1-10 脱走 -Rat-
その夜遅く、俺は襲われた。
「むぐっ!」
口を押さえられ、馬乗りにされて、見上げれば黒頭巾の怪人物。
その相貌を見つめると冷たく光るアイスブルーだった。
見覚えがあった。
「むぐぐ、むぐ……」
何故? 何をしているんだ、この人は?
「黙って私に付いてきて下さい。わけは向こうで話します」
この声、やはり彼女だ。
俺は両腕を縛られ、担がれた状態でアクセル・ギアの整備ハンガーに連れて行かれた。
彼女のパスならここに入るのもわけはない。
彼女は俺をヴァンシール・レゼルのコックピットに押し込めて、膝の上に載ってきた。
対面した格好で小さなリボルバー拳銃の銃口を押し付けられる。
「このまま基地を出て、指示通りに移動して下さい」
その理由を聞くのは無粋だろうな。
俺としては逆にこの状況を利用出来るかも知れないという期待感がある。
言う事を聞いてやろう。
挿し込み口にレゼルの魔剣を挿入し、マシンを起動させた。
「何だ?」
周囲にいた整備士たちが騒ぎ始めている。
程無くして警報が鳴った。
一気に基地内が慌ただしくなった。
「脱走だー! テスト機を止めろ!」
銃撃があった。
が、すぐに止んだ。
機体に傷を付けるな、と上官が怒鳴り付けたのだろう。
俺は構わずに手動でシャッターを開き、機体を飛翔させた。
ふわりと浮き上がって、微速前進する。
夜空に飛び立った。
「何処へ?」
俺が聞くと、彼女は腕時計を見せて、表示される矢印の方向を見せた。
そちらに機体の進路を向ける。
「で、そろそろ顔を見せて貰えますか、ドクター」
鼻白んだ風にわざと言って見せると、彼女は躊躇いなく黒頭巾を脱いで、はぁ~、と気怠そうに息を吐いた。
「貴女、最初からあっち側の人間でしたね?」
俺が指摘すると、彼女は意外そうな顔で俺を見つめた。
「ドクター・モンロー」
「そうよ。私は解放戦線の女。貴方、知っていたの?」
「トルデの森基地で、二度襲撃がありました。
二度目の時に何となく分かったんです。
こちらの戦力を考慮しつつ、ぎりぎりヴァンシール・レゼルだけが勝てるような状況を作り出す。
そんな手の内を感じました」
それを聞いて、ドクター・モンローはおかしそうに笑い出した。
「何で……何で、知っていたのに上官に言わなかったのよ?
貴方、私の事馬鹿にしてるの?」
腹を抱えて、そりゃもう偉い大受け。
「うっすらとこうなるって分かっていたから……思いのほか上手くいっちゃった」
「それは、ヴァンシール・レゼルとその魔剣の所有権についての話?」
「それもあるんですけど、自分の身柄の問題かな」
もっともらしい事を言い繕って見せた。
「軍にずっと飼い殺しにされる。そうね。
君の動機としてはそれが一番強いかな。いいわ、信用して上げる」
と言ってくれたが、多分この人は俺の事をまったく信用していない。
読心術が無くても分かる。
女性のそういう所少しだけ分かってきたんだ。
リストはもっと手強いから。
「目的地はあそこですか?」
前方に山が見える。
アザス鉱山だ。
対空兵器はまだ撃たれていない。
「攻撃は来ないわ。そういう手はずだから。あそこに着陸して」
指差された先に光点の列が見えた。
岩が開いて、橋が突出する。
アクセル・ギアの搬入路だろう。
想像していたよりもここの基地はしっかりと整備されている。
「ようこそ、民族解放戦線へ。貴方を歓迎するわ、アツタニ少尉」
笑顔でそう言ってくれたドクター・モンローは、しかし、銃口を俺の胸に押し付けたまままったく隙を見せようとはしなかった。
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