巨斧少女とシルクハット①

「四葉くん、あの子……」

「あぁ。何者だ?」


 餓鬼を斬り伏せながら、剣聖も気づいていたのか不審げに相槌を打つ。

 餓鬼の仲間、あるいはその親玉かと思ったが、違う。

 雰囲気は魔ではなく、明らかに人間であった。

 その証拠に、餓鬼たちは剣聖たち以外のその闖入者に気づくと、振り返って迫っていく。決して速くはないが、それでも脅威な餓鬼の突撃だ。

 それに対する少女の返答は、目にも止まらぬ斬撃だった。

 断末魔の叫びをあげながら、餓鬼は勢いよく弾き飛ばされて切り裂かれる。

 斬られたというより打ち据えられたような印象で、餓鬼は切断面から血飛沫と肉片を散らして吹き飛んでいた。

 その攻撃を見て、剣聖たちは彼女がやはり一般人でないと悟る。


「ひとまず、周りを片付けるぞ」

「うん。分かった」


 剣聖と晶はそう示し合せると、近づいてくる餓鬼たちを切り捨てていく。

 謎の少女もまた、餓鬼たちを次々に撃退していき、瞬く間に屍の山を築いた。

 飛んで火にいる虫の如く、餓鬼は三人によって瞬く間に全滅する。

 すべての餓鬼を討滅し終え、剣聖と晶は目を合わせ、少女に目を向ける。


「さて、と。ねぇ、貴女――」


 何者なのかと、そう晶が問おうとした瞬間である。

 突然少女が駆け出し、餓鬼の屍の山を越え、前列の晶に踊りかかった。

 いきなりのことに、しかし晶は辛うじて反応し、横へ飛ぶ。直後、大斧の刃がアスファルトの道路に突き刺さり、刃を陥没させながら地割れを起こす。


「なっ?! な、何?!」

「……排除、する」


 驚愕する晶に、少女はそう言うと斧を道路から引き抜き、晶へ向かって駆け出す。大斧を持っているとは思えない俊敏さで、彼女は晶に迫る。

 慌てて構える晶に少女は疾駆し、その横合いから来た気配に振り向く。

 晶に斬りかかろうとした少女に、剣聖が斬りかかっていた。彼女の行動を見て、即座に少女を敵と見た剣聖が、制止と牽制の意を含んで襲い掛かる。気づいた少女は斧で身を守りながら後退、刃で剣聖の斬撃を受けて火花を散らしながら、大きく後方へ飛び退いた。


「何の真似だ、貴様。ただの人間じゃないようだが、攻撃まで仕掛けるとは」

「………………」


 剣聖の問いに、少女は返答しない。ただ黙して、大斧を構え直すだけだ。

 それを見て、剣聖はそちらがその気ならばと踏み出そうとする。

 しかし、彼の身は、前進ではなく後退を選択していた。

 彼のいた場所に、斜め上空から降り注いでくる物があったからだ。

 勢いよく道路に突き刺さったそれは、鴉の羽根であった。

 ただ、それは当たっていたらただでは済まなかっただろうことは、アスファルトを貫いて刺さっていることからも容易に推測できる。


「んっんー。落ち着いてください、玉響たまゆらさん」


 剣聖が着地すると同時に、そんな声が少女の後方から聞こえてきた。

 三者がそちらを向くと、現れたのは黒いスーツにシルクハットを被った男性であった。柄の長いステッキを持ち、狐目をした細長の相貌の人物だ。


「力を見測る必要はある、とは言われていますが、戦う必要があるとは言われていません。勝手に先走らないでください。また始末書を書かされますよ?」

「……チッ」


 たしなめる男性に、少女はあからさまな舌打ちをする。

 可愛らしい顔、そして感情の起伏のない真顔ながら、それに似つかわしくない粗暴な反応であった。

 そんな反応に呆気にとられる晶だったが、ややあって怒りを露わにする。


「ちょ、ちょっと! 何なんですか、貴方たちは?!」

「んっんー。そうですね、ただの通りすがりですよ」


 詰問に、男性は爽やかな笑みを浮かべて答える。嘘なのは、明白だ。


「最近の通りすがりは、斧を振り回したり、使い魔の鴉で同業者に攻撃を仕掛けてきたりするのか? つまらないジョークだ」


 晶の傍へと歩み寄りながら、剣聖が威嚇を露わに告げる。

 その目はほぼ戦闘モードのそれで、確実に相手を威圧している。

 そんな彼の視線に、男性は両手を持ち上げる。


「まぁまぁ落ち着いてください。別に貴方たちと今すぐ敵対する気はありませんよ。ただ、魔の討伐の様子を見て力を測ろうとしただけです。咄嗟のことで玉響さんが、彼女が攻撃を仕掛けましたが、悪意はありません」

「嘘つくな」

「本当です。ただ、実力が知りたかっただけです」

「なら、正体も言えるはずだよな。悪いが、得体のしれない連中の言うことを真に受けるほど、俺も彼女も間抜けじゃないぞ」


 警戒感を露わに剣聖が言うと、男性は顎を引く。


「んっんー。そうでしょうねぇ。ならば名乗るとします。我らは政府の局員ですよ。日本政府防衛省怪異災害対策局局員、野良烏斎のらがらすいつき紅玉響くれないたまゆら――それが我らの正式な名乗りとなります」

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