Lv999のヒーラー

神原 怜士

第01話 俺は勇者…なのか?

「えいやぁーーーー」


 一際ひときわ気合いの籠った掛け声と共に、目の前のモンスターが消えていく。


「勇者様。お見事です!!」


 消滅したモンスターが所持していたアイテムと銅貨ゼラーが出現した。モンスターを倒した男の後ろから、白く美しいローブ姿の女性がそれらを拾っていく。この世界では特に珍しい光景ではない。この世界は弱肉強食。モンスターを倒すことを生業なりわいとしていかなければ、生きていくことはできない。

 そうなってしまったのも、元を辿れば100年前、邪悪な化身を封印した壺を、この男の祖父があやまって割ってしまったことに始まる。邪悪な化身は7日間という期間で、邪悪の心を持つ動物へ寄生し、モンスターへと変えてしまった。

 そして現在、寄生を逃れた一部の人間と、モンスターとの間で、現在も争いが続いている。

 主人公であり、この大災害の元凶となった者の末裔である勇者ジャベルは、2代に渡って邪悪な化身と戦い続けている。


 が、彼はまだ冒険を始めたばかりだった。


「10体目の討伐おめでとうございます!これで宿屋に泊まることができますね!」


 彼女はそんな勇者に志願し、一緒に旅をし始めたティアナ。職業クラス僧侶クレリック。勇者ジャベルとは最初の村で出会ったばかりである。


ジャベル「ティアナさん、まだまだです。宿屋に泊まるお金だけ稼いだって仕方ありません。次の町へ辿り着く前に、武器も新調できるくらいは稼ぎたいです」


 ジャベルは剣を収めると、拾ったアイテムを確認する。


ティアナ「あ、ちょっと待ってください。」


 ティアナはアイテムに向けて両手をかざし、目を閉じて集中する。すると勇者の手に持つアイテムがゆっくりと青色に輝く。


ティアナ「はい。呪いや罠のたぐいは無いようです。安全に使えますよ」

ジャベル「あ…はい。ありがとうございます」


 旅を始めてからこのやり取りを何度しただろう。ティアナはよほど慎重な性格なのか、拾ったアイテムに必ず解呪魔法ディスペルをかけてくれる。旅を始めてまだそれほど時間の経たないところで、呪われたアイテムなんか拾わないとジャベルは思っているのだが、彼女の親切な行為を断れずにいた。


ジャベル「ティアナさん。そんなに魔法を連発しちゃって大丈夫なんですか」


 ジャベルはそう尋ねると、ティアナは笑顔で答えた。


ティアナ「ご心配ありがとうございます。勇者様がご心配されるほど、私の精神力メンタリティは減っておりませんのでご安心を。」

ジャベル「…と、とにかく一旦休みましょう。ここはまだ安全な様子なので」


 しかし、そんなジャベルの提案のときでも、ティアナは魔法の詠唱を始める。二人の周囲に魔法陣が描かれていき、そして周囲からモンスターの気配が消えていった。


ティアナ「確かに、今は安全かもしれませんが、念のため結界を張らせていただきました。これでモンスターからこちらの気配が察知されることはありません」

ジャベル「あ…はい。」


 この世界では様々な職業クラスがある。

ティアナのような補助魔法や回復魔法を追求していくヒーラー、僧侶クレリック

攻撃魔法や魔獣召還を中心とした魔法攻撃のかなめ魔術師ウィザード

打撃による攻撃と、仲間を守る盾を兼ねるタンカー。騎士ナイト

素早い動きで敵をかく乱し、弓や短剣での攻撃を得意とする軽戦士、狩人ハンター


 この4つの職業から、派生する上位職業ハイクラスも存在している。

 ジャベルが勇者ヒーローという職業クラスとなっているのは、血筋でも周囲から選ばれたわけでもない。ただ、どの職業クラスにも属していない人をまとめて、勇者ヒーローと呼んでいるのである。


ジャベル「なぁ…ティアナさん。俺は今どれくらいの強さか調べられるか?」

ティアナ「お任せください」


 ティアナは軽く頷くと、荷物から紙を一枚取り出すと、ジャベルに左手をかざしながら呪文の詠唱に入る。


ティアナ「我、ティアナの名に於いて、汝ジャベルの力をここに書き示さん。」


 ティアナの呪文と共に、何も書かれていない紙にジャベルの能力数値が記される。ジャベルが紙を見てみるが、その文字は古代の文字なのか神の文字なのか、全く読み取ることができなかった。


ティアナ「はい。でました。勇者様…こほん、ジャベル様の現在のレベルは5。突出して上がっている能力はです。」


ジャベル「まだ…運なのか」

(俺が初めて彼女と出会った時に、最初の能力を測ってもらったら、『運が抜群に高い』と言われたっけなぁ)


 ジャベルはがっくりと肩を落とした。しかし、ティアナは続けてこう説明した。


ティアナ「ただ、精神力メンタリティも上がっておりますので、今後の経験次第で様々な魔法スペルを覚えていく可能性は十分あります。」

ジャベル「マジで?おっしゃー希望が見えてきたぁ!!」


 子供のように喜ぶジャベルを見ながら、ティアナも少し微笑んだ。能力表にはこうも書かれていた。


『新スキル取得、効果・及び発動条件は不明』


 休憩を終えた二人は再び歩き出すことに、ティアナが結界を解除すると、ジャベルでもはっきりわかるほど大きな気配を遠くで感じた。


ジャベル「ティアナさん、感じましたか?」

ティアナ「もちろんです。この気配の先は私達が目指す町近くから感じられます。どうしますか。引き返しますか?」


 ティアナの提案に、ジャベルは首を横に振った。


ジャベル「いや、俺は勇者だ。この気配の相手がもし、町の人間を苦しめているなら、それを倒さなければならない!」


 ジャベルの目に一点の曇りも無かった。その眼を見てティアナはジャベルの両手を握って祈った。


ティアナ「それでこそ勇者様です。さぁ!町をモンスターから開放しましょう」


 ジャベルはティアナの行動に顔を赤らめながら声を張り上げる。


ジャベル「任せろ!俺が片付けてやる!」


 と、その声に近くの低級モンスターが反応して、二人に近づいてきた。数は4体。その気配をいち早く察知したティアナは、ジャベルにすぐ報告する。


ティアナ「勇者様があまり大声を上げましたので、モンスターがこちらに来ます。数は4体です。」


 ジャベルは剣を抜き、構える。ティアナは既に呪文の詠唱に入っている。


ティアナ「我、ティアナの名に於いて、汝ジャベルに守りの加護を与えたまえ」


 ティアナの詠唱と共に、ジャベルの身に着けている鎧が微かに輝きをまとう。守備向上魔法ディフェンス・スペルが発動する。


ジャベル「ティアナさん、ありがとぉー。こいつがあれば4体くらい楽勝だー」


 ジャベルは勢いよくモンスターに切りかかる。1体、また1体とモンスターを倒していく。守備力を上げているとはいえ、ダメージが全く無いわけではない。しかしティアナはヒーラー。回復魔法ヒーリング・スペルをタイミングよく詠唱し、ジャベルをサポートする。

 最後の1体を倒し、アイテムと銅貨ゼラーを回収し終えると、ジャベルはその場に座り込んだ。


ジャベル「ティアナさん、すいません。急に叫んでしまって」

ティアナ「いえ。勇者様が謝ることはありません。それより、急がなければ夜になります。」


 この世界の夜は、モンスターの数が劇的に増える。それは生身系のモンスターよりも、霊体系モンスターの方が倒すことが難しく、それ故に数が多いからだ。


ジャベル「急いで次の町へ行こう」

ティアナ「はい。」


 二人は旅路を急いだ。町へ近づくにつれて、先ほど感じた気配が強く感じられるようになってくる。そして、遠くに建物が見えるところまでくると、ジャベルは気配の正体を目視で確認して愕然とした。


ジャベル「やっべぇ…、壱目族サイクロプスかよぉ」


 町からは微かに煙が立ち籠っているのが確認できる。そして町全体を覆っている防御壁の閉鎖した入口をこじ開けようとする巨大なモンスターの姿。大きさは防御壁入口の大きさから察しがついた。


ティアナ「どうしますか?戦いますか?逃げますか?」


 ティアナが再度この質問を投げかける。しかし、ジャベルの目は死んではいなかった。


ジャベル「あいつが強いのは、ここからでも良くわかる。だが、ここで引くわけにもいかない。ティアナさん、補助頼みました!」


 そう言うと、ジャベルは町へ一直線に走り出した。


ティアナ「勇者様、無茶です。まだ、貴方様のレベルでは勝てる相手では…。」


 しかし、ジャベルは一度決めたら止まらない。両手でしっかりと剣うぃ握りしめて、壱目族の足に向かって剣を突き刺す。が、期待するほどに刃が刺さらない。


ジャベル「かってぇーーー。だが、俺は引かねぇー」


 ジャベルは続けて剣を振り、連撃を行う。ティアナも目を閉じて呪文の詠唱に入る。

ティアナ「我、ティアナの名に於いて、汝、ジャベルに強き力を与えたまえ」


 発動したのは、攻撃向上魔法アタック・スペル。ジャベルの持つ剣の刃がほんのり赤く輝くと、さっきまでの連撃よりもはるかに深く傷が刻まれる。

 痛みに耐えかねて壱目族が片膝を付いた。


ジャベル「もらったーー」


 ここぞとばかりに、ジャベルは壱目族の目に向かって剣を突き刺す。が、刃が届く前にジャベルは壱目族の一撃を横っ腹に受けて吹き飛んだ。


ジャベル「ぐはぁーーーー。」


 ジャベルは一撃で自分の生命力ライフが瀕死近くまで下がっている事を感じ取る。まだ微かに意識を保っているのは、恐らくティアナの回復魔法が間に合ったからだろう。しかし、痛みで動けないジャベルは、それでもなんとか起き上がろうと必死にもがいた。

 朦朧もうろうとした視界の中で、壱目族がティアナに向かっていくのが見えた。


ジャベル「や…めろ…。」


 回復魔法が徐々にジャベルの体を治癒しているとはいえ、痛みがまだ残る体に無理してジャベルは起き上がる。が、既に壱目族はその大きな体をティアナの目の前に向けていた。


ジャベル「や…めろぉぉぉ。」


 ジャベルの叫びは壱目族には届いていない様子で、その大きな体の大きな腕がティアナに振り下ろされた。


ジャベル「ティアナーーーーー。」


バキッ!!


 何かが折れた音がした。ジャベルは目を閉じて拳を地面にたたきつける。そこへ声が聞こえた。


ティアナ「勇者様、大丈夫ですか?」


 目を開けると、壱目族の振り下ろされた腕が、それとは逆に方向にへし曲がった状態と、左拳を突き上げるティアナの姿だった。そのままティアナは右手を壱目族の前にかざし、呪文の詠唱に入る。


ティアナ「我、ティアナの名に於いて、聖なる力よ、我に従え。我が前に立ちふさがる全ての悪しき者に、安からな眠りを与えん!」


 ティアナが詠唱したのは、聖属性攻撃魔法ホーリーアタック・スペル僧侶クレリックの中でも上位職業ハイクラスに位置する大司教アーチビショップ以上しか使うことができない最上級魔法ハイスペルである。

 右掌から眩い光が壱目族の巨体を包み込んでいく。やがて壱目族の体は塵になって消えていき、そこには大量のアイテムと銅貨ゼラーが残った。


ジャベル「え?え?ティアナ…さん?あ…動ける」


 ジャベルは体の傷が完治し、痛みも消えて呆然と立ち尽くしていた。


ティアナ「はい。おしまいです。勇者様、ささ、今日の宿を探しましょう」


 笑顔でジャベルに近づくティアナに、ジャベルはまだ聞いていなかった事を質問した。


ジャベル「ティアナ…さん・・・は、レベルおいくつなんですか?」


 ティアナはクスクスと笑うと、こう答えた。


ティアナ「あらいやですわ勇者様。私のレベルは999。あなたを邪悪な者からお守りし、共に退治することが仕事ですわ」


 ジャベルは思った。


(じゃあ…あんたが倒せよ)

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