デイドリィム・メモリィズ

不知火昴斗

ジンニーヤの涙

 近付く風の咆哮に、商隊の足並みが止まった。

「気をつけろ、ジンニーヤが来るぞ」

 誰かの呟きが、男達の表情を険しくさせる。

 ジンニーヤは愛する男に裏切られた女の成れの果てだという。彼女は怨嗟の呻きで砂嵐を喚び、砂漠を渡る男達に復讐を遂げるのだ。

 叩き付ける砂はすぐに石飛礫いしつぶてのような烈しさを纏い、駱駝らくだでさえ膝を折り竦んでしまうほどの嵐となった。

 視界を染める朱色の囲いに、男達は等しく幻を見た。

 朧げな陰は瞬く間に美しい女に変化した。

 熟れた紅い口からのぞく白い牙。隙間からちろりと覗くのは、二つに別れた蛇の舌だ。

 男達に妖艶な笑みを投げかけながら、彼女は砂避けのターバンを剥ぎ取ろうとする。

 芥子けしの実にも似た甘い感触が頬を掠めた刹那、誰かがこらえきれずに悲鳴をあげた。

 途端に呪縛は打ち消され、女の微笑みもかき消える。

 ジンニーヤは悔しそうに身を翻すと、何処とも知れぬ彼方へと飛んで行った。

 残されたのは、陽すら遮る砂塵の厚い壁に囲まれ、地に平伏す駱駝とそれにしがみつく男達のみ。

 やがて轟々と唸りをあげていた風は次第におさまり、砂漠には静寂が戻りつつあった。

 放心し、天を仰ぐ男達の頬に、ぽつりと大粒の雫が落ちる。

 雫はいつしかまとまった雨となり、不毛の地を潤す慈雨となった。けれど、黒い雲から降り注ぐ雨は、何故か少し塩の味がしていた。

「ジンニーヤの涙だ」

 砂を払いながら立ち上がった男が、彼女の通り過ぎた方角を見遣り、呟く。

 男を憎みながらも尚、いまだ愛し続けてもいる彼女の涙は、暫く止みそうにもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る