終戦
さとり鵺を撃破し、剣聖はその場へ座りこんだ。
疲労と負傷から、重い息をつく彼は、天を見上げて大きく息をついた。
それから、だいぶしばらくして、晶が近寄ってくる。
「大丈夫、四葉くん?」
「あぁ……。だいぶ疲れたがな……」
苦笑しながら剣聖が言うと、それを聞いて晶も微苦笑する。
あれだけの激戦だ。疲れていない方がどうかしているだろう。
「今、手当てするね。放っておいたら、倒れちゃう」
「あぁ。頼む」
「いやぁ、見事だったな」
言葉を交わす前で、拍手混じりの声が紛れ込んだ。
ぎょっとして、二人は声のした方向へ振り向き、反射的に得物を構える。
視線の先に立っていたのは、黒いスーツを着た一人の壮年の男性だった。姿勢の良い眼鏡をかけたその男性は、何人か秘書のような人間をつけ、こちらを見ていた。
「あれほどの魔を倒すとは。本当に見事だった。援護しようかとも考えたが、無用のようだったな」
「――誰だ、貴様」
朗らかな相手に、剣聖は警戒心に染まった声で訊ねる。
敵、ではないような気はする。だが、敵意や悪意こそないが、いきなり気配なく現れた相手に泰然と振舞えるほど、今の剣聖たちには余裕がなかった。
そんな二人の心境を読んだように、男性は笑う。
そして口を開きかけ、背後を見る。
その視線を剣聖たちが追うと、そこから何者かが近づいてくるのが見て取れた。
「遅いよ。それでも君たちは怪異災害対策局の局員かい?」
やや叱責気味に言うと、駆けこむように現れたのは二人の男女だった。
斎と、玉響である。
二人はこの場に到着すると、まずはその男性を見て驚いた様子だった。
無表情であることが多い玉響すら、目を丸めている。
「局長。何故ここに……」
「ん? 私が現場に来て何か問題があるか? それとも私が来たのが不快かい?」
「そんなことはございませんが……」
とにかく戸惑った様子の彼らに、男はやれやれと言った様子で頭を振り、人差し指を突き出して向ける。
「大体ね。君たちは私の言いつけを無視しただろう? 私は、現場の退魔士たちとは穏便に事を済ませるように指示したはずだが? 何故、気づいたら彼らと対立しているんだ? まさか、穏便にを隠密にと聞き間違えたのか?」
「………………」
何やら叱りつける男に、二人はただ黙している。
それを見て、男は息をつく。
「まったく。これだから君たちは政府の一部から狂犬のように――まぁいい。説教は後だ。それよりも今は……」
そこで言葉を切ると、男は剣聖たちに振り向く。
「紹介が遅れたな。私は、
そう言ってから、彼は二人に深々と頭を下げた。
「この度は、部下が無礼と不手際を働いた。局長として、お詫びする。こんな風に頭を下げて、言葉のみの謝罪だけじゃ済まないことだと思うけどね」
そう言って、男・星河は誠意を込めて言う。
その言葉と態度に、多くの者が驚いた。剣聖たち側からすれば、あれだけ無礼を働いた怪異災害対策局の人間が、そのトップがこうも慇懃なことに驚きであり、また斎たち側からすれば、このように自分たちの長官がこうも相手に礼を尽くしているのが驚きであった。
驚く周囲を他所に、彼は続ける。
「お詫びといってはなんだが、この事件の事後処理は我々政府に一任していただきたい。この事件によって、多くの霊地が荒らされ、多大な怨霊の解放も行なわれた。この地を安定させるための作業は膨大だ。おそらく、君たちが行なうよりも、政府の局員が大動員して行なった方が速いと思うのだ」
そう言って、彼はネクタイの緒を引き締める。
言葉に、剣聖たちが驚いていると、星河は猶も告げた。
「政府が手を入れてくるのは不快かもしれないが……せめてもの謝罪として受け取ってくれないか? 部下の強引で無恥な行ないと償いの意味もあるとして、君たちの手間をかけさせないための」
どうだ、と星河は提案する。
その言葉に、剣聖と晶は目を合わせる。
信じるか否か、普通に迷うところで当然だった。
やがて、二人は互いの目の色を窺ってから、言う。
「俺は、そこの奴らのことは信じない。だが、アンタなら別にいい」
「私も、同じです。何の根拠もないけど……」
二人の直感が、この相手なら任せても大丈夫だろうと告げたのだろう。
また、彼の態度は誠実で、決して嘘や打算は見られない。それは、大人の嘘に敏感な子供たち独自の眼力と洞察による直情的なものであった。
信用してもよい、それが二人の決断だった。
その言葉を聞き、星河は安堵したように息をつく。
「ありがとう。そう言って貰えて、肩の荷が下りたよ」
実に安心して嬉しそうに、星河は言う。
それから、振り返る。
「ということで、君たちには罰としてしっかり働いてもらうからね。覚悟しておくように」
「ぐっ……。分かり、ました」
何故かいつもの余裕を失くした様子で、斎は星河の言葉を承る。
それを見て、星河は部下たちに指示を出し始める。
早速事後処理の準備に入る彼に、剣聖たちは視線を外す。
向けた先は、互いの目だ。
そこで、晶は何となく笑う。
その笑みに、剣聖は呆れたような顔をしてから、目を瞑り、唇で弧を描く。
二人は、こうして完全に勝利したのだ。
街を脅威から守りきり、その使命と目的、望みを果たしたのだ。
そのことを、二人は今ただ受け入れ、満足そうに笑い合ったのだった。
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