第02話 アルカナの町

ティアナ「我、ティアナの名の下に、汝ジャベルの傷を癒したまえ。回復魔法ヒーリング・スペル!!」


 少女の手から緑色の優しい光が青年の体を包み込む。暖かいその光は、体中についた傷を瞬く間に治していく。


ジャベル「ありがとうございます。ティアナさん」


 青年は勇者である。現在は、アルカナの町にある宿屋で傷の手当を受けていた。先の壱目族サイクロプスとの戦いで、ある程度の回復魔法は受けていたが、その後ゴブリン族、オーク族などの壱目族サイクロプスが率いていた亜種族の集団を討伐していたため、町に到着したのは既に日が落ちかけていた頃になっていた。


ティアナ「勇者様、治癒はこれで完了いたしました。精神力メンタリティは、一晩お休みになられれば、回復することでしょう」


ジャベル「しっかし、モンスターが徒党を組む事があるのか…。ま、おかげで宿屋代や新しい装備の軍資金がたっぷりもらえたわけだが」


 手持ちの銅貨ゼラーは5963枚。ティアナが所持している魔法袋マジック・ポーチに収められていた。

 この道具はお金以外にも、様々な道具を収納可能で、取り出しも思いの通りだが、精神力メンタリティを消費してしまうため、魔法職であるティアナに持たせているのだ。


ジャベル「ティアナさん、今の身体状況ステータスを確認してもらえないでしょうか。そしたらご飯行きましょう」


ティアナ「かしこまりました。勇者様」


 ティアナは紙を取り出し目を閉じて準備に入る。


ティアナ「我、ティアナの名に於いて、汝ジャベルの力をここに書き示さん。」


 ティアナの呪文と共に、何も書かれていない紙にジャベルの能力数値が記される。ジャベルには相変わらずその神聖文字は読むことができなかった。


ティアナ「勇者様は現在レベル13。これは凄い事ですよ。力や身の軽さ、知力の向上も見られます。一番高いのは運の良さ…ですけれど。」


ジャベル「何か特技や魔法などはありませんか?」


 ジャベルが問うと、ティアナは文字を最後まで確認する。


ティアナ「魔法スペルが2つ習得されているようです。ひとつは炎属攻撃魔法ヒート・スペル、それともうひとつ効果も名前も不明の魔法が記されております。


ジャベル「炎属攻撃魔法ヒート・スペルは使えそうだが、そのもう一つはレベル999のティアナさんでも分からないのですか」


ティアナ「はい。魔法はかつて神々が行使していた自然現象を、人間が本を媒体として書き起こして使えるようにしたものであり、光・月・火・水・木・金・土・闇の8属性魔法が存在していると言われております。」

ティアナ「しかし、神々の数に比べて、書き起こされた魔法の数は、ごく一部に過ぎないとも言われており、未だ知られていない魔法を総称して、未知魔法アンノウン・スペルと呼んでおります」


 ジャベルは少し考えた。


ジャベル「未知魔法アンノウン・スペルか…。前向きに考えればってやつだな」


 ジャベルは右手を握りしめて前に突き出した。その姿にティアナは軽く笑みを浮かべた。


ジャベル「さぁって、ティアナさん。ご飯を食べに行きましょう!」


ティアナ「はい。勇者様」


 二人は宿に併設された食堂へ向かった。食堂は夕飯時とあって混雑していた。二人は丁度空いていた2人用の席へ座ると、店の支度人を呼んだ。


ジャベル「この"本日のおすすめ"をひとつ、ティアナさんは?」

ティアナ「では、子バジリスク肉のやわから煮込みを…」

ジャベル「えぇ!?」


 ジャベルはティアナの意外な選択に驚いた。バジリスクはアルカナの北西にある砂漠に生息する大型のトカゲで、成人すると3~4mにも達するモンスター。その瞳に長時間晒されると、全身を石にさせられてしまうと言われている。


ジャベル「ティアナさん、好きなんですか?バジリスクの肉」

ティアナ「どちらかと言うと嫌いです。が、この肉は魔法職の精神力メンタリティの自然消費を抑える効果があるのです。」

ジャベル「なるほど、大変なんですね。魔法職って」


 しばらくすると、料理が運ばれてくる。


支度人「お待たせしました。本日のおすすめ。『ビッグフットゴート肉のステーキ』と『子バジリスク肉のやわらか煮込み』でございます」


ジャベル「うげぇビッグフットゴートの肉かぁ」


 ビッグフットゴートは、熊のような足を持つ大型の羊型モンスター。比較的大人しい性格で数も多く、しかも肉・毛皮・骨、更には内臓から血液まで、余すことなく使えることから、冒険者達のお金稼ぎにはもってこいのモンスターなのだ。


ティアナ「お嫌いでしたか?」


 ティアナが聞くと、ジャベルは首を横に振った。


ジャベル「いや、嫌いじゃないんだが、こいつの肉はちょっと癖が強くて…ね」

ティアナ「そうですね、食べて一晩寝ると、筋力に多少の影響がでるので、起きると筋肉痛になること間違いなしです。」

ジャベル「そう…なんだよ…。まぁ筋力アップには最適なんだけどねぇ」


 ジャベルはそう言うと、料理を食べ始めた。ティアナも上品に肉を切り分けると、肉を口に運び入れた。

 二人ともそのセクのある味の料理をあまり味わう事なくお腹に収めた。そして素早くお茶を飲み、口の中に残る味を消す二人の奥で、何か罵声が聞こえてきた。


大柄な男「てめぇー。この席を先に取ってたのは俺らだぞ」

鎧を着た男「いーや。これを見ろ、この盾を置いて確保していたんだ。」

大柄な男「そんなのが何の証拠になる。この町の店で買えるような盾だぞ。名前でも書いてるのか!?」


 どうやら席の取り合いで揉めていたようだ。


ティアナ「醜い争いですね。少し待てばすぐに座れますのに」


 ティアナはため息を付きながら言った。


ジャベル「しかし、私達もお世話になっているお店ですし、争いは極力無い方がよろしいのではないでしょうか。ティアナさん」


ティアナ「勇者様、どちらに加担しても恨まれるのは必然。お止めください」


 ティアナの静止もジャベルは立ち上がった。


ジャベル「お二人とも、ここでの争いはおやめください。」


 ジャベルが二人の静止に入ると、たちまち二人の視線はジャベルに向けられる。


大柄な男「なんだてねぇーは、これはコイツと俺の問題だ。口出しすんじゃねーよ」

鎧を着た男「その通りだ。それも女連れときた。かーなんだよ勝ち組気取りかー?」


 二人の鋭い視線に、ジャベルは思わず後ずさりする。


ティアナ「はぁ…だから言いましたのに…」


 ティアナはふらりと立ち上がった。


大柄な男「お?ねえちゃん。今度はあんたが俺らのお相手をしてくれるのかい?」

鎧を着た男「あんたが相手してくれるんなら大歓迎だぜ」


 二人の目つきはどちらかと言うと、ティアナの放漫な体の方に向けられていることが、誰が見ても感じることができる。


使用人「お二人ともこの方に手を出してはいけません。いつものことなんです。それにこの方々はレベル50、この町のギルドの上位冒険者ですよ」


 使用人の言葉に、ジャベルは思わず男二人を2度見してしまうが、ティアナは二人をジッと睨みをきかせ、ジャベルの前に立ちふさがる。


ティアナ「このお方は、あなた方のようなただ稼げれば良いだけの冒険者とは違います。このお方はゆくゆくは魔王を討伐し、この世界を平和に導いてくれる大勇者になられるお方なのですから」


 ティアナの発言に、男二人は高らかに笑う。


大柄な男「聞いたか?あー?魔王を倒すだぁ?今までにどれだけの手練れが束になっても勝てなかった魔王をか?これが笑わずにはいられないだろ」

鎧を着た男「お前のレベルはいくつだ?10か?20か?50の俺らですら、ここの食堂に卸している食材モンスターを狩る事で精一杯だっていうのにか?」


 二人の言葉に、ティアナはため息をついた。


ティアナ「はぁ…器が小さいですね…」

鎧を着た男「なに・・・?」


 ティアナの一言が、周囲を一瞬にして静寂に変える。それは、ティアナから噴き出すオーラがそうさせていた。高レベルの魔法職ともなれば、戦闘時のみに魔力マジカリティ精神力メンタリティを解放することも可能になるのだ。

 ティアナのオーラは、精神力メンタリティが開放された戦闘状態を表していた。


大柄な男「ま…マジかよ。こんなの…見た事が無い…」

鎧を着た男「れ…レベルが違いすぎる」


 ティアナは鋭い視線を二人に向けると、二人はそのあまりの強い気迫に圧され、腰を抜かして床に座り込んだ。それを見たティアナはすぐにオーラを収め、笑顔を見せた。


ティアナ「はい。おしまい。私達はもう食べ終わりましたので、こちらのお席をお使いください。それから、二度とこのお方を見下したりはしないでくださいね」


大柄な男「は…はい。お席…お譲りいただき…ありがとうございます」

鎧を着た男「そりゃもう、誓います。」


 ティアナは振り返ってジャベルに笑顔を見せるも、ジャベルにはその笑顔が作り笑顔であることがすぐわかった。


ティアナ「今度私の静止を振り切ることがあったら…例え勇者様でも許しませんからね。」

ジャベル「は…はい。」


 二人はそのまま代金を支払い、食堂を後にした。


ジャベルは思った。


((普通に考えて、レベル50とレベル999じゃ適うわけないだろう))


宿屋に戻ったジャベルは、その後2時間にもわたって、ティアナから説教を受けるのであった。

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