当て。胸元が若干気になることと、膝上くらいしかないスカートからすらりと見える足を、マントが絶妙に覆い隠す姿に、ジャベルは思わず唾を飲んだ。


ティアナ「もっとセクシーな姿がよろしかったでしょうか?」

ジャベル「いえいえいえいえいえいえ」


 ティアナの鋭い洞察力に、ジャベルは首を横に振るしかなかった。準備を整えた二人は町を出発し、洞窟へ向けて進みだした。もちろん洞窟への道は存在しないし、正確な位置も不明。頼れるのはティアナの位置探索魔法マジック・ソナーのみである。

 位置探索と言っても、強いモンスターの力を遠距離感知する魔法で、距離や方角は分からないものの、強力なモンスターがいる可能性のある洞窟なら、十分通用する魔法だった。


ジャベル「ティアナさん、魔法は使用しなくてよろしいのですか?」


 ジャベルの問いに、ティアナは微笑んだ。


ティアナ「勇者様、位置探索魔法マジック・ソナーは魔法職にとっては初級魔法に過ぎません。上級魔法職にもなれば、無意識状態で既に発動してるのです。」

ジャベル「そうなのか!?って事は、既に洞窟の位置はわかってるんじゃあ」

ティアナ「位置…とまでは行きませんが、既に固まって魔物の気配を感じますので、そこが目的地かと思われます」


 森の中を進む二人に、数匹のゴブリン族が姿を表す。


ゴブリンA「うぎぎぎぎ、ぎがががが」

ゴブリンB「ギガギガギギ、ググゲゲ」


 何を言っているか分からなかったが、恐らくここを通してくれる気配は無かった。


ティアナ「ここから先は行かせない。通るなら命は無い。と言っています」

ジャベル「わかるのか!?ゴブリンの言葉が?」


 ティアナは軽く頷いた。


ティアナ「はい。ある程度の亜種族言語は、翻訳魔法トランスレーション・マジックで変換することが可能です」

ジャベル「便利なんだな…。魔法って」


 感心するジャベルをよそに、ゴブリンが襲い掛かってきた。


ジャベル「でぃやーーー!!」


 新しい装備はとても軽く、そして丈夫だった。ゴブリンの振りかざす斧を剣で軽く受け流すと、すぐに反撃体制に入る。1匹、2匹とゴブリンを倒していくジャベル。それもティアナの守備向上魔法ディフェンス・マジックもかかっているおかげではある。

 それ以上に、今日のジャベルは違っていた。ビッグフットゴート肉の筋力アップ効果で、動きにキレが出ている。あっという間にゴブリンの群れを撃退した。

 その後の旅は順調だった。そして、深い森の奥にその洞窟は見つかった。


ティアナ「どうやら目的地はここのようです」


 洞窟の入り口は大きくなかった。だが、内部から邪悪な力が溢れてくるのをジャベルですら感じることができた。


ジャベル「ティアナさん、これ、私の力だけで可能なのですか?」

ティアナ「魔法陣の破壊が目的ですので、内部の敵を掃討する必要はありません。私もおりますのでご安心を」


 ジャベルは覚悟を決めて洞窟へ潜り込む。先頭はジャベルその後をティアナが続く。ティアナは常にジャベルの前に防御壁魔法マジック・ウォールを張り、敵とばったり遭遇することを防ぐ。


ジャベル「時にティアナさん、魔法陣を見つけたとして、どうやって破壊するのですか?」


 ジャベルは質問のために振り返ると、ティアナは低い洞窟の天井で前かがみになっていたため、胸元がすっかりセクシーな事になっていた。


ティアナ「勇者様、私の胸を見るために振り返りましたか?」


 ティアナの一言で、ジャベルはすぐに前を向いた。


ジャベル「す…すいません!ティアナさん。」

ティアナ「質問の答えですが、魔法陣は私が魔力を中和したあとで、貴方が物理的に破壊することが、一番良い手段です」

ジャベル「なるほど…って最後はなんか適当じゃないですか?ってぐへぇーー」


 思わず振り返るジャベルに、ティアナの拳が突き刺さる。


ティアナ「勇者様、私は閲覧の許可は出しておりません。」

ジャベル「はい。すいませんでした。」


 ジャベルは再び前を向いた、と同時に目の前にはモンスターが顔を覗かせていた。


ジャベル「うぉぁ!!」


 情けない声を上げながら剣を抜くジャベル。しかし、狭い洞窟内では上手く抜く事ができない。幸いティアナの防御壁がモンスターの攻撃を防いでいたため、ジャベルは一旦冷静になって剣を抜いて構えた。


ティアナ「勇者様、ここでは剣撃による攻撃は不利です。一旦引きましょう」


 ティアナが進言すると、ジャベルは周囲を確認する。モンスターは壁を殴る中型モンスターが2体だが、その奥にも何かいそうな気配がしている。後ろは来た道。そして後方、ティアナの左側に今の天井よりも更に低い穴がぽっかり開いていた。


ジャベル「ティアナさん、そこに少し狭いですが、我々くらいなら通れそうな穴があります。あちらに行きましょう。僕が後ろになります。」

ティアナ「分かりました。では防御壁を張り直したら、先に向かいます。」


 ティアナは両手を防御壁に向け、亀裂が少し入り始めた防御壁に精神力エンタリティを当てて修復させる。


ティアナ「では、お先に参ります」


 そう言うと、小さな穴に這いながら入っていく。それを確認するとジャベルも後に続いた。先を急ぐ二人の後ろで、防御壁が壊れる音がした。しかし、狭い通路をモンスターが通ってくる気配は無かった。

 狭い通路での明かりは、ティアナの松明魔法ライティング・マジックが頼りだったので、後ろを歩くジャベルにはどんどん暗くなっていく後方の様子は視界では捉えられなかった。


ジャベル「とりあえず追手はいないように思いますが、ティアナさんの索敵も同じでしょうか」

ティアナ「はい。それと勇者様の素早いご判断のおかげで、目的地へ早く辿り着けそうです。」

ジャベル「と…いうことは…?どわっ!」


 ジャベルが後ろを確認しながら話をしていると、ティアナの大きなお尻に頭をぶつけてしまった。


ジャベル「すみませ…」

ティアナ「静かにしてください」


 ティアナが小声で静止した。ジャベルはてっきり怒られるのかと思ったが、ティアナの先から感じるプレッシャーが、そんな状態ではないと感じた。


ティアナ「今はお尻の件は目をつむりましょう。しかし、この先にはお目当ての魔法陣と、その守護者がいるようです。」

ジャベル「では、私が先行…できませんね」

ティアナ「はい。ここは私にお任せください。」


 すると、ティアナは魔法の詠唱に入る。

ティアナ「我、ティアナの名の下に集え、我がしもべたちよ。我の命に従いて、我が前に立ち塞がりし全ての悪しき者達に、神の鉄槌を下せ!!」


 聖属性の上級召還魔法。ジャベルには何が出ているのか戦況がよくわからなかった。しかし、ティアナの奥では何者かが戦っている音がする。

 しばらくすると、戦闘が終わったのか、今まで放っていた大きなプレッシャーが消え、静かになっていた。


ティアナ「終わったようです。先へ進みましょう」

ジャベル「は…はい。ティアナさん、いったい何を…?」

ティアナ「見ればわかりますわ」


 狭い穴をようやく抜けると、そこには大量の銅貨ゼラー銀貨ゼーレ、更には金貨ゼニーと、アイテムがごろごろと落ちている。そして、そこには純白の羽を4枚生やした天使が立っている。そう、ティアナが召還したのは第四級智天使ヘルヴィムだった。


ジャベル「天使の召還まで…できるのか」

ティアナ「はい。それより、魔法陣の魔力は既に無効化しました。あとは勇者様の仕事です」


 ジャベルに関心している暇はなかった。大きな岩に書かれた魔法陣を用意したツルハシで粉々に破壊した。すると、洞窟内からモンスターの気配が薄れたのを感じた。


ティアナ「ミッション完了。お疲れ様です。勇者様」


ジャベルは思った。


ジャベル((俺の出番、岩壊すだけじゃね?))


 こうして、アルカナの町は魔王の魔力から解放された。しかし、周囲の魔物も減った事により経済がいろいろ変化することも間違いないだろう。

 ジャベルとティアナは、回収したお金で馬車を買い、次の町へと出発するのでした。

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